第49話 おでかけしよう
土日は俺が休みという事もあり、エンデル達の草むしりもないようである。
前庭は見違えるように綺麗になったのだが、今度はだだっ広い裏庭の草むしりを指示されたようだ。可哀想だが、お世話になっているのだから仕方が無い。
大家さんに昼ご飯をご馳走になっているのだ。その分は働いてもらうことにする。働かざる者食うべからず。まさにエンデルの為にあるような言葉だな。
という事で、朝飯を食べ終わり、エル姫さんとピノに出掛けるけど、どうするかと尋ねる。
するとピノは、どうやら大家さんと何やら約束しているらしく、遠慮するよ、と言ってきた。姫さんは遠出することに幾分不安を覚えているような表情だったが、何も考えていなそうな楽し気なエンデルを見て付いてくることを決めたようだった。
まあ今までいた世界と全く別世界に来て出かけるとなれば、多少不安や心配になるのが普通の心境だと思う。エンデルの能天気さが異常なのである。その能天気に惑わされる姫さんも、俺からしてみれば危うく思えてしまうが、まあ俺がリードすれば大丈夫だろう。
大家さんにピノの事をよろしく頼み、できれば色々教えてやって欲しいと言ったところ、既に師弟の関係を結んでいるらしく、任せておきたまえ! と、大きな胸を叩いていた。
師匠の座を奪われてしまったエンデルは、その胸に負けたとしょげ返る。
そこは胸じゃないだろう! 師匠の座は胸で決まるのか? 師匠というのはそこまでちんけな威厳しかないのか? そう内心思う俺だった。
ということで、出かけることにする。
駅前までは何度も来ているのでそう問題はなく来ることができた。しかしここからが問題だ。未知の領域に二人はどの様な反応を見せるのか。ここは覚悟が必要である。
「エンデルに姫さん。これから見聞きするものは今までにない驚きに溢れている世界だと思う。くれぐれも言うが、派手に驚かないこと。俺が驚いたら驚いてもいいけど、それ以外は俺の行動を参考にして欲しい。帰ったら幾らでも驚きに付き合ってあげるから、我慢しなさい」
何かにつけて驚かれたら、俺の身が持たない。電車の中や街中で騒がれでもしたら収拾がつかなくなるからね。
「分かりましたアキオさん! 妻として夫の指示に従います!」
「はい! アキオ様、極力驚かないように致します!」
すでに二人はアドレナリンが分泌されているのか、大いにテンションが上がっている。
「あいや、エンデル。妻とか夫とかやめようよ、普通にね普通に」
「はい! アキオさん!」
「それと姫さんも、様はやめようよ。俺もこれからはエルさんと呼ぶから、アキオで頼むよ」
「わ、分かりました。では、エンデル様と同じく、アキオサンでこれからはお呼び致します」
「まあそんな堅苦しい敬語もやめて欲しいのだけど……仕方がないのかな……」
お姫様とあって、言葉遣いは小さ頃からそう教育されているのだろう。逆に砕けた言葉遣いは知らないと思った方がいいかもね。
駅に着き券売機で切符を買う。
俺はスイカがあるので、エンデルと姫さんの二人分の切符を購入した。
「ほい、これを一枚ずつ持っていなさい」
「はい!」「はい……」
エンデルはなんの心配もせずに切符を受け取るが、姫さんはどことなく不安そうに受け取った。
「くれぐれも紛失はしないようにね。あと折り曲げも厳禁だよ。改札を通れなくなるからな」
「え、門を通れなくなるのですか?」
「通行札のようなものですか?」
門とか通行札なんて、ほんと江戸時代みたいだね……。
「まあそんな所だよ。もう通行料を払っているから、失くすと目的地でまた大変なことになるからね」
「わ、分かりました! 肌身離さず持っておきます! では姫様、大切なものは下着の中と相場は決まっています! パンツの中が一番安全ですよ!」
「そ、そうですか! では、早速!!」
エンデルの奇妙な提案に姫さんは何の疑いもなく頷いた。
そしてエンデルと共にスカートを捲り上げようとする。
「ちょいちょいちょいちょ‼ 待ったーっ‼」
スカートを太腿付近まで捲り上げたところで、俺は大慌てで二人を止めた。
「なにしちゃってるの⁉ そんなとこに仕舞うな! ていうよりすぐに使うからそんな所に入れたらダメだよ‼」
エンデルと姫さんはキョトンとして俺を見る。
まるで『なんですか?』みたいな感じだよ。ていうか、この衆人環視の中でスカートを捲り上げる気が知れない。なおかつパンツに仕舞うなんてもってのほかだ! ほら見て見なさい。周りの人達が奇異なる視線を向けてきているじゃないか。まったく危ないったらありゃしない。もう少しでパンツを不特定多数の人に見られるところだったよ……。
なんだろこの二人は……これは相当な覚悟をしなきゃいけないな。
「はい、まずは二人とも、今の内はその切符をしっかりと手に持っていなさい。使った後、心配だったら俺に渡しなさい。わかった?」
「はい! 分かりましたアキオさん!」「ひゃ、ひゃい……」
エンデルは今の行動を気にも留めないで元気に返事する。姫さんはやっと自分の取った行動がとんでもないことだと気づいたのか、顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
ほんと返事だけはいいんだよなエンデルは……というか、姫さんももう少しエンデルの言うことを鵜呑みにせずに慎重に行動しなさいよ。恥ずかしいよね? 人前でパンツ見せるの……。
まだ駅に着いたばかりでこれだと、マジで先が思いやられるよ……。
ということで改札に向かう。
先に改札の脇に立ち、二人に説明しながら改札を通ってもらう。
「その切符をここに差し込みなさい」
「はい! 頑張りますアキオさん!」
「うん、頑張らなくてもいいよ。普通でいいから」
まずはエンデルが切符を持って挿入口へ差し込む。
摘んでいた切符が瞬時に改札に吸い込まれる。
「なぁ!! つ、通行札が消えました!!」
「ハイハイ、消えてません。前の方にぴょこっと出てるでしょ? はい、進んでそれを引き抜きなさい」
「な、なんと! いつの間にあんな所に……」
「しゅ、瞬間移動ですね……」
姫さんまで固まっている。
まあ確かに素早いからね。俺も田舎から出てきた時に初めて自動改札に切符を差し込んだ時には、感動したものだ。日本の技術すげえーっ‼ って。まあどんだけ田舎に住んでいたかはご想像にお任せするよ。無人駅があるような場所ね。
「ハイハイ、約束通り驚くのは後ね。ほれ、早く進みなさい」
エンデルはオロオロしながら改札を通過し切符を引き抜いた。
「さ、次はエルさん行ってみようか」
「は、はい」
プルプル震える手で切符を差し込む。
瞬時に指の間から消えた切符が前方の排出口に現れるのを見て、
「「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」」
と、改札内のエンデルと共に再度感嘆の声を上げる……マジ疲れる。
「ささ、早く進みなさい」
「うぁ、はぃ〜」
俺は姫さんの背中を押しスイカを改札に翳して構内に入る。
やっぱり驚くなと言う方が無理なのかもしれないな。もしも江戸時代の人がこの時代に来たら、エンデル達より驚くかもしれないしね。
しかし何かにつけて注目を浴びてしまうな。それでなくとも容姿が目立つのに……もう少し言い聞かせるようにしよう。
ただ幸いに外国人と思われているようだからまだいいけど……これが異世界から来たとバレた日には、きっととんでもないことになるな。まあ、信じる人なんて少ないとは思うけど。
「それじゃあ、やっぱり切符をよこしなさい。心配だから俺が持っておこう」
そう言うと二人は素直に応じる。
やっぱり紛失するかもしれないので、切符は預かっておくことにした。
エンデルと姫さんは何か言いたそうな顔でうずうずしていたが、こんな場所でうだうだしていてもしょうがないので、二人を引き連れホームへと向かう。
すると難関が待ち受けていた。
(ひ、姫様! あれをご覧ください!!)
(なぁ!!)
俺が再度驚く事を控えさせた結果、小声で驚く二人。
(か、階段が動いています!)
(こ、これも、『きかい』とかいうモノなのですか!?)
(す、凄いです! 本当に魔法など目ではないのかもしれません!)
(そ、そうですわね。これが魔法ではないなど、信じられません……)
(きっと、プノーザが見たら目を輝かせて興味を持つことでしょう……)
エスカレーターを見てそんな驚きの感想を述べる二人。
階段が動くってか……まあ言われてみればそうだよな。エスカレーターはそういうモノだと思っているから、そんな感想など持ったことがない。
「そら、行くぞ。立ち止まると後ろがつかえるから、ちゃんと付いてくるんだぞ」
「は、はい……」「はひ……」
俺はそのままいつものようにエスカレーターに進む。
しかしエンデル達はどうも初めての事に動転しているのか、タイミングが取れずに足を踏み出せないでいる。
「あわわわわっ、あ、アキオさん!」
エンデルと姫さんはとうとう立ち止まってしまった。
「もう、なにしてるの? ほら掴まれ!」
先に進んでしまった俺は急いで戻り、両手を差し出し、エンデルと姫さんの手を強引に掴んだ。後ろの人達が困った顔、というか、薄ら笑いで見ている視線が若干痛い。
エスカレーターの流れに任せてエンデルと姫さんをエスカレーターに乗せる。
「わっ!」「きゃっ!」
エスカレーターの動きに驚き、二人は俺の腕にしがみついてくる。
「わわわわっ、か、階段がせり上がってきますぅ!!」
「あららららっ!!」
だんだんとせり上がって来るエスカレーターの段差に慄き、二人は俺の立つ位置に乗る。
「おい! 狭い狭い、狭いよ! なんで同じ位置に3人も立たなきゃいけないんだ?」
「だだだ、だって動く階段など初めてですよぉ~」
「下から湧き上がってくるなど、考えられません……」
「分かったから君たちはこの段にいなさい。俺は一段上がるから」
エスカレーターの同じ段に3人も乗るなんて初めてだよ。まったく……。
俺は一段上に昇ると、二人はそれでも心許ないのか、俺の腕を離さない。
もう……後ろからクスクス笑い声が聞こえてくるよ……勘弁してくださいよ……。
エスカレーターを降りる時も躓きそうになって笑われるし、なんかすごく恥ずかしい。
まあこれも慣れるしかないのだろうが、ほんとに異世界人は半端ない……。
ともあれ何とかホームに辿り着く俺達だった。
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