第15話 抱き枕

 エンデルは夜中に目を覚ました。


「あら……」


 ベッドに半身を起こし、自分の姿に首を捻るエンデル。

 布団を捲ると、胸の所に掛けてあったバスタオルもはらりと落ちた。下着も着けぬまま眠っていたことをそこで知る。

 確か、お風呂に入っていた所までは覚えている。数日振りのお風呂がことのほか気持ちよく、この世界の、洗髪剤「しゃんぷぅ」というものや、石鹸「ぼで〜そうぷ」という物に感動しながら湯船に浸かった所まで。

 そして……。


「あ~、もしかしてまたやってしまいましたか……」


 えへっ、と苦笑いをしながら、自分がまた仕出かしてしまったことを悟る。お風呂に浸かりながらまた眠ってしまったことを。

 いつもは、弟子のピノプノ姉妹が付いていてくれるので、眠くなる前にお湯から上がらせられるのだが、今回はそんな世話を焼いてくれる者もおらず、気持ちよさにかまけて眠ってしまった。そして恐らくは亜紀雄にベッドまで運ばれたのだと理解するのだった。


「あぶなかったのです、もしかしたら死んでいたかもしれないのですよ……」


 一応はのぼせて死んでしまうかもしれないことは、自覚しているエンデルだった。

 それなら眠くなる前にお風呂から上がればいいものなのだが、ついつい気持ちよさに負けてしまう自分がいる。


 ふと、ベッド脇を見る。


「……アキオさん?」


 のぼせてしまったエンデルが余程心配だったのか、亜紀雄が枕元に頭を乗せ、そのまま寝込んでいた。


「ありがとうございます。私をここまで運んででくださったのですね……」


 お風呂場からベッドまで運んでくれ、何らかの処置を施してくれたのだろう。

 しかしこのままでは亜紀雄が風邪をひいてしまいそうな体勢なので、どうしようかと考えるエンデル。

 一度ベッドから降り亜紀雄を揺する。


「アキオさん。ちゃんと寝ないと風邪をひいてしまいます」

「う~ん……Zzzzzz……」


 何度か起こそうとしたが、深い眠りに就いて目を覚ましてくれない。

 仕方が無いので非力ではあるが、亜紀雄の頭と腕がベッドに乗っているので、そのまま少しずつベッドに押し上げることにした。


「うんしょ、どっこいしょ……」

「う~ん……」


 腰のあたりまで亜紀雄がベッドに乗っかった所で、寝ぼけながらも亜紀雄が布団に潜り込んでくれた。


「ふう、これでいいです」


 しっかりと布団を掛けてあげ、満足するエンデル。


「私ももう少し寝ましょう」


 窓の外はまだ真っ暗。

 エンデルもまた眠ろうと布団へ潜り込むのだった。

 亜紀雄が寝ている布団へと。


「ありがとうございますアキオさん。アキオさんは私の命の恩人です……」


 亜紀雄の頭が乗せてある枕に自分の頭を乗せそう言うエンデル。

『もしも、もしも私が元の世界へ戻ることができなかったら、アキオさん。その時は側にずっと置いてくれませんか?』と、そんなことをお風呂場で言おうとしていたエンデルだったが、亜紀雄に迷惑かと考え直し言葉にしなかった。

 右も左も分からないこの世界に迷い込んだエンデル。そんな自分に優しく接してくれている亜紀雄に、多少ならずとも好意を持ち始めてもいる。

 元の世界では男性とは疎遠だった自分が、こんな気持ちを持つことに戸惑いも感じていたのだった。

 そして、今回自分の不手際で命を救われた。これで心は決まってしまったのだ。


「私はアキオさんの妻になります」



 そして亜紀雄に寄り添いながらまた眠りに就くのだった。



 ◇



 翌朝。気持ちよく目覚めた俺は、途轍もない違和感で固まってしまった。


「あれ? ベッドで寝てたっけ? それに、この抱き枕は何だ?」


昨晩は目を覚まさないエンデルのことが少し心配で、暫く側で様子を伺っていて、そのまま床で寝てしまったと思っていたが、気付けばベッドで寝ている俺。それに何かを抱いている。柔らかくて温かい、まるで人肌の感触……。

 そんな抱き枕なんてこの家にはなかったはずだ。


「ん……?」


 恐る恐る手を動かし、抱いているものの正体を確認する。


「こ、これは……」


 俺の胸の位置には、さわさわとした髪の毛の感触。下の方に移動した手には、とても柔らかな膨らみが……まるでお尻のような感触……!? それも素肌同然の感触!?

 俺は焦り、胸元にかかった布団を少し捲るとそこには、気持ち良さそうに眠るエンデルが俺の胸に顔を埋めていた。


「ひゃっ! え、え、えええ、えええええ、エンデルぅ~っ!!」


 俺が叫ぶとエンデルが目を擦り擦り覚醒する。


「?……む、むにゅむにゅぅ~……う~ん……あ、アキオさんおはようございますぅ……」


 にっこりと微笑む笑顔がめっちゃ眩しいし可愛い!

 俺はエンデルを抱いていた腕と、巻き付けていた足を急いで解く。


「おおおおおぃ~、おはようじゃないよ! な、なんなのこの状況は!?」

「あ、覚えていらっしゃらないのですか? アキオさんが床で寝ていたので、このままでは体が冷えてしまうと思ったものですから、ベッドに押し上げたのです。そして、私の体で温めてあげたのですよ」

「……」


 まったく記憶にないぞ?


「いかかでしたか? 私の体温で気持ちよく眠れましたか?」

「あ、おお、凄く気持ちよく寝れた……じゃなくてさ、なんで一緒に寝てるんだよ!」

「いいじゃないですか。私の命はもうアキオさんのモノなのですから、体もアキオさんのモノですよ」

「どこからそんな話が出て来る! いったいいつから俺のモノになったんだ? ていうか、モノなんて表現するな!」

「もう、恥ずかしがらなくてもいいですよ~、私がお風呂場で死にそうなのを助けてくれたのですよね? なら命の恩人なのですよ。アキオさんが居なければ私は死んでいたのですから、当然のことです」


 当然なのか? いや、そうじゃないだろう。


「よいしょっと」

「──うぁ!!」


 ベッドから半身身を起こすエンデル。

 当然のことながら下着も何もつけていない素っ裸な姿だった。


「どうしたのですか?」

「お、おい~っ!! どうしたのかじゃない! ふ、服を着なさい! そこに着替えを置いてあるから早く着るんだ!」


 俺はエンデルに背を向けるように反対側に寝転がる。

 いや、裸だとは思っていたけど、そのエンデルを抱き枕状態にしていたことを今更のように思い出し、何とも言えない気持ちになる。


「は~ぃ、わかりましたぁ~」


 エンデルは仕方なくといった感じでベッドから抜け出る。

 昨日買った下着と部屋着を準備していたのでわかるだろう。


「……」


 今振り向くとまっぱのエンデルがそこに立っているかと思うと、心臓がバフバフとしてくる。


「よいしょ、こらしょ……」


 そんなババ臭い掛け声を発しながら下着をつけているのだろう。


「アキオさん! この下着は凄いですね。こんなに伸びる生地なんて初めてです! 肌触りも凄く良いですし、まるで穿いていないかのようです。どうです、触ってみますか?」

「なんで触るんだよ! いいから早く着なさい!!」

「ぷぅ、はぁ~ぃ……」


 どことなく膨れた感じのエンデル。

 やっぱりエンデルは、どこか常識外れである。異世界というのは、俺が考える常識が通用しない所なのだろうか?


「あのう、アキオさん? これはどうやって着けるのでしょう? 昨日は店員さんに着けて頂いたので、やり方が分かりません……」


 困り声でそういうエンデル。


「もう大事な部分は隠したか?」

「いえ、まだ肌着姿です」

「なんの着け方だ? もしかしてブラジャーか?」

「はい、そのぶらじゅぁ~とかいう乳当ての事です」


 どうやら、ブラジャーの背中のホックを自分でつけられないような感じである。でも乳当ていうのか。


「と、とりあえず、向こう側を向け」

「は、はぃ~」

「向いたか?」

「はい向きました」


 俺はエンデルの方に振り向く。

 エンデルは下着姿で向こう側を向いていた。まだパンツしか穿いてないし……。


「先ずは胸にそのブラジャーのカップを当てがいなさい」

「こうですか?」

「そうそう、昨日店員さんがしてくれたように」


 エンデルは素直に従う。


「そしたら次は肩紐に手を通しなさい」

「はい!」


 エンデルは俺の指示通りブラを装着する。

 まあ、そんなに大きくないから、いらないといえばいらないのだが、そうもいかんだろう。

 って、なんで女性の着替えのお手伝いをしなきゃならんのだ? 役得じゃないか‼

 あいや、心の声が出てしまいました……。


「よしそのまま、胸を押さえていろよ」

「はい!」


 俺は恐る恐る手を伸ばしブラのホックを嵌める。やっぱ役得だ!

 ゲフンゲフン!


「よし、これでいいぞ。ていうか、昨日は自分で脱いだんだろ? なんで脱ぐのは出来て着けるのはできないんだ?」

「あ、脱ぐのは簡単ですよ。シャツと同じように脱げばいいのですから。ほら、こうやって」


 エンデルはこちらに振り返り、ペロンとブラを捲り上げた。

 露になる小さなお胸。


「ぶふっ‼ やらなくていいって‼ せっかく着けたのになんで実践しちゃうかな⁉」

「えへへ、すいません」


 なんか少しずつだが耐性が付いてくる俺も怖いな……。


 はあ、こんなことなら、フロントホックかスポーツブラにしておけばよかった。そう思う俺だった。



 その後エンデルは着替えを終え、朝のひと時が始まるのだった。

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