第17話 同居決定?

 朝ご飯を食べ終わり片付けている所でスマホに着信がある。


 ふう、会社からだ……おおよそのことは予想できる……。


「はい、かなめです……あ、おはようございます課長……えっ? もう、課長、そんなに怒鳴らないでくださいよ。今日は土曜日ですよ? 休みですよ? その休日に休んで文句を言われる筋合いはないんですけど……え? それはそうだが? なんだ、課長もそう思っているんじゃないですか。なら休みますね。ええ、まだ仕事にも少しだけ余裕がありますから、今日明日は休みます……そんな余裕なんてない? お前の仕事が終わらないと、後の仕事がつかえてる? 知らないっすよそんなの! 俺のは期日までまだ余裕があります。そういう急ぎの仕事は定時で帰る奴に振ってください‼ なんで下っ端だけ苦労しなきゃいけないんすか? はい、はい、あ、な、泣かないでくださいよ課長……」


 その後数分話した後、頑として休むと言って通話を終了した。

 マジで最悪な会社だ。怒鳴って駄目だと思えば、泣き落としまで使って来るとは、どんだけだよ! これはマジで監督署に垂れ込んでやる。


 というか、まだエンデル一人残して会社に行くのは、どうも心配でならない。

 目を放すと昨日みたいに死にかけたりするかもしれないのだ。

 近々に異世界とやらに戻れないと聞いた今となっては、この二日間である程度、この世界の事を知ってもらい、慣れてもらわなければならない。

 そう考える俺だった。


 と、何気にここにエンデルを置いておく話が前提になっているな……まあ、いいじゃないか。

 困っている人を見捨てることはできないのさ。そういう事にしておいてくれ。


「どうしたのですか? 通話魔道具に怒鳴り散らしていましたが」

「ん? ああ、会社からの電話でね。しつこく休日出勤しろと言われてさ……」

「かいしゃ、ですか……お仕事の雇い主という事ですか?」

「まあそうだな、その会社という所で働いて、毎月給料を貰うんだ」

「なるほど、労働の対価にお給金を貰う場所を『かいしゃ』というのですね」

「ああ、そうだ。今日は休みなのに出て来いとしつこいんだよ」

「そうなのですか、でも働けばお給金がもらえるのですよね?」

「いや、休日出勤は出ないよ。無料奉仕なんだ」


 だてにブラック中小企業じゃないのさ。休日出勤が給料に転嫁されたことなど一度もないのですよ。普通なら休日出勤は割増なんだよ? 他の企業は……他の会社の事を羨む俺だった。


「な、なんと、そんな悪質な雇い主なのですか! 向こうの世界ではそういう所は悪徳商会とか言うのですよ! 国の汚点です! 排除すべきです!! プンスカ!」


 鼻息荒く憤慨するエンデル。

 うんうん、ありがとう。俺の事を多少なりとも理解してくれるんだね。なんか愛着が湧いてくるよ!!


「まあまあ、エンデルがそう怒ることないよ」

「しかしアキオさん、そんな雇い主をのさばらせてはなりません。衛兵に直訴すべきです、いえ、管轄する貴族にですかね?」

「いや、その内そうするよ。ありがとなエンデル」

「そうですか、アキオさんがそういうならここは納めましょう……ぷんぷん!」


 そうは言うが怒り冷めやらぬエンデル。怒った顔も可愛いね。


「とまあ話は変わるけど、君はこれからどうしたいんだ?」

「これからですか?」

「ああ、向こうに帰るのが三千日も先なら、然るべき場所で保護してもらうとか、何とかしなきゃならないだろ?」


 まあ俺の所にいてもいいといえばいいのだが、彼女の意向が大切だからね。


「はい、今朝も言った通り、私はもうアキオさんのモノです。私をここに置いて下さい!」


 ふむ、何かと言動がぶれないな。


「あいや、そのモノというのはやめようよ。犬猫じゃあるまいしそう自分を安売りするな」

「あはははっ、面白いことを言いますね。私が犬や猫に見えますか? 私は人間ですよぉ~あははははっ!」

「そんなの見れば分かるよ! 要はそんな簡単に決めて良いのか? と言っているんだ!」

「だって、だって私はアキオさんに見放されると、他に頼れる人なんていないのです。それに命の恩人には、その身命を賭すことが常識なのです!」

「いや、そこまでしなくてもいいだろ? 別に好きでもない人に身を預ける必要はないんだぞ?」

「はい! 私は優しいアキオさんが大好きなのです。これでよろしいですか?」


 エンデルは眩しいぐらいの笑顔でしれっとそんなことを言う。

 本気なのか嘘なのか。その表情からは本気としか受け取れないが。


「早すぎるだろ、たかが2,3日しか経っていないのに……」


 まあ好き、それも大好きと言われて悪い気はしない。むしろすごく嬉しいが、こんな短期間でそんな感情が芽生えるものなのか?


「はい! もう出会った時からビビット来ましたから!」

「嘘つけ! 杖でぶん殴って来たじゃねーか! それのどこがビビットだよ!」

「えへへ、でも、今はアキオさんを好きな事実は変わりません。ここに置いて頂ければ嬉しいです!!」

「……」


 ほんとに、無垢であどけない笑顔でそう言われると何も言えなくなるな。


「まあ、わかった。しばらくはここにいていいよ。けど、どこか行くあてができたら気兼ねなく移っていいからな」

「はい! ありがとうございます!! でも、移る気はありませんので諦めて下さいね」

「……はぁ」


 どうやら本気らしい。

 まあとりあえずは、少し様子を見ることにしよう。


 何気に少し嬉しく思う気持ちがあるのは、今の所内緒である。



 という事でエンデルには、この世界とあちらの世界の常識の違いを先ずは覚えてもらわなければならない。

 異世界とやらがいったいどんな場所なのかは知らないが、ある程度話を聞けばその辺りの事は分かり合えるかもしれないよね?


「ということでエンデル。君の住む世界の事を詳しく聞かせて欲しい」

「はい! とはいっても、私も余りよく知らないのです」

「えっ? なんで??」

「はい、私は幼い頃から賢者である師匠の元で、魔導の修行や研究に明け暮れていましたので、そこまで世間の事は知らないのです」

「そ、そうなんだ……」


 世間知らずか?

 まあそう聞かされればなんとなくだが頷けなくもないけどな……。


「でも、その世界の大まかな感じとかは分かるんだろ?」

「はい、少しぐらいならお話しできると思います」

「ならそれを聞こうじゃないか」

「はい、アキオさんの為に誠心誠意お話いたします!」

「いや、別に俺の為じゃないからね? 君の為に聞くだけなのよ? 俺がそっちの世界を知った所で何の得もないんだから。こっちの世界との違いを君に教えなきゃだからね」

「はい! 新妻としての初仕事、頑張りますっ! アキオさん♡」

「……」


 もう妻になったの? いつから? 展開速すぎだろっ!



 という訳で、まずはエンデルの話を聞くところから始める俺だった。



 ◇



 【大賢者エンデル捜索隊】


「プノ。どんな感じだい?」

「うーん、もう少し調整が必要かもなの」

「そうか、そんじゃあ、あたしは魔法陣の調査をしてるからね」

「分かったの。あ、でも気を付けてなの。さっき測定した結果、かなりの魔力がまだ残留しているから、不用意に術式に触らない事なの」

「了解。まずは周辺調査からだからその辺りは大丈夫だよ」


 ピノプノ姉妹は二人で協力し合いながら調査を進めていた。

 召喚魔法陣周辺には、師匠であるエンデルの膨大な魔力が残留しており、なにかの拍子で誤って発動する可能性も否めないという結論がでる。なので慎重に作業を進めるのだった。



 大賢者エンデル転移失踪事件。

 果たしてピノプノ姉妹は、その真相を暴くことができるのだろうか。

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