第14話 姉妹が到着

 【エル姫とピノプノ姉妹】


 夕刻になり日も沈み始めた街並みを自室の窓から眺めているエル姫、一般庶民はまだ平穏な日常を送っているが、時折数台の馬車がこの首都から出て行くさまが、エルの目にとまる。


「なんとさもしい者達でしょうか……」


 首都を出て行く者は、決まって豪奢な馬車を駆り、数台の荷馬車を引き連れ、その荷台には満載の私財を詰め込んでいるのだろう。被せられた幌がはち切れんばかりである。

 エルは、そんな貴族や豪商たちを冷めためで見詰めるのだった。


「己が身と財産を死守するために、街を、そしてこの国を捨てる業突く張りばかり……その私財をなげうってまで、この国や街を守ろうなどと思う者はいないのでしょうか……」


 嘆かわしいばかりである。

 この先訪れるであろう戦火、そして魔族の襲来。それを皆で力を合わせてどうにかしようという者はごく僅か。

 かの大賢者エンデルが召喚を失敗した事実が知れるや否や、そんな富豪たちは我先に逃げ出す算段をしたのだった。もちろんこの情報は、一般庶民には知る由もない。緘口令かんこうれいが敷かれ、特定の富裕層までが知り得る秘匿情報なのである。その情報を仕入れた貴族や、それに寄生する商人たちは、混乱が起こる前に逸早く密に街を出て行くのであった。

 だが庶民に知れ渡るのも時間の問題である。そうなればこの首都は混乱を極め、恐慌となることだろう。


「はぁ……」


 出るのは溜息ばかりなり。

 ただこの国の行く末を憂うエル姫の心中は、果てしなく沈んでゆくのだった。


 ──コンコン。


 ため息をつき終わると同時に扉がノックされる。


『エル様。宰相閣下と大賢者様のお弟子様をお連れ致しました』


 来訪者の報告を受け、沈んでいた気持ちが幾分浮上する。

 大賢者エンデルの弟子が来たことで、僅かばかりではあるが光明が見えるかもしれない。そう思うエルだった。


「お通ししてください」


 間を置かずにそう言うと、すぐに扉が開かれ、三人が入室してくる。

 先頭は宰相のハンプ。その後ろに可愛らしい小さな少女二人が続いて入って来た。


「姫殿下、大賢者エンデル様のお弟子様をお連れ致しました」

「ご苦労様ですハンプ様」


 宰相に労いの言葉をかけると、ハンプは一歩横にずれ、エンデルの弟子二人をエルの前へと誘導する。


「ようこそおいで下さいました。わたくし皇女のエル・ミクエル・ナフロディと申します。此度は無理なお願いをしてしまい誠に申し訳ありません。大賢者エンデル様が行方知れずになり心をお痛めの事でしょう。わたくしも同じ気持ちです」

「よろしく姫様。あたしはピノーザ。そんなことないよ、師匠はあれでいて図太いところあるから、異世界だろうが地獄だろうが、まあうまくやってるんじゃない?」

「初めましてなの姫様。プノはプノーザ、ピノお姉ちゃんの妹なの。ピノお姉ちゃんの言う通りなの、なんとかしていると思うの」

「……」


 あっけらかんとしているピノプノ姉妹二人に、エルは気圧される。

 師匠がどこかへ転移してしまったというのに、身内同然の弟子が、さも当然の如く平然としている様は、呑気と言うのか、師匠を信頼していると言うのか、はたまた師匠の事などどうでもいいと思っているのか。良く分からないところである。

 同じ気持ちと言った手前、『……その同じ気持ちじゃないわよ?』と言いたかった。


「……は、はぁ……」

「というより、このおっさん酷いんだよ? 先にお風呂入りたいって言ったのに、無理やり連れて来られたんだから」

「そうなの。馬車が幌馬車で土埃塗れなの。耳の中までザラザラ……」


 宰相をおっさんと呼ぶ胆力は凄い。やはりこの二人は何かと侮れないと思うエル。

 姉妹を良く見ると、着ている物は白く埃に塗れ、顔も真っ白である。まつ毛など砂が絡まり面白まつ毛になっていた。


「なんと、そうでしたか。では、詳しい話はお風呂に入りながらに致しましょう。もう夕刻ですので、本格的な究明作業は明日からという事で」

「そうしてくれると助かるよ~」

「そうなの、お尻もヒリヒリしているの……」


 馬車の座席がことのほかお尻にダメージを与えたようだった。


「ではハンプ様、先にお弟子様お二方と湯浴みをしてまいります。本作業は明日からという事でよろしいですね?」

「はい、既に食事の準備も整っております。入浴後はすぐにでもお召し上がりください」

「おお~、おっさん気が利いてるじゃないの。敏腕おっさんと呼んであげるよ」

「ピノお姉ちゃん。せめて『おじさん』と言わないと失礼なの。きっと偉い人なの。さいしょうさん」


 おそらく宰相という地位を全く理解していないのだろう。ハンプの事を執事か使用人のように思っているのかもしれない。


「がははははっ、おっさんで結構、結構」


 ハンプ宰相は細い目をより一層細くし豪快に笑った。どうやら二人を咎めることはなさそうである。


「では、ハンプ様、後はわたくしがお弟子様のお相手を致します。ご苦労様でした」

「はい。では、また明日召喚の間でお目にかかりましょう」


 ハンプ宰相はそう言って部屋から出て行った。


「では、浴場へ参りましょう」

「うひょ~お城のお風呂はどんなもんかね? 楽しみだねプノ」

「はいなの、楽しみなの♪」


 消えてしまった大賢者エンデルの事よりも、今はお風呂に意識が集中する二人を見て、エルは何故か今まで心に抱えていた暗澹たる澱が幾分か解れるような気がした。

 弟子二人がこうもエンデルに信頼を置いているのであれば、大丈夫に違いない。そう思うのだった。


 それが間違った解釈と知るのは、まだ先の話である。



 三人は侍女を引き連れ浴場へと向かうのだった。



 ◇



 久々の湯船に浸かりながら俺は思考する……。


 このお湯は、エンデルが入ったお湯……あれだけのぼせるほど出汁エキスを絞り出したお湯……や、ヤベぇ、女人出汁エンデルエキスが濃厚じゃないか‼

 そんな訳の分からぬ妄想で、鼻の穴が拡がっているのが自分でも分かる。


「じゃねええええ~~~っ‼ 賢者たれ俺‼」


 俺はそんな妄想を掻き消すように叫ぶ。

 バシャバシャと湯船のお湯で顔を洗う。


「そうじゃない! 今後の方針だよ‼」


 妄想を本来の思考へと切り替える。

 異世界から来た自称大賢者のエンデル。

 まだ詳しい話も聞いてない。けど、何かと困らせられることばかりだ。この世界の常識が根底から覆されたかのようなこの気分。

 どうすればいいのだろう……。


「ぶくぶくぶく、ぶくぶくぶく(まあいいか、何とかなるよね)」


 お湯に潜りながらそう声に出していた。



 エンデルエキス濃厚なお湯の中で……。

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