第44話 換金しちゃった
という事で、例の貴金属買取店から電話が来たので、昼休みの時間を利用していく事にした。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました要様」
「あ、ども」
店内に入ると女性店員が待っていましたと言わんばかりに歓迎してくれる。
カウンターの端の方の席を勧められそこに座った。
「純度分析の結果が出ました」
「そうですか。で、どうでした?」
「はい」
そう言うとトレイに乗せた硬貨と成分分析票のような用紙をカウンターの上に載せる。
「ではこちらを」
「はあ……」
口頭で説明するのではなく、分析票を見ろという事らしい。
その用紙を見ると一目で分析結果が分かった。
「へえ、純金なんですね」
金を表すAuの欄に100%と記載されていた。
金以外の不純物や混合物が全くないという事だろう。
「はい、紛う事なき純金です……」
「?」
鑑定師の女性はそういうが、語尾がどこか引っかかる。
「どうかしたんですか?」
「いえ、この金は間違いなく純金なのですが、間違いがなさすぎるのです」
「はい? どういう意味ですか?」
そう言うと鑑定師の女性は少し顔を近づけて来て小声で話し始める。
「お客様がこの金貨をどこで手に入れたのかは、お伺いいたしません。それなりに理由があるのでしょうから。ですが見て頂いた通り100%という表示は、このコインにまったく不純物が混入されていないという結果が出ております」
「はあ、純金だから当たり前なんじゃないですか?」
「それが違うのですよ」
「えっ?」
女性は一層声を潜めて話す。
「今回日数がかかってしまったのは、この100%の結果を何度も分析したのです」
「へーそんなにおかしなことなの?」
「はい。純金の規定はご存知ですか?」
「いえ、純金という事だから100%金なんでしょ?」
「それが違うのです。この日本では、99.99%以上の純度。というのが純金と呼ばれ取引しています」
鑑定師の女性は100gと刻印されたゴールドバーをカウンターに乗せる。
「このようにゴールドインゴッドに刻印されるのは、ほぼ999.9なのです」
「へえ、0.01%は別の物が入っているってこと?」
「まあ端的に言えばそうですね」
まあ確かにテレビやネットでたまたま見た金の延べ棒とかには、999.9と刻印を打っているように記憶している。確かに100とは書いてないよね。
「成分調査で100と出ることはまずありません。ですのでまだ少ない不純物なのかと、再度細かく1000万分の一の分析まで依頼したのです」
「そんなに細かくですか」
「ええ、でも結果は変わりませんでした……」
不思議そうに、というより、興味津々の表情で俺を見る鑑定師の女性。
「1000万分の一でも不純物が検出されなかったと?」
「その通りです」
「へー、で、それが何か問題があるのですか?」
「もう、驚いて下さいよ。なんで純金が99.99%か分かります? 100%の物を作り出すのが困難だからですよ? 100%で作る技術が確立されているなら、999.9の純金なんて作らないではないですか?」
「は、はあ……」
なんか嬉しそうにそう話す鑑定師の女性。興が乗っているようだ。
俺はそんなテンションに少し気圧される。99.99%だろうが100%だろうが俺にとってみればどうでもいい話なのである。
「もう、もっと驚いて下さい。これは魔法か錬金術かって程の物なのですよ?」
「うっ!」
魔法と聞いた途端ドキッとする俺。
そんな俺の小さな機微を感じ取ったのか、鑑定師の女性は、にやりとしたたかな笑みを浮かべたような気がした。
「何かご存じなのですか?」
「い、いや、何も知らない。ただそれを貰っただけだからね。うん、何も知らない」
この世界とは別の世界の金で作られた硬貨なんて言えるわけがないじゃないか。
迂闊だったな、向こうの世界は技術的にはこっちの世界に敵わないのだろうけど、魔法とか未知の力が存在する。若しかしたら錬金術みたいなものだって存在するかもしれないしね。
ちなみにここでいう錬金術は、こちらの世界の錬金術(科学的手段)とは少し解釈が違うとだけ補足しておこう。ファンタージー的な意味合いね
「どういった方法で作り出されたコインなのかとても興味が魅かれます」
なんかこの人この仕事にかなり燃えている人なんだろうな……そう思う。
あ、でもちょっと待てよ。そんな珍しいモノなら、買い取ってもらうのも何かしら問題が浮上してくるのか?
「ということは、これ買い取ってもらったらヤバそうな品ってこと?」
俺がそう言うと、鑑定師の女性は周りをきょろきょろ気にしながら、口の横に手をあてがい俺にしか聞こえない声で言う。
「はい、買い取ると個人情報も控えさせてもらうので、もしどこかでこのコインの情報が出た時に、売主は誰だった、という事になり兼ねませんね」
「そ、そうですか……」
それもヤバいな。そんな面倒なことになり、まかり間違ったらエンデル達の存在も世間にばれてしまうかもしれない。そして異世界の存在が明るみになって大騒ぎ。なんてことになったら一大事だよね。
できればそんな波風が立たないうちに異世界に戻って欲しいものだ。
「そうですか~、では今回は売らない方が得策ですかね……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺が諦め硬貨を返してもらおうとトレイに腕を伸ばすと、鑑定師の女性が『それはないでしょ!』と顔に書いてあるような表情で俺の腕を鷲掴む。
「痛い痛い痛い! 腕が痛いです! な、何するんですか⁉」
「あ、も、申し訳ありません……」
あまりの剣幕に腕を掴む力が女性ながら半端なかった。
もう、吃驚しちゃったよ……。
すると鑑定師の女性は、またおれの耳元でひそひそと囁くように話し出す。
「ではここだけの話、要様がこれを私個人に売却してください。その際一切の個人情報の記入はいりません。あくまでも私個人にという事で。いかがでしょうか?」
そんな提案をしてくる。
なぜかこの硬貨が相当気に入ったようである。個人的に欲しいなんて珍しい人だな……。
「うーん。個人的にですか……」
「はい、勿論金相場より少しお色をお付けいたします。いかがでしょうか?」
なんと、金相場より色を付けるというのか? 買い取り相場以上に金相場かよ。
店内の表示を見ると、1g4900円以上だな。
「うーん、じゃあ、個人情報を秘匿してくれるならいいですよ」
「そうですか! ありがとうございます‼」
鑑定師の女性は、滅茶苦茶嬉しそうに俺の手を取りハンドシェイクしてくる。
なんか珍しい人だよね……。
という訳で、俺はその鑑定師の女性に個人的に売却することに決めたのだった。
大金貨と金貨で30gぐらいあったようだ。銀貨も純銀だったそうだが、銀相場自体が知れたモノなので数百円と言った感じだった。
それにしてもおかしな店員さんだったな……疲れてしまったよ。
それでも合計で18万円ぐらい手に入れることができたので、十分生活費に充てられる。俺はウキウキしながら会社へと戻るのだった。
さあ、頑張って仕事しよう!!
今日はステーキでも焼こうかな。それとも回転寿司にでも行こうか……。
◇
【聖教国エローム 教皇の間】
教皇の間では、教皇と姉姫が顔を突き合わせて話をしている。
「お父様。エルがどことも分からぬ異世界へと飛ばされたというのは、本当の事なのですね?」
「うむ、エルはどうやらこの世界とはまったく異質な世界へと飛ばされてしまったようだ」
教皇は、エル姫が消えてしまった当初よりか、幾分落ち着きは取り戻している。
大賢者の弟子であるプノーザから手紙を受け取り、大切な愛娘のエル姫が無事でいることを知り一頻り安堵した。
しかしその異世界から帰って来る方法が、今の所何一つない状況とも記されていたことに、教皇は心を痛めているのだ。
「フェルよ、そなたにもエルより文が届いたのであろう?」
「ええ、お父様。エルはもしも自分が戻れないようなら、お父様を支えてあげて欲しい。そう認めてありました」
「ふむ、そうか……」
「ですので、エルがこのまま戻らなければ、お父様の跡目はわたくしということになりますね?」
姉姫フェルの言葉を聞き一瞬思考した教皇。
「……いや、そう簡単なものではない。今はまずこの世界の情勢を何とかせねばならん。儂の後の事など今は考えるまでもない。このままではこの国自体の存続が危ぶまれるのだ」
しかし今の不安定な情勢では、そんな跡継ぎの事まで考えることはできない。
教皇はすっぱりとフェル姫の質問を一蹴した。
どちらにしてもエル姫もまだ戻れないと決まったわけではないのだ。その事も含め、跡目を決めるなど時期尚早でもある。
この時点でその話を出してくる自体おかしな話なのである。
それに、エルと比較してもフェルには聖教会を背負って行けるだけの魔法的器がない。教皇はその時点で姉であるフェルを皇位継承から降ろしていたのだ。
それに対してフェルは不満を募らせている事は承知している。
しかしそれはこの国の行く末にとって必要な措置でもあったのだ。
「そ、そうですわね……ですが、その危機をわたくしが収めたら考えを改めていただきたいものですわ」
今はそれどころではないと言っても、聞く耳もないフェル姫だった。
「……」
何を根拠にそんな話をするのか分からないフェルに対し、教皇は無言で首を振った。
「お父様。エルはもういないのです。それを早く認識してくださいまし」
「フェル……」
フェル姫の冷たい視線に、教皇は薄ら寒さを覚えた。
「わたくしは、わたくしの考えでこの危機を乗り切って見せましょう」
そう言い残しフェル姫は退室するのだった。
この混沌とした世。この先この国はいったいどんな道程を辿るのだろうか。
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