第48話 協力してあげようかな

 目が覚めると、いつものようにエンデルを抱き枕状態だった。


 寝る前は必ず一線を引いているのだが……おかしい、絶対におかしい。

 何故なら昨日から俺から抱き付いているのかもしれないと思い、念の為予備の枕を二つ、エンデルとの間に挟んで寝ていたのに、その枕がエンデルの向こう側にあるのはどうも納得がいかない。もしかしたら俺が寝息を立てた瞬間、その枕を撤去され、エンデル自らそう仕向けてきているのではないかと想像できる。

 なんてしたたかな奴だ。その内知らない間に俺の貞操が奪われるのではないかと危機感が募る。

 まあ、気分良く目覚められるので、これはこれで許すことにしよう。うん、仕方ないのだ。仕方ないのだよ。


 今日は土曜日。

 仕事もバリバリとこなし、文句を言われることもなく休むことに成功したのだ。少しくらいはお寝坊さんしてもいいよね。

 そう思い二度寝しようと目を閉じる……もう少し寝るんだ……寝るんだ……寝るんだ俺……しかし、この状態で再度眠れるわけもない。エンデルが抱き枕状態なのだ。余計に目が冴えてしまう。


「仕方がない、起きるか……」


 エンデルを起こさないようにそっと布団から抜け出す。

 もうこの動作も慣れてきた。エンデルは俺がいなくなったことで、むぅ~ん、と言いながら眠ったまま布団の中で手探りし、俺を探すかのようにしている。なんか可愛いね。


 俺はさっと着替えてノートパソコンを起動する。

 昨晩ピロートーク……じゃなく、エンデルと向こうの世界での懸念事項の話を聞いた俺は、少し考えるところがある。協力できることがあるかもしれないので少し調べてみることにした。


「ふむふむ、結構いろんなものがあるな……」


 このエンデル達の転移事件は、誰かの陰謀説を唱えているのだが、その誰かを特定したいということらしい。

 向こうで信用を置けて自由に動けるのは、今の所ピノの妹のプノだけなのだが、城のお客様として招かれている状態なので、そうそう自由に行動ができないらしい。

 ある程度は動けているようなのだが、それも限界があるようだ。行動が制限され、それ以上は姫さんが向こうにいない以上無理に近いらしい。


 そこで姫さんがエンデルを通して俺に協力を依頼してきたという訳だ。

 こちらの世界でなにか内偵用に使えるような技術か物が無いかと。


「ボイスレコーダーなどどうだろうか……?」


 会話の盗聴としては良いかもしれない。

 最近のボイスレコーダーは、かなり長時間の録音が可能だし、小型で目立たない。

 部屋に仕掛けるか? それも良いが、できれば容疑者に直接携帯してもらうのが一番良い方法だが……。

 携帯しても怪しまれないような物、か。

 向こうの世界では、多分そんなに進歩していないようだから、音声録音とかはできないだろう。いや魔法があるからなにかしらの録音魔道具とやらがあるのか? その辺りは確認しておくか。

 本当なら映像付きで残した方が良いかもしれないが、操作もわからないだろうし、容疑者一人一人を追うのも難しいよね。

 それなら監視カメラみたいな物が一番良いのか。要所要所に仕掛けて置けば……いや、電源がそもそもない。バッテリーで動くのが有るかもだけど嵩張って怪しまれるだろうし……。

 まあ、手っ取り早く出来るのはボイスレコーダーだろう。

 ていうか、俺の会社用にも一つ購入して置こうかな。その音声が後々俺を救ってくれるかもしれないからな。うん、そうしよう。


「そうだな……それと、いつでも向こうと連絡が取れるように何かいい方法はないのか?」


 ピノの妹のプノが一人。連絡方法は手紙といった古風なやりとりしか出来ないのだろうか? 緊急の場合、連絡がスムーズに取り合えるような方法はないだろうか?


「お!」


 そういえばアイテムバッグの亜空間というのは、生物は入れられないと言っていたよな……それなら生物以外は何でも大丈夫ってことだよな……。


「うーん、試してみる価値はあるか……」


 そう独り言をぶつぶつ言いながら、ネットで色々と検索していると、エンデルが起きてしまった。


「う~ん、おはようございますアキオさん」

「ああ、悪い、起こしちまったか?」

「いえ大丈夫ですよ、アキオさんが起きているのに、妻である私が寝ている訳にはまいりません。今日は悪徳商会もお休みですので、ずっとアキオさんと一緒にいられるので嬉しいのです」


 もう、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。

 マジで惚れてしまうじゃないか……でもまだ妻じゃないからね。


「ところで何をなさっているのですか?」


 エンデルは枕元のメガネをかけると、パソコンを覗き込みそう言う。

 うん、メガネ姿も様になってきたね。もうメガネが体の一部になってきているよ。


「ああ、昨日話していた容疑者を特定する道具をちょっと探していたんだよ」

「アキオさん! 早速お力添えいただいているのですね。ありがとうございます」

「ああ、まあエンデル達の心配事はなんとなくわかるしな。それに向こうにいるピノの妹が心配だ。悪い奴がどこにいるのか分からない状況で心細い思いをしているんじゃないかと思ってね」

「まあ! 弟子のプノーザの心配までなさってくれるのですね。なんてお優しいのでしょうか。アキオさん! 私は益々いっぱい好きになってしまいました!」

「──はうっ!」


 そう叫びながら後ろからハグしてくるエンデル。

 もう、朝からテンション高いなぁ。

 でも好かれるのは悪い気分じゃないね。背中に触れる感触もばっちりだよ。朝からありがとうございます!

 とまあそんな事より。


「なあエンデル。そのアイテムバッグなんだが、生き物以外は何でも入るんだよな?」

「はい。それがどうかしましたか?」

「ああ、向こうとの連絡をスムーズに取り合うのに、手紙以外の方法がなにか無いものかと思ってさ」

「連絡ですか……何かいいものがありますかね」

「そこでなんだが、そのアイテムバッグは──」


 俺は考えたことをエンデルに話す。

 もしそれが可能であれば、かなり有用な事が可能になるかもしれない。連絡もそうだし、他に色々と向こうの事が分かるかもしれないのだ。


「う~ん、どうでしょうか? やってみたことがないので何とも言えません」

「そうか……でも、やってみる価値はありそうだよな」

「そうですね、アキオさんがそう仰るのであれば、できるかもしれませんね」


 俺の考えを聞いたエンデルは、どうなるかは分からないと言うが、試してみてみいという。

 亜空間という未知の空間でどういう事が起こるのかは未知数だが、入れたものがそのままの形でまた取り出せるのであれば、そうそう不具合は出ない可能性はある。

 試してみる価値は十分ありそうだ。


「よし、今日は少し遠出しようか」

「遠出ですか?」

「ああ、少しはこっちの世界にも慣れただろ?」

「そうですね。まだ驚く事は多いですけれど、驚く事には慣れて来ました」

「そうか、なら買い物がてらこの世界を少し観光でもしようか?」

「はい! アキオさんがよろしいのなら是非連れて行ってください!」


 驚くことは多いだろうが、驚きに慣れるってそうそうできないことだよね? 適応力半端ないなエンデル。というより、エンデルの場合適応したというよりも、麻痺してきたと言った方がいいかもね。

 だが観光といった途端、瞳をキラキラさせるのだった。


「ということで、朝飯にするか」

「はい、アキオさん! その言葉を待っていました!」


 やはり食べることには妥協を許さないらしい……。



 朝飯を食べて俺達は出掛けることにするのだった。



 ◇



 【ダンディ課長は熱く滾る】


 亜紀雄の毛生え薬のお陰で髪の毛が完全復活したカッパ課長、もとい河原課長は、今まで押さえつけられていた心の枷を解放したが如く、自信を取り戻したのである。

 反骨心も向上心も捨ててしまっていた昨日までの自分とは決別し、心機一転、沸々と闘志を燃やすまでになっていた。


 家に帰り、生まれ変わったような河原の姿を見て、いつもなら小言の二つや三つぐらい、ぐちぐちと言って来る奥さんは、一言も声を掛けて来なかったらしい。

 何か言おうとした時に静かにひと睨みすると、顔を赤らめもじもじとし出したのだから楽しいものだ。まるで若い頃のようにおしとやかになる奥さんを見て、また一層自信を深めて行く河原であった。


「よし、これだけ証拠があれば、あのバカ部長を失墜させることができるだろう」


 経理に残る過去5年分の経費帳から、部長の使い込んだものを拾い出しリストアップした。領収書の但し書きに書き込まれた内容を精査し、仕事に不必要なものを洗い出し、追跡調査する。明らかに仕事以外に使われている経費など、経費に認められないのだ。

 使途不明金は返還してもらう。

 金額如何によっては、業務上横領という事で裁判も考えなければならない。

 それに従業員への残業、休日出勤の実態も過去5年間遡りリスト化しておく。今迄未払いの部分も全部支払ってもらう予定である。


「これだけでも会社が傾くのは必至だな」


 その金額を想像した河原は、このままであれば会社を運営してゆくことができないことを悟る。

 従業員50人程の中小企業が、こんな無駄遣いをしていいモノだろうか。そして悪辣な雇用環境。どちらにしてもこの会社の先は短く思えた。


「こんな会社にしがみついていようと思っていたとは……僕もただのダメな奴だったのだろうな……」


 今迄の卑屈で矮小だった自分が滑稽に思えて来る。

 これは、部長を失墜させるだけではどうにもならないのかもしれない。この会社は末期かもしれないと思い至る。

 思い立ったが吉日。河原は席を立つ。そして廊下を目的の場所まで足早に進むのだった。


「おっす! 鈴木」


 河原が向かったのは営業部。ここには河原と同期の鈴木という者が課長を務めている。

 元気な挨拶で河原が入ってゆくと、鈴木課長は何事かと目を丸くした。


「……あ? おはようございます……えっと、どちら様でしょうか?」


 河原のダンディな姿に、カッパの面影など微塵もない。眼前に立つ男があのカッパ課長だとは、恐らく誰も思わないはずである。付き合いの長い鈴木ですらその変貌ぶりに気付きもしないのだ。


「僕だよ、河原だよ」

「かわはら? って、河原か? あのカッパの?」

「カッパ言うな! もうカッパじゃない。見ろよこのふっさふさの髪の毛を!」

「マジで河原なのか? そのズラ高かったろう?」

「ズラじゃない、地毛だよ」

「は? 地毛? 冗談も大概にしろよ! お前こないだまでカッパだったじゃねーか! 一日二日で髪が生えるわけねーだろ!!」

「ふっ、信用できないのも無理はないか……」


 ふさっ、と髪を掻き上げ、自信満々の笑みで鈴木を見る。

 鈴木は河原とは別のハゲ方をしている。デコが後退してゆき、サイドからその広くなったデコを隠すように髪の毛を持ち上げている。

 いわゆるバーコード、洗髪すると落ち武者などと呼ばれる頭である。


 髪の毛が復活したことは亜紀雄との秘密である。詳しいことは話せないが、河原がどうしてもと思う奴には話しても良いと、亜紀雄との間に確約ももらっているので、信用できる奴には話そうと思っている河原だった。


「なあ、鈴木。お前もこうなりたくはないか?」

「……」


 この鈴木も、心に言い知れぬストレスを抱えている同志である。

 直属の部長があのバカ息子である。その部長が仕切るようになってから抜け毛が顕著なのは言うまでもない。


「ば、バカ言うなよ……なれるもんならなりたいに決まってるだろ!」

「だよな。なら僕に協力しないか?」

「協力……?」

「ああ、そうすれば、僕の恩人から譲り受けた魔法の毛生え薬をお前にも進呈しようじゃないか」


 河原は今後の計画の為、亜紀雄に残った怪しい液体の使い道がないのなら譲ってくれと頼み込んだ。亜紀雄は他言無用を約束してくれるのならいいですよ、と気前よく渡してくれたのだ。

 注意事項と、もうこの薬は入手できないので、計画的に使うようにとだけ言われ譲ってもらうことに成功したのだ。

 容量的には後3~4人分の怪しい液体が残っている。計画的に使わなければ。そう思う河原だった。


「……ま、マジなのか? マジで毛が生えて来るなら何でも協力するぞ‼」

「ああ、後悔はさせないよ」


 こうやってまた一人、亜紀雄の信者が増えるのだった。



 ダンディ課長の快進撃は、もう誰にも止められないのである。

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