第47話 アイス美味しいの

 【プノの楽しみ】


 本日の調査も終了し、大浴場で湯浴みをした後夕食を頂いたプノは、侍女を伴いここ数日滞在している部屋へと戻った。


 侍女が出てゆくと、ピノは異世界から送られてきた紙の束をテーブルに載せ、ボールペンを手に持ち、本日の調査報告書を作成するのだった。

 召喚魔法陣の模写は非常に時間がかかる。細かい所など一度間違うと、これまで書いた所まで全部書き直しになってしまうので、とても神経を使うのだ。


「でも、異世界はすごい所なの。こんなに筆記用具が充実しているなんて、信じられないの……」


 模写の困難さを師匠へ問題提起した所、異世界から数々の筆記用具が送られてきた。

 鉛筆、消しゴム、シャーペン、色鉛筆、クレヨン、三角定規、雲形定規、自在定規、分度器、コンパス、などなど、この世界では見たこともないような優れた品々だった。

 似たものはこちらの世界にも存在するが、素材的、機能的に見ても今ある物とは比べ物にならないくらい秀逸である。特に紙や消しゴムなどは、多少ミスしても容易に修正できてしまうので、安心して模写ができるのだ。

 聞く所に依るとこの筆記用具などは、異世界では小さな子供の時から使う用具だという話である。プノはこんな高価そうな物を幼い子供が使える世界が羨ましく思えて仕方なかった。

 とはいえ、今回この筆記用具があればこそ、模写の効率も上がると喜ぶプノである。


「と、それよりもなの……」


 だが、それよりも心待ちにしているものがあるのだ。

 アイテムバッグに入っている異世界からのものは、手紙や道具ばかりではなかった。

 なんと食べ物まで入れてくれていたのだ。一人取り残されているプノを不憫に思ったのか、それとも自分たちだけ異世界の未知なる美味しいものを食べるのが心苦しくなったのか。二日前から入れてくれていた。


「一昨日は『はんばぅがー』というものだったの。昨日は『か~る』とかいう袋に入ったお菓子。今日はなになの……」


 期待に胸膨らませガサゴソとアイテムバッグを弄るプノ。

 カー◯というスナック菓子はチーズ味が濃厚で物凄く軽い食べ物。初めての食感と美味しさになぜか涙した。前の日のハンバーガーは、パンにとても柔らかいお肉をサンドしたものだが、これもまたこの世界にはない食感と味付けで、ほっぺたが落ちるほどの美味しさだった。

 プノが、今日はなんだろうと胸ときめかせて思うのも仕方のないことである。

 反面向こうの世界で毎日こんな美味しいものを食べている師匠と姉のピノを恨めしく思うプノでもあった。エル姫様は除外である。

 ちなみにハンバーガーと一緒にペットボトル入りのコーラが入っていたのだが、その毒々しい色合いに、未だに栓を開くのは躊躇っているプノだった。


「あれは絶対飲み物じゃないの……師匠達はプノを不憫に思って毒殺しようとしているの……」


 プノーザ一人がこの世界に取り残され、この先戦乱に巻き込まれ苦しんで死ぬよりも、いっそ楽に死んだ方が良いと考えたのだろう。

 などと、本気で思っているわけではないが、見た目の毒々しさに敬遠しているのだった。


「──あ! ──ひゃっ、冷たいの!」


 アイテムバッグの中に手紙と目新しい物があり、手紙は後回しにし、勇んでそれを手に取ると氷を掴んだかのように冷たかった。


「な、なんなのなの……?」


 冷たさに驚き手を離してしまったが、冷たいなにかは無事にテーブルに載った。

 悪戯をして氷を入れていたのかと思ったが、なにやらカップに冷たい何かが入っているようである。

 再度手にしようとするが、恐ろしくて手が出せないプノ。先ずは手紙を読んで、これがいったいなにかを知るべきだと思い、アイテムバッグの中の手紙を取り出す。

 エル姫の手紙が二通、師匠からの手紙が一通あり、先に師匠の手紙を開封する。


「前置きはいいの、この食べ物? は何かなの」


 他の用件はさておき、この冷たいものの正体が書いてある件を探す。


「うん? 『あいす』? なの……?」


 手紙の最後には、『あいす、という食べ物です。スプーンで食べてね! アキオさんがプノーザにも買ってくれたよ! 美味しいよ! ほっぺが落ちるよ!』と、子供みたいなテンションで書いてあった。


「子供か、なの……」


 プノはそう思いつつも、テーブルのティーカップの皿の上に置いてあるスプーンを手に取り、恐る恐るアイスのカップの蓋をあける。


「おおっ!」


 そこには今までみたこともないような白いものが詰まっていた。

 スプーンで一掬いする。そしてそれを口の中へと……。


「ちべたい‼ なの~!」


 あまりの冷たさに知覚過敏かと思うほど驚くプノ。

 しかしその冷たさと相まって、口の中に広がる甘さと香りは、お風呂上がりの未だ火照った身体には抜群の味覚だった。


「お、おいしいすぎるの……」


 異世界にはこんな摩訶不思議な食べ物がいくつもあるのだろうか。

 そんな異世界にいる師匠や姉のピノをなぜか羨ましく思うプノだった。


「ず、ずるいの……プノだけこっちの世界にお留守番なんて酷いの……」


 三人も望んで異世界に行ったわけではないのだが、なぜか自分一人だけが取り残された感が沸々と湧いてくる。こんなに美味しものが食べられるのなら、なんで一緒に連れて行ってくれなかったのだろう。おまけに尻拭いのように調査、調査の毎日に、辟易とし始めているのも事実なのだ。


「こうなったら、いっぱい注文してやるの!」



 プノは本来の目的とは別に、色々な美味しい物を寄越せと注文票を書くのである。

 ちなみに当然アイスは毎日入れろと注文するプノだった。



 ◇



 風呂から上がりアイスを食べていると、物欲しそうな顔でエンデルが隣に寄り添って来る。


「食べるか?」

「いいのですか⁉」

「あ、ああ……」


 返事を聞く前から奪い取るんじゃないよ!

 俺は半端なアイスのカップままエンデルに奪い取られた。口に含んだスプーンも……俺はあまりアイスを食べることがないので、まあいいけど。

 でもたまに食べると美味しいものだ。というか、さっき風呂上がりに食ったんだよね君は……。

 エンデルは俺の隣に座り、俺の肩に体重を預けながらアイスを頬張る。


「美味しいですねアイス♡」

「そうか、良かったな。人数分しか買って来なかったから、今度はいっぱい……あ、いや、やめておこう、底なしに食う奴がいるから、制限しなきゃな」

「えへへ、そんなに食べませんよ~」

「嘘を言うな! 黙ってれば無くなるまで食うだろ!」

「えへへ、そうかもです♡ でも、プノーザ、きっと驚いていると思います」

「そうか? 向こうにはアイスみたいなものはないのか?」


 向こうで一人、何かしているらしいピノの妹のプノにもアイスを送ったのだ。

しかし亜空間ポーチはすごいものだ。これで人も送れれば良かったのだろうが、生物は無理らしい。残念だ。もしもそれが可能なら通勤時間の短縮ができると思ったのだが、そんなにうまい話はないのである。


「ありませんね。氷自体が希少ですので、そういった氷菓みたいなモノは、特定の地域の人しか食べられないと思います」


 特定の地域ね……南極とか北極みたいに極地に住む人達か? ていうか、そんな寒い地域の人達は、冷たいもの食わないんじゃ……あ、そうでもないか。日本でもアイスの売り上げは、冬時期なら北海道が上位の消費地らしいからね、意外と食べるのかもしれないな。


「お得意の魔法ってやつで氷作って食べないのか?」

「簡単にいいますけど、氷の魔法を操れる魔導師は少ないのですよ。私ならできますが……あ、そういえばそんなこと考えたこともないですね……」


 単に、アイスとか、かき氷なんて食べる文化が無いから思いつかないのかもしれないね。


「ミルクとか砂糖なんかはあるんだろ?」

「はい、そういうものはありますよ。でも冷やして凍らせるなんて、しませんよ普通、贅沢すぎます」


 だそうだ。


「ところでアキオさん。少しお知恵を拝借できないでしょうか」

「ん? なんだ?」


 エンデルはアイスを食べながら、少し真面目な顔をして訊いてくる。


「ええ、実は、今回の召喚魔法の件で、誰かの悪意が働いているのではないかということになったのですよ」

「ほう、それは以前も聞いたかな? だが聞き捨てならない事案だな。で、なんでそう思うんだ?」

「それは……分かりません!」

「分かんないのかよ!」


 大方姫さんとピノから、なにか怪しいと聞いただけかもしれないな。


「そうではないのです、召喚魔法陣は、前も言ったと思いますが、床を舐めるほどこの悪い目で七度も確認して不備はありませんでした」

「いや、その視力の悪さが当てにならないんですけど……」


 なんていっても0.05だからな。いかに床を舐めるようにしても当てになるわけがない。


「し、失礼ですね。私は大賢者エンデル! こと魔法に関しては左に出る者はいないんですよ!! ぷんぷん!」

「あいや、そっちでは左なのか? こっちの世界でいえば最低の大賢者じゃねーか……」

「あ、間違えました右です!」


 間違えるなよ。


「で、ですね、若しかしたら、誰かが召喚の儀の前に魔法陣に手を加えたのではないかと思うのです」

「ふーん、分からないがそうなのか?」

「分かりません!」

「……」


 どういうことだよ! 分かれよ!!


「まあそうか、大丈夫だと思ってエンデルが魔法を発動したから分からないのも頷けるか。そんな細工がされていたと分かっていれば、そんな間抜けなことしないよな」

「そうなのです! まあ、その日は最終チェックしなかったのがいけなかったのですかね。大きい魔法陣だったので、ぼやけて見えませんでしたから」

「やっぱ目が悪いせいじゃねえか! その目が全ての要因だっ!」

「まあそう言わないでください。知らなかったのですからしょうがありません」


 しょうがないで済ますのか? まったく反省してないじゃないか……。


「で、ピノもそれが分からなかったってことなのか?」

「ピノはまだまだ未熟ですから、あんな大規模な魔法陣は手に余るでしょう。細部まで見たとは言っていますが、どこかに綻びがあったと思います」

「うーむ、で、その誰かは分からんが、悪い奴の目的は何なんだ? エンデルを亡き者にしようとかか? それとも姫さんか? まあピノではないわな……」


 俺には事情が掴めないが、もしそうなら勇者とかいう訳の分からない奴の召喚を阻止しようとしていた? それともエンデル自体が邪魔だった。若しくはエル姫さんが? そう考えるが答えなどでない。


「分かりません!」


 アイスも食べ終わり、小さな胸をバンと張り分かりませんと豪語するエンデル。


「自信を持って分かりません言うな! 少しは予想を立てろよ……」


 とうことで、明日から土日で休みなので、エンデルと向こうの世界の会話を楽しむ俺だった。



 この話を聞いたことで、何かと面倒なことに巻き込まれようとは、この時の俺はまだ知らなかったのである。

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