第16話 帰る方法

 服も着て朝のお勤めも済ませ、二人して顔を洗い歯を磨いた。

 エンデルは歯磨きの泡で咽返ったことはご愛嬌である。


「アキオさん! お腹が空きました!!」


 俺がベッドメーキングをしているとエンデルは元気よくそう言った。

 まあ確かに昨日は夕方位から飯も食わずに寝ていたのだから、腹も減ることだろう。仕方ないといえば仕方ない。


「そうだな、昨日買ってある弁当とパンがあるから、それでも食べるか」

「はい! お手伝いいたします」

「おお、頼む」


 ふむ、3日目ともなるとなんか馴染んで来たな。


「ところでエンデル。君はなんでそんなにたくさん食べるんだ?」


 朝食の支度をしながら疑問に思ったので訊いてみた。

 華奢な体の癖に食べる量が俺の許容量をはるかに凌駕するのだ。疑問に思って当然だろう。


「はい、私は魔力が常人の方より遥かに多いのです。その分自然回復が遅く、食べ物で補わなければならないのです。ですから、他の方より多く食べてしまうのですよ」


 なるほど、良く分からないが食べ物で魔力の補充をしなければならないのか……。

 とんだ不思議体質だな。向こうの人たちはみんなそうなのか?


「ふ~ん、そういえば君の魔法を見たことがないが、本当に魔法が使えるのか?」

「もぅ、失礼ですねアキオさん。この大賢者エンデルに使えない魔法はないのです!」

「あいや、この世界には魔法が無いからさ、ただ訊いてみただけだよ」

「そうなのですね。確かにこの世界には魔力が微量しか感じ取れません。そのせいで自然回復も遅くて困っているのです。こうやってお話するだけでも僅かずつですが魔力が減っていきますので、迂闊に魔法を使う訳にもいかないですね……」


 う~む、なんか面倒なんだな。


「魔力が無くなったらどうなるんだ?」

「そうですね、倒れてしまいます。下手をすれば命を落とすことにもなりますね」

「マジか! それは怖いな」


 命に係わるのか。そうすると魔力とは生命力となんか関係あるのかもしれないな。


 弁当をレンジでチンして、飲み物やパンなどをテーブルに並べる。

 エンデルはことのほか電子レンジに興味津々で、火も使わないのになんで食べ物が温まるのか不思議でしょうがないようだ。なおかつ中身は触れられないほど熱いのに、容器が手で持てることに首を傾げるのだった。

 そして朝食を摂る。


「それで、エンデルはどうしてその召喚の儀とやらをすることになったんだ?」

「はい、私達の世界に魔王が再誕したという話が持ち上がり、その魔王を打ち滅ぼす勇者様の召喚をする為なのです、はい……モギュモギュ」


 うん、話すときは口の中の物は飲み込んでから話すようになったな。うんうん、良いことだ。


「で、それが失敗して、君がこっちの世界に飛ばされてきたと……」

「モギュモギュ、ごくん。はい、そうなのです、あれだけ入念に魔法陣を構築したと思ったのですが、どうやらどこかに綻びがあったのでしょうか? 前日に七度も確認をしたのですが、その時はそんな間違いなど無かったように思うのですが……」


 さも釈然としないといった難しい表情でその時を振り返る。


「あいや、目が悪くて見逃していたんじゃないの?」


 あの視力だ、細かいところがぼやけて見間違ったとかね。


「し、失礼ですね! 魔法陣は完璧でしたよ、あれだけ床を舐めるようにして確認したのですよ? そんなことはありません‼」


 あら、魔法のことになるとどこか人が変わったようになるな……さすが大賢者!


「でも、うまく行かなかったんだよね?」

「そ、それは……」


 揚げ足を取られてしょぼんとするエンデル。


「失敗してここでご飯食べているんだよね?」

「はい! 美味しいです‼」


 ご飯のおいしさにケロッと大賢者の威厳が崩れ去る。

 おいおい、魔王よりご飯か?

 まあいいか……。


「まあだいたいは分かった」


 分かったのか? 本当に?


「そうですか、ありがとうございます。モギュモギュ」

「で、帰る方法はあるのか?」


 来た方法があるのだから、帰る方法だってあるのだろう。


「いえ、現状では厳しいものがありますです、はい」

「厳しいとは?」

「魔力が全快に近いぐらいまで回復していれば、帰れないこともないのですが……」

「ないのですが?」


 なんだ、帰る方法はあるじゃないか。


「この世界の魔力量が少ないので、回復にかかる時間が……」

「時間? どれくらいで回復するんだ? 2、3日か?」

「いえ、そんな短期間ではありません。向こうの世界でもおよそ30日かかるのです」

「そんなにか?」

「はい、昨日と今日で感じたこちらの世界での回復量では、たぶん絶望的な日数になるかもしれないのです……」

「具体的にどのくらいだ?」

「おそらく3千日とか……」

「な、なにぃ‼ さ、3千日‼」


 三千日とはまた法外な日数だな。年数に換算したら……げっ、8年以上じゃねーか!!


「そ、そんなにか?」

「はい、ですので、私も半ば諦めているのです……」

「……そ、そうか」


 エンデルは暗く沈んだ顔で弁当をちびりちびりと食む。俺もそれ以上は何も言えずパンを齧るのだった。

 なんか、まずいことを聞いた気がするな。

 この世界にただ一人来て、そして帰る方法はと言えば、8年以上も先の話だとなれば、考えることも諦めてしまうかもしれないな。

 ん? でもそれはまずいじゃないか? もしかしてこのままここに居座る積りでいるかもしれない!! 寝起きにも自分の身体は、俺のモノだとか妙なこと口走ってたしな。


 まあそれならそれでいいか。

 なんて思い始める俺もいた。


「ほらこれも食べなよ。そう落ち込まずにたくさん食べなさい」


 気に病んでもどうにもならないものはどうにもならないのである。そんな時は少しでも違う事を考えたりして気を紛らわせた方がいいのだ。食べると魔力の補填にもなるのだったら少しでもたくさん食べさせて上げたほうがいいかもだしね。


「はぃ‼ 頂きますっ‼」

「……」


 とはいえこの変り身の速さ。

 俺の分の食い物を目の前に差し出した途端、ぺかっ、と表情を明るくするエンデル。

 それを見ると、そんなに深刻な話じゃないように思うのは俺だけだろうか……。


 そして昨日買った食べ物を粗方胃袋に詰め込むエンデルだった。

 食い過ぎだよ。



 ◇



 【召喚の間】



 昨日は見たこともない広い浴場でお風呂に入り、見たこともない豪勢な食事を堪能したピノプノ姉妹は、殊の外上機嫌で召喚の間へと現れた。


「おはようございます姫殿下、それに小さき大賢者様方」


 召喚の間に入るや否や、宰相のハンプが待ち構えておりそう挨拶してきた。


「おはようございますハンプ様」

「おはよう敏腕おっちゃん! 昨日は見たこともない料理ご馳走様。美味しかったよ! 今日もよろしくね!」

「おはようなのさいしょうのおじさん。小さな大賢者様なんて照れるの……ぽっ♡」


 ピノはまあ相変わらずの感じだ。今日も遠慮などなにもなく美味しい料理を注文する。

 プノは小さき大賢者様というフレーズが気に入ったらしく、頬を赤らめて照れていた。


 二人は大賢者エンデルの弟子という立場もあり、目指すは大賢者の地位である。エンデルのように大賢者にはなれないまでも、賢者にはなりたいと常日頃から研鑽は積んでいるのだ。故に大賢者様と呼ばれて喜ばない方がおかしいのである。


「がはははっ、では早速取り掛かってもらいましょうかな?」

「ええ、そうですね。よろしくお願い致しますピノ様、プノ様」

「おぅ! 任せなよ!!」

「はいなの」


 エル姫も事の究明を急ぎたいのか、急かすように言う。

 昨日は一緒にお風呂にも入り食事も一緒だったので、どことなく打ち解けた三人だった。


「魔法陣はあの時のまま保存しております。まずは大賢者エンデル様の居場所を特定願えればと思います」


 ハンプ宰相は、エンデルの居場所さえ特定できれば、どうにかなるかもしれない。そんな口調であった。


「そうだね。プノあの魔道具は持ってきたよね? 先ずはそれで師匠の魔力の残滓を当たってみようか? そしてそれを辿れば……」

「はいなの、ピノお姉ちゃん。上手く行くかどうかは分からないけど、やってみるの」


 ピノにそう言われたプノは、アイテムバッグから昨日出来上がった魔道具を取り出し準備に入るのだった。

 ピノもぶ厚い魔導書を取り出し、召喚陣のページに小難しい表情で目を落とす。



 大賢者エンデル捜索隊の始動である。

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