第46話 早いもので一週間

 さてと、今日も真面目に働きました俺こと要亜紀雄は、残業する奴を尻目に定時で帰宅するため片付けをする。


 今日までの進捗はダンディ課長に提出、報告している。

 課長は嫌味臭かった以前とはまったく態度も変わり、全面的に俺に協力してくれる姿勢を見せてくれている。土日の連休も問題なく取得することができた。

 毛生え薬さまさまだね、強い見方を手に入れることができたよ。


「ふんふふん~♪ 真面目にやっていればぁ~、一流企業並みに週休二日だって夢じゃない~♪」


 そう鼻歌を歌いながら机の上を片付け帰ろうとすると、パーテーションの上部から声が降って来る。


「いいっすね要先輩……」


 恨めしそうな顔でジト目で見てくる奴がいる。気持ち悪いからやめて欲しい。


「おう、後輩山本君。君は明日も出勤かな? 俺は連休させてもらうから頑張り給え! あははははっ!」

「……なんすか先輩……幸せパワー全開じゃないっすか……マジで僕にも分けて下さいっす!!」

「うむ、幸せとは他人にせびる物じゃない。自分で掴み取るものだよ後輩君! なはははっ!」


 俺も掴み取ったわけじゃない。向こうから飛び込んで来たんだけどね。

 まあそれはそれでいいじゃないか。


「へーっ、でもよくそんなに頑張れますよね……」

「ふん、残業なんてしいられるか。時間内に終わらせればいいのさ、それ以上にプライベートをこれからは大切にするのだよ俺は!」

「うーん、そんなもんすかね……」

「ああ、そんなものだよ後輩君!」


 定時で帰れるのがこれほど気分の良いものだとは思わなんだ。

 早く帰ってエンデル達とご飯を食べなきゃね。

 なんて幸せいっぱいの俺がいる。


 あれ? でも最初はエンデル達を放置しているのが心配で早く帰るって理由だったよね……何気にすげー幸せそうに帰っている俺がいる。

 まあいいだろう。心配なのは心配だ。その理由がどうであれ、楽しければ何でもいいじゃないか。


「じゃあな後輩山本君。気張って仕事をしなさい!」

「お疲れっす先輩~。また来週っす……」


 そんなダルそうな後輩君の挨拶を聞きながら俺は会社を後にするのだった。




「ふう、今日は花の金曜日とあって、めちゃくちゃ混んでいたな……」


 電車の混雑が想定以上だったが、俺はそんな疲れた様子もなく家路につく。

 早いものでもう一週間が過ぎたのだ。なんかもっと前からエンデルと居るような気がしてきている。

 そういえば、今日はエンデルから貰った硬貨が売れ、臨時収入が入ったのだった。


「あ、そうだ、米炊いちまったかな? それじゃあ、回転寿司は明日にして、今日は少し奮発してステーキでも焼くか。うん、そうしよう」


 そして俺はスーパーに立ち寄り買い物をしてボロアパートへ戻るのだった。


「ただいまー」

「おかえりなさい~アキオさん!」


 パタパタと駆けてくるエンデル。

 この一週間こうやって出迎えてくれるのは、本当に心が温まる。

 初日こそキスして出迎えるといったサプライズがあったが、まだ結婚もしていない俺達には早いと、寝る時に懇々と言い聞かせたら、抱き付くだけに今は留めている。

 抱き着いてくるのもやり過ぎだとは思うが、エンデルがそうしたいというので許可してしまった。まったく可愛い奴だ。


「アキオさん! お疲れ様です。お風呂になさいますか? それともご飯? それともワ・タ──あいたっ‼」


 コツンと拳骨を軽く頭に乗せてやった。


「ベタ過ぎる! どうせまた大家さんの入れ知恵か?」

「いた~ぃ……そうですぅ~これを言うとアキオさんは、『もちろんワタシに決まっているだろ!』と言って、もっと仲良くなれるぞ! と言っていたのです。でも、べたってなんですか?」

「……」


 誰が言うか!

 一緒のベッドで寝ているだけでもいつ襲うか分かんないほど我慢しているのに、まだ早すぎる……というより、どうせ向こうの世界へ帰る方法が見つかったら帰ってしまうエンデルに手を出す気はないのさ。情が移ってしまう……。

 あまり邪険にすると、悲しそうな顔をするので、一緒に寝ているだけなのだ。そう、それだけ……。


「ベタとは、ありきたりな展開のことを言う。まあそんなことはどうでもいい、腹減ってるだろ? みんな呼んで来なよ」

「はい!」

「ご飯は炊いたか?」

「はい、抜かりはありません! 万事順調に炊けました!」


 スイッチ押すだけだから炊飯ジャー任せなのに、なぜか自分の手柄みたいに言うな。

 まあいいけど。

 エンデルはみんなを呼びに行く。

 俺は買い物袋を持って部屋に入り食事の準備を始めるのだった。


 全員集合し、楽しい夕食の時間である。


「おお~前の焼肉の時より分厚い肉だな、アキオ兄ちゃん!!」


 焼いているステーキを覗き込むピノ。オイルをひいてこんがりと焼くステーキは美味しそうな香りを鼻に運ぶ。


「ふふふ、旨そうだろ。今日は少し奮発して和牛のサーロインだ。オージーじゃないから味も間違いないぞ」

「うおーっ、涎が止まらないよ!」


 爛々と瞳を輝かせるピノ。

 まあオージービーフが美味しくないとは言わないが、当たりはずれがあるからな。たまに筋張った肉もあるからしょうがない。

 隣ではエンデルが笑顔でサラダを盛り付けている。


「おいおい! エンデル! 涎垂れてるぞ!」

「ずずっ、あはっ、すいません。その香りは凶器ですね、唾液腺が壊れてしまいますよ」

「もう、ほらサラダでも食べてろ」


 口にレタスを突っ込んでやる。


「ほほわい、草美味しいです……」


 もしゃもしゃとウサギみたいにレタスを食むエンデル。これで少しは涎もおさまるだろう……。


「エンデルは何枚食べる?」

「はい! 3枚は行けます!」

「はいよ、了解」


 エンデルはバッ、と俺に顔を向け嬉しそうに言う。

 1枚結構なグラム数あるんだけどな……俺なら1枚で十分だ。まあいいよね。そう思っていっぱい買って来たから。

 フライパンで肉を焼き皿に次々と乗せて行く。それをピノがせっせとテーブルへと運ぶ。

 その間、姫さんはコピー用紙にすらすらとボールペンを走らせ手紙を書いているようだ。

 向こうの世界の事が相当気になるのだろうな。


「ほい、冷めないうちに食べて良いぞ。後エンデルの分2枚と俺の一枚焼いたら終わりだから先に食え~」

「「「は~ぃ! いただきまーす」」」


 三人は声を揃えて食べ始めるのだった。

ナイフとフォークは手慣れたように使う三人。やはり向こうの世界ではそれが普通なのだろうか。箸はまだまだぎこちないからね。

 でも、三人共美味しそうに食べるな。姫さんは行儀よく小さく切り食べているが、エンデルとピノは口の周りが脂でギトギトだよ。


「うん、この肉柔らかくて旨いよ! アキオ兄ちゃん!!」

「このステーキしょうゆぅーというのがまた最高ですね。お肉の旨味を引き立てます。パンではなくこの熱々ご飯にも合いますね」


 そうだろうそうだろう。お米は日本人の元気の源なのだよ。稲作の発展がこの日本を発展させたと言っても過言ではない。


「本当に美味しいですわね。城の料理人でもこんなに美味しくできません」

「ははは、肉が美味しのだよ。俺はただ焼いているだけだからね。前も言った通り、食用に丁寧に育てた牛さんだから、生まれた時から美味しくなるように餌も飼育方法も違うんだよ」

「そうですか、食用に育てた動物ということですから、残酷かなと感じたのですが、こうやって美味しく食して、皆さんが幸せになれるのであれば、それはそれで良いことなのでしょうかね」


 いやー姫さん。そこまで考えて食べたら、美味しくないよ。考えないで食べるんだよこういう美味しいものは……。

 どうでも良いけど、屠殺場とか見たらしばらく食べられないからねお肉なんて……。


 ということで肉も焼き終わり、俺もテーブルに着いて食べ始めた。


「ところで、帰る方法は見つかったのか?」


 食べながらそんな質問をしてみる。

 向こうの事情を聞いたって俺にはわからないが、帰れるのかそうではないのか訊いてみてもいいだろう。


「いえ、まだそこまで進展しておりません……」


 姫さんはまた暗い顔で俯きがちにそう口にした。

 相も変わらず心配性な姫さんだな。まあ、俺も当事者だったらそうかもしれないけど、もう少し心に余裕を持った方が良いと思うのは俺だけだろうか。


「なあ姫さん。そう悩んでも問題が進展するわけじゃないんだ、もっと気持ちに余裕を持ったらどうだ? 心労で倒れてしまうぞ?」

「そうですよー姫様! こんな美味しもの食べてる時は何も考えない事です。ただ美味しく頂くのですよ! 美味しくです! う~ん美味しいのです~♡ もぐもぐ」


 いや、エンデル。お前は少し考えろよ!

 そう言いたいが、エンデルのいうことも一理ある。ここは食事中にそんな話をした俺が悪かったな。失敬、失敬。



 晩御飯も食べ終わり、後片付けは女性陣が引き受ける。

 俺は風呂の準備の為に風呂場にゆく。各々風呂に入ると不経済なので、お風呂は俺の部屋のを使うことに決めたのである。

 異世界のかしまし娘達の出汁エキスを堪能できるおれは、最近肌艶がすこぶる良くなってきたように思う。

 まあ気のせいだろうが。


「よし、風呂が溜まったら順番に入れよ」

「「はい!」」「あいよ!」


 と返事が返る。


「買い物に行ってくるが、今日は何が食いたい? またアイスでいいか?」


 みんなが風呂に入っている間、明日の朝食と、風呂上りのデザートを買いに行くのが日課になりつつある。その時は必ずエンデルも付いてくるので、楽しい買い物の時間でもあるのだ。


「あたしはアイス!」

「わたくしもアイスが良いです!」


 ピノと姫さんはペカッと顔を輝かせ、アイスと強調していう。

 異世界人はアイスが特にお気に入りのようだ。最初にアイスを食べたのが衝撃的だったらしく、風呂上りの定番になりつつある。

 女性はどこの世界でも甘いものが好きなようだね。こんどソフトクリームの美味しいところに連れて行ってあげようか。きっと喜ぶだろう。


「了解、じゃあ行こうかエンデル」

「はい、アキオさん!!」


 エンデルは満面の笑顔でそう返事した。


 いつものように夜の道をエンデルと腕を組みながら歩く。

 ついこの間まで独身社畜だった俺が、こんな状況になるなんて考えたことがあるだろうか? いや考える事すらやめていたように思う。

 終始嬉しそうに俺の腕にしがみついているエンデルを見ると、本当に良いのだろうか?と、疑問が頭を掠める。


「アキオさん、なんか楽しそうですね?」


 ニヤつきながらエンデルを見ていたからだろうか。エンデルは俺の顔を覗き込んできてそう訊いてきた。


「ん、あ、ああ、まあな……」

「それはあれですか? 私といると楽しいって事ですか?」

「……いやそれはない。まあないよ」


 心にもないことを言ってしまう俺。


「ええ〜っ、そんな〜残念です……でも私頑張ります! 絶対にアキオさんを幸せにしてみせます!」

「いやそれ普通男側のセリフだから」

「え、そうなのですか? じゃあ……苦労かけます!」

「いやもうかけられているからこれ以上は要らない」

「えええっ! じゃあ、どうすればいいですか?」


 眉をハの字にして困った顔をするエンデル。とても可愛い。


 でも、楽しくて、幸せな気持ちは、少なくとも貰っている。だから、


「何もしなくて良いよ、そのままでいい」


 多分これが俺の本音なのかもしれない。


 いつ向こうの世界に戻るかもしれないエンデル。ここにいる時は今のままで十分だ。


「はい、分かりました! じゃあ何もしませんね!」

「あいや、そういう意味じゃないから! 少しは何かしようよ!」


 可笑しくなってくる。

 楽しく会話しながら、街灯に照らされた夜の道を歩く俺とエンデルだった。



 そしてこの後、俺はエンデル達異世界の問題へ干渉することになろうとは、この時はまだ知らなかったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る