第43話 改革宣言!

 金曜日。


 俺はこの一週間休憩する間も惜しんで仕事に没頭している。

 朝も電車をいつもより2本早い電車に乗り、会社に到着するや否やコンピュータの電源をオンにし、わき目も振らずに画面を睨んで仕事を進めている。

 こうなると通勤時間である往復3時間強が非常に勿体無く感じて来る。その3時間強があれば、まだまだ仕事の進捗も伸びることだろう。一週間で約15時間以上が通勤という時間に割かれてしまうのが歯痒くてしょうがない。その15時間があれば約二日分の仕事ができるのだ。そうなれば週休四日を貰っても文句を言われないだけの仕事がこなせるかもしれないのである。

 ともあれ、そんな簡単ではないのだろうが……。


 とまあ、俺はエンデル達が来てからは人が変わったように仕事に没頭している。そして定時に帰り異世界から来た3人の世話をすることに生き甲斐を覚えるようにまでなって来た。

 とても充実した毎日に、以前の俺はなんてつまらない人生を送っていたのだろうかと、冷めた目で自分自身を見詰め直すこともできるようになっているのだ。

 人間充実していれば、仕事もプライベートも順調に推移していくものだよ。

 けして薄毛が解消したからと言うわけじゃないぞ! まあそれも嬉しい要因ではあるが。

 でも、髪の毛が薄いより、ふっさふさにあると、自ずと自信も湧いてくる。おかしなものだよ。


 さてと、今日の分の仕事を滞りなく提出すれば、今週のノルマ分以上の成果を課長に報告できる。残業(早出はしているけど)をしなくともそれ以上の成果を上げられたのだ。

 へん! 誰にも文句は言わせねえよ‼


 そう思い仕事を始めようとした時、


「やあ、おはよう要君!」


 そんな清々しくも覇気のある朝の挨拶をする何者かが俺の背後に立つ。

 振り向く俺の目に映ったのは、見知らぬ男だった。年の頃なら30代前半辺り、ふさっと掻き上げる髪はツヤツヤに輝き、ピシッと決まっている。服装も糊の利いたスーツにカラーシャツを着こんだおしゃれな装い。ナイスガイと称しても良いような、大人の渋さを振り撒く格好の良い男性だった。

 ダンディという言葉を使っても構わないなら、目の前の男性にこそ相応しい単語だと思うほどだ。メッチャ、カッコいいな。


「はぃ? おはようございます。えっと……あのう、失礼ですがどちら様ですか?」

「ふっ、何を言うのかね要君。僕だよ河原だよ」

「かわはら?」


 誰だ? かわはらって? そんな名前の奴この会社にいたか? かわはら、かわはら、と……ハッ! 河原課長……又の名をカッパ課長!

 そう、そこにおわすは、あのカッパ課長の変貌した姿だった。


「か、かかか、課長ですか⁇」

「ああそうだ、僕だよ」


 キリッと作る笑顔がめっちゃ眩しい。

 どうやらマジであのカッパ課長らしい。あのカッパがこうも見違えると誰が想像できただろう。


 ここで昨日のあの後の事を捕捉しておこう。

 課長をトイレに置き去りにしたあの後、課長はその日一日は社内に顔を見せなかった。俺が帰った後に戻って来たのかどうかは分からないが、俺は課長の顔を見ていない。見ていないというのは語弊があるな、一瞬だけ見た。

 俺が仕事を再開してしばらくした後、トイレから奇声が聞こえてきたかと思うと、そのすぐ後に廊下を叫びながら駆けて行く何者かをチラッと見たのだ。その者は奇声を発しながら会社の外へとそのまま飛び出していった。

 姿は何と言えばいいのだろう。う〇おととらの、髪の長いバージョンのう〇お。または、貞〇、のような長髪を靡かせて、廊下を走り去って行ったのだ。

 まあ、あれが課長だとは俺だけしか分からない事だろう。髪の毛の隙間から覗いていた瞳は、感謝するかのように俺の事を見詰め、そして涙を流していたことは、内緒にしておこう。


 で、今日のこの大変貌である。ホントに誰かまったく分からなかったよ。

 散髪もしてかちっと決まった髪型、いつもはくたびれたスーツも新調したのだろうか? 何よりも自信に満ち溢れた表情は、まるで若返ったかのように張り艶のある肌である。

 以前は50代でも通るほどの老け顔だったカッパ課長が、今は30代前半、いや20代後半でも通る程の若返りぶりだ。


「こんなに晴々とした気分になれるなど、ほんとうに奇跡だよ。ありがとう要君! 君のお陰だ!」

「あ、いえ、お力になれて何よりです」


 自身に満ち溢れた態度と言動に、どうも以前通りの対応を憚られてしまう俺。

 カッパ課長なんて陰で言っていてごめんなさい。と素直に謝りたくなる。


「という事で僕は決心した。要君、僕は君の味方だ。これからは自由に仕事に励んでくれたまえ。何があろうと僕の責任で処理するから安心したまえ」

「は、はい! ありがとうございます‼」


 なんか計画通り行き過ぎて怖いんですけど。

 こんなにも自信満々になるなんて、髪の毛ってやっぱり精神に与える影響は非常に大きいのだな、と、しみじみ思う。


「それと、この会社も改革していこうと思う。雇用の改善、給与の適正化、そして経理の透明化。もうあの社長のバカ息子の良いようにはさせん!」


 めらめらと燃える瞳は、闘志で暑苦しいほどだ。


「おおっ! 課長頑張ってください!」

「なにを言うのだね、君も協力してくれたまえよ?」

「え? 俺もですか?」

「当たり前だろう。僕の恩人である君には、これからも尽力してもらいたいと思っている。悪いようにはせんよ。最悪この会社を乗っ取る積りで事に当たる。その時は君も晴れて経営者の一員にと思っているのだ。いや、社長のイスを用意しよう。この頭に比べれば、それでも安いものだろう」

「……」


 あいや、そこまで求めていないんですけど……。

 どうも髪の毛が復活したことは、俺の予想をはるかに超えた一大事に発展するような感じである。


「ふっ、あのごく潰し部長をこの会社から追放してくれるわ。ふふふ、ふははははははっ!!」

「……」


 野太い声で嗤う課長。こんな声も出せたんだな、と、俺は圧倒される。

 それじゃあ仕事頑張ってくれたまえ。そう言い残して課長は颯爽と姿を消す。

 先ずは経理に行ってくる。と、張り切りモード全開だった。

 俺の計画は、とんでもない結果を齎してしまったようだ……。


 呆然としているとパーテーションの上部から声が降って来る。


「せ、先輩……」

「あ、おお、山本君、おはよう」

「おはようございます……じゃなくて、今の誰っすか??」


 後輩の山本君は、今の一部始終を覗き見ていたのだろう。今いた課長があのカッパ課長だとは思わなかったようだ。

 まあそれはそうだろう、俺でさえ誰かと思うほどの変貌ぶりだったのだから。

 

「ああ、課長だよ」

「はぃ?」

「だから、課長だって」

「は、はぃ?」


 二度も言うが、俺の言葉を理解してくれようとはしない。


「だから、河原課長だよ」

「かわはら? そんな人うちの会社にいましたっけ?」

「お前も失礼な奴だな。カッパ課長の苗字は河原だろう」


 俺もさっき思い出したのだが。


「えっ、そうなんすか? 初めて知りました。陰でカッパ課長か、課長としか呼ばないので……いやいや、そんなことはどうでもいいんすよ。さっきの人がカッパ課長のわけないじゃないっすか。あんな髪あるわけないっすよ。まさかズラっすか?」

「いやあれはズラじゃない。だが正真正銘、河原課長だ」

「先輩、冗談は先輩の頭だけにして……あれ、先輩! まさか先輩もズラっすか⁉  あんだけ地肌が丸見えの寂しい頭だったのに、いったいどうしたっすか⁉」

「うるせえ、寂しい言うな! というか俺の頭が冗談ってなんだよ! それにこれはズラじゃねえからな地毛だよ。しいて言えばこの前までが薄毛ズラかぶってたんだよ! 河原課長もそう。カッパヅラかぶってたんだ!」


 正直なことを話すと面倒な事になりそうなので誤魔化す。しかしちょっと苦しい言い訳だが。


「なわけないっすよ! どんだけ自虐趣味だったんすか? バカバカしいっす!」

「うるせえよ! さあ話はお終い! さっさと仕事に掛かれ。若しかしたら今後は残業も減り、休みもちゃんと取れるようになるかもしれないから、昼間の仕事を気合入れてやれよ?」

「な、なんでっすか?」

「あのダンディ課長が今後会社を改革すると豪語していたぞ」

「まさか、それはないっすよ」

「信じないならそれでいいぞ。俺は信じてみたい気がするよ。さあ仕事仕事!」


 山本君はブツブツ言いながらパーテーションの奥に沈んでいった。

 まあ信じられないのもしょうがないよな。俺や山本君が入社した頃からこんな最悪の状態だったのだから。これが良くなるとは到底思えないのも当たり前かもしれない。



 でも俺は自信を取り戻してくれ、華麗に変身したダンディ課長を少し信じてみたい気がするのだ。



 ◇



 【草むしり隊 頑張った】


 昼前。

 エンデル達は、草むしりを延々続け、とうとうこの無駄に広い前庭を征服する時が来た。


「姫様! その一本で最後です!」

「最後は姫様頼むよ! 豪快に引っこ抜いてくれ!」

「は、はい! 不詳わたくし、最後の草を抜きます! ──えいっ‼」


 おおおーっ! パチパチパチパチ!


 エル姫が雑草を根ごと引っこ抜くと、喝采が送られる。

 苦節五日間。汗と涙で成し遂げた草むしり。ようやく前庭を征服した瞬間だった。


「おお、ご苦労さん、ご苦労さん。やっと終わったかね」


 その喝采を聞き付け、大家の日向も部屋から出てきた。


「はい! ヒナたんさん! どうですか?」

「完璧だろ?」

「はい! 頑張りました!」


 三人は達成感で満足顔だ。


「うむ、合格だ!」


 やったー‼ と三人は飛び跳ねて喜ぶ。


「うむ、では昼を食べたら、次は裏庭を頼む。裏庭はここより広いから、覚悟しておけよ?」

「「「……」」」


 そんな話は聞いてない。せっかく終わったと思ったら、今度は裏庭ときたもんだ。


 前庭だけではないのですか? マジか? 喜んだのが損した気分ですね?


 そんな心の内が見えるような三人の表情だった。

 だが文句などいっていられない。こうして生活していけるのも、大家の日向と亜紀雄のお陰なのである。



 昼食後、三人は心機一転草むしりに勤しむのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る