第50話 電車が参りま~す

 ホームで電車を待つ俺とエンデルと姫さん。


 土曜日とあっても、やはり都会である。都心方面へ向かう上りホームには、通勤とまではいかないがそれなりに人がいる。


「アキオさん。ここで皆さんは何を待っているのですか?」


 エンデルと姫さんは、興味と不案をない交ぜにしたような、なんともいえない表情で俺の両脇でそわそわキョロキョロとしながら周囲を窺っている。

 そういえば説明していなかった。


「ああ、電車だよ」

「でんしゃ、ですか?」

「ああ、バスは見ただろ? あれのもっと大きな乗り物だよ。乗合馬車の大きなものと言った方がいいか? 電気で走る乗り物さ」


 ディーゼル機関の車両もあるが、都心はほとんど電車だからね。


「なんと、でんきで走る! でんきとはなんにでも使える便利なものなのですね。しかしそんな乗り物があるのですか……とはいえ、ここにいる人達が全員乗れるのですか?」


 ここにいる人の数を見て全員が乗れるのか心配になっている様子だ。

 混雑とは程遠いが、それなりに人がいるのでそう思ったのだろう。


「このくらいまだ序の口だよ、こういう場所が何箇所もあって人が乗り降りするんだよ」

「なるほどなのです……」


 エンデルは分かったのか分からないのか、曖昧な返事をする。

 まあ、馬車のようなものしかない世界だったのだから、理解が追いつかないのは仕方のないことだろう。


「アキオ様……いえ、アキオさん。そこの二本の平行に地面に置いてある金属のような長いものはなんなのですか?」


 姫さんはホーム下のレールを指差し質問してくる。


「ああ、このレールの上を乗り物が走ってくるんだよ。これを鉄道というんだ」

「な、この細いものの上を乗り物が走るのですか!? 鉄の道……ですか……まったく想像ができません……」

「お、そろそろ電車が来るぞ」


 質問責めにあっている内に、電車到着のアナウンスがホームに流れた。

 そう伝えると二人は興味津々といった感じでキョロキョロとする。相変わらず肉声以外は意味が通じないようだ。全く不思議なものだ。


「おいエンデル! 白線の外には出るな。危ないぞ!」


 どこから電車とやらが来るのか興味があったのだろう、ホームからひと目電車を見ようと身を乗り出そうとするエンデルだった。危ない真似をしやがるぜ……。


「う、あ、はぃ〜」


 そうこうしていると電車が近付いて来る音が聞こえてきた。


「え、エンデル様! あ、あれをご覧下さい!」

「なっ! あ、あんなに長いものが乗り物……?」


 ホームに入って来る電車に目を丸くしている二人。

 連結された電車の長さに驚く。


「あ、あれは、で、伝説の世界蛇、ヨルムンガンド!!」

「ハイハイ、あんなでかい蛇なんかいなよ、はい平常心ね、平常心。驚くのは家に帰ってからにしようねぇ〜」


 電車ぐらいの蛇なんて御目にかかりたいものだ。そんな化け物がいる世界なんて、マジで行きたくないな……。

 滑るようにホームに入って来る電車。

 2メートルぐらい先を通り過ぎると同時に風が動き、二人は俺にしがみつく。役得である。


「「──ひゃっ!」」


 その余りの迫力に小さく悲鳴を上げ腰を引く二人。電車は徐々に減速し停車した。二人は唖然とし放心状態である。


「「……!!」」


 プシュー、っと扉が開くと髪の毛が逆立つのではないかと思うほどビクつく。笑える。


「よし、乗り込むぞー」

「「……」」


 この駅で降りる人は何人もいなかったのでさっさと乗ることにする。

 案外空いているので席に座ることができた。


「あ、アキオさん。これが本当に乗り物なのですか……長細いですけど、家ぐらいの広さがあるではないですか……」

「こんな大きなものが動いて移動するなど……」

「まあ、信じられないのだろうけど、今は平常心ね、平常心」


 ──〇番線電車が発車いたします~扉が閉まります~駆け込み乗車はおやめください~

 のアナウンスが流れ、ぷしゅ~と扉が閉まる。


「うおっ!」

「あわわっ!」


 電車が動き始めると、座っていながらも驚く。


「う、動きました!」

「し、静かですね……」


 徐々にスピードを上げる電車に息を呑む。


「は、速い……」

「風景が流れていきます……馬車など比較にならないほど速いですし、振動がありません……鉄の道……侮れません……」


 スピードが乗るまで、二人はしばらく固まっていたが、車窓外の動く景色が気になるらしい。二人して座っているシートに立ち膝をし、窓に顔を貼り付けて外を眺めるのだった。


「す、凄いです。まるでドラゴンが飛んでいるような速さです」

「はい、景色が流れるようですね」


 やっぱりいるのか竜が……怖すぎるな……。


「しかし異世界とは本当に発展した世界みたいですね」

「そうですね。それに平和そうです。こうやって見ていると、武器を持ち歩いている人もいないようですし、安全で平和な世界なのでしょうね……」


 異世界の車窓から。を眺めながら、姫さんは向こうの世界との差異をしみじみと呟く。

 こちらの世界は平和で争いもない。とはいっても一部ではそう平和でない国もあるが。

 対する向こうの世界は今、戦争やら魔王とか訳の分からない脅威に直面しようとしているという話だ。

 こんな悠長にしている場合じゃないと、内心焦っているのかもしれない。けど帰ろうにもその手段は今の所ないともなれば、心中穏やかではいられないのだろう。

 何とかしてあげたいが、魔法なんて不思議パワーは、この世界にはないのだ。残念ながら俺にはどうすることもできない。

 だが協力すると言ってしまった手前、俺も何かしらの事はしてあげたいとは思っている。

 と、微笑ましく二人を見ていると、下り電車がすれ違う。


「わきゃああっ!!」

「きゃっ!!」


 と、窓の外、至近距離を猛スピードで通過する下り電車の迫力に驚き、エンデルは俺に抱き付いてくる。姫さんは驚きの余り、シートから転げ落ち、通路に転がった。

 幸い通路には他の乗客がいなかったので誰にも迷惑は掛からなかったが。


「おいおい、何やってるんだよ。それはちょっと驚き過ぎだろ?」

「ふぁ、ふぁぃ~」

「あぅ、驚いてしまいました……」


 二人はドキドキが冷めやらぬ表情でシートに座り直す。

 うん、まあ仕方ないといえば仕方ない。

 初めての電車という乗り物でそうなるのは当たり前かもしれないな。

 と、そこまではいいのだが、どうも車内で騒いでいると、目立ってしまうのはしょうがない。黙っていても二人は目立つのに、それに輪をかけて騒いでいたら、否が応にも注目を浴びてしまう。

 向かい側に座っているデブっちいおっさんなんか、あからさまに舌打ちしてぼそぼそと何かを喋っている。『チッ! 綺麗なねーちゃん二人も侍らせやがって……いい気なもんだぜ! 少しオレにもその幸せを分けろや!』、そう言っているかどうかは知らないが、アテレコするとそんな感じの表情だ。


 再度二人に注意喚起をして、電車は都心へと向かい走って行く。



 俺の心が休まる時はなさそうである。





【大家さんと戯れるピノ】


「弟子ピノよ。お前は行かなくてよかったのか?」


 ネトゲをしながら日向はそんなことを言う。

 社畜の亜紀雄と異世界仲間達はウキウキと買い物をしに都心へと向かったのだが、ピノーザは一人残り日向と一緒にネトゲで遊ぶ事を選んだ。


「うん、ヒナたん師匠! 師匠とアキオ兄ちゃんの邪魔をしたら悪いと思ってね」

「成る程、ひとの恋路を邪魔するものは馬に蹴られて何とやら、というやつだな」

「馬に蹴られるかどうか知らないけど、師匠があんなに男の人にご執心なのは初めての事でね。優しく見守ってあげたいといった親心みたいなものだよ」


 亜紀雄の事をまだまだ信用できないという割には、多少信用してきた様子のピノだった。色々迷惑かけているのも事実なので、ちょびっとは信用しようとうい事らしい。


「なんか、立場が逆のような気もするが……まあ、そうなのか」

「うん、やっとあたし達の苦労も軽減するってもだよ」

「軽減とは……苦労していたのだな」

「うん、とーっても苦労してたんだよ」

「うむ、なんとなくだがわかるような気がする。して弟子ピノよ。あやつらは何をしに街へ行ったのだ?」

「ええと、なんか、向こうの世界の状況を探ぐるような物を買いに行くと言っていたよ」

「なに? という事は帰る方法が見つかったのか?」

「いや、見つかってないよ。けど、向こうと連絡を取る方法が見つかったんだ」

「なに! そんな方法があるのか!」

「うん、あたしの妹のプノーザと今は手紙のやり取りをしているんだ」

「な、なんという事だ……そんな面白そうな事があるなど、一言もわたしには報告も相談もないとは……大家は親も同然と何度も釘を刺しているにも関わらず……わたしも見くびられたものだ。社畜め、帰ってきたらどうしてくれようか」


 大家の日向は、どこか楽しそうな笑みを湛えた。



 どうやら仲間外れにされるのが我慢ならない日向だった。

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