第13話 大惨事
エンデルが風呂に入ってからしばらくたった。
俺はニヤニヤしながらテレビを見ていたが、
「──え、え、え、えゅくしゅっん!! え~ぃ、このやろうっ!!」
水を浴びたせいか体が冷えて、盛大にくしゃみが出る。何気にジジ臭いのはご容赦を。
エンデルは体を洗い終わり湯船にでも浸かっているのか、風呂場の方は静かなものだった。うん静かだ。しかしどこかこう胸のあたりにモヤモヤと嫌な予感がする。
「あれ? でも結構な時間経つよな……」
女性の入浴時間は長いと聞く。へたをすれば半身浴とかいって、三時間以上も風呂に浸かる人もいるらしい。三時間も湯につかっていたら、掌がふやけてしまい老人のようになるな、間違いない。それだけ長い時間入っていられる心理が分からない。
まあ俺は男だから、10分もあれば余裕だし。
それにしては静かすぎないか? さっきまでは、『は~っ、気持ちいいです~』『生き返ります~』『まるで神の国にいるようです~ふぁぁ~っ』と、時折聞こえて来ていたのだが……ん? ふぁぁ~っ? って、もしや?
「おーい、エンデル!! …………………………??」
あれ? 返事がねーぞ!?
「おーい!! まさか寝ていないよな? …………………………!?」
二度大きな声で呼ぶが、一向に返事が返ってこない。
あれ、もしかして気持ち良すぎて寝ているとかか? ていうか寝たら……。
──ヤバイんじゃね!? これヤバイんじゃね!?
俺は大急ぎで風呂場へと向かう。
──ドンドンドン!!
すりガラスの扉を盛大に叩き叫ぶ。
「おいエンデル!! 寝てるのか!?」
「……」
それでも返事がない。
これマジヤバくない? まさかのぼせているとか?
「開けるぞエンデル!! いいな! いいよな?」
「……」
いちおう確認を取るが返事がない。それよりもまったく風呂場の中で動く人影さえない。
これはマジやばいやつだ! のぼせて倒れているのかもしれない!
「エンデルぅ〜っ!!」
ガラッと扉を開き風呂場へ突入する。
そこには風呂に浸かり、ゆでダコのように真っ赤になり、ぐったりとしているエンデルがいた。透き通るような白い肌だったのが、見る影もなく真っ赤っかだ。
「おい! エンデル!!」
「……」
意識が飛んでいるのか反応がない。
「おいおいおいおいおいおい!! マジかよ! え! どうすればいい? んと、どうすればいいの俺?」
慌てるだけで頭が真っ白になっておろおろするばかりの俺。どうすればいいかさえ思い浮かばない。
だがこのままではまずいとだけは気付く。このままお湯につけておけば、下手をすれば死んでしまう。
「──ええーい、後でいくらでも恨めよ! 今は裸も何も関係ない!」
ざぶん、とお湯に手を入れ、エンデルを湯船から引き揚げる。
ぐったりとした体は、なんかやけに重く感じる。だが今はそんなことはどうでもいい。力の限り引き上げて、お姫様抱っこする。これで二回目だ。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
そのまま部屋のベッドまで連れて行き、ベッドに横たえる。
「ええと、どうすればいいんだ? ……えっと、ま、まずは体を冷やすことが先決か?」
俺はエアコンのスイッチを入れ、冷房を最大にする。
胸と下半身だけ隠すようにして、タオルでバサバサと仰ぐ。その内にエアコンが威力を発揮し始めた。
「あ、そうか、頭を冷やさなきゃな!」
急いで冷蔵庫まで行き、氷を洗面器に入れ、そこに水をいれ、タオルを浸す。
エンデルの所まで戻ると、体の色は幾分赤みが薄くなってきていた。
「おい、しっかりしろ!」
大丈夫かな? ま、呼吸はしているようだから大丈夫だろう……。
俺はキンキンに冷えたタオルをエンデルの額と目を隠すように置く。そしてもう二つを脇の下へと挟んでやった。熱中症には脇の下を冷やすと良いと、なにかに書いてあった気がする。熱中症ではないが、脳を冷やすには最適な方法だろう。
あ、違った! 頭を冷やしちゃいけないんだ! 確か、風邪などで熱があるときはいいが、熱中症とかなら直接頭を冷やすと駄目らしいとも聞いたような気がする。確か脳が冷えると体温が下がったと勘違いして、それ以上汗を出さなくなるとか言っていて、逆効果だと。
頭に乗せたタオルを取り、首の頸動脈に乗せ直した。
するとエンデルはその冷たさが気持ち良いのか、少し苦しそうだった表情が緩んだ気がする。身体も冷えてきたのか、その後みるみると常時の血色へと戻り、呼吸も安定してきたようだ。
「はあ……もう、勘弁しろよ……」
俺はベッド脇にへたへたと腰を抜かすように膝をつくのだった。
ほんとに勘弁してほしい。マジで勘弁してほしい。もう少し気付くのが遅かったらと思うと肝が冷える思いである。まかり間違えば死んでいたかもしれない。ぐったりして、もし顔が湯船の中にでも浸かっていたらと思うと身震いしてしまう。異世界人の溺死体の出来上がりである。それもこの世界では身元不明の大賢者の……。
「はあ~、とにかく最悪な状況は免れたか……」
冷静に考えると救急車を呼んだ方が良かったのだろうか? いや、そうか彼女は保険証も何もない。そうなれば莫大な金も掛かるよな……。
首と脇に挟んだタオルを交換することにする。
エンデルは、今はもう落ち着いて静かに寝息を立てている。これなら心配なさそうだな。
俺は、氷水でタオルを濡らし、硬く絞ってまた首と脇に挟んであげる。薄いタオルケットを体にかけてあげた。
「もう大丈夫だな……」
はあ、疲れた……なんなのだろう、このいつもの日常にない急展開すぎる日常は……。
「あーあ、床がびちゃびちゃだよ」
ふと床を見ると酷いありさまだった。
エンデルを運んできた時にお湯が床にかなり落ちていたようだ。
「床掃除でもするか。このままだと床が腐っちゃうかもしれないからな。老朽化しているから大家さんに大目玉食らうよ……」
エンデルを見ると、幸せそうな表情で眠っている。
まったく人の気も知らないでいい気なもんだよ……。
ちょっとだけイラっと来た。でも、無事でいたことの方が、今は嬉しく思う俺がいる。
俺は床を掃除し、それを終え風呂に入ることにするのだった。
◇
【馬車に揺られる姉妹】
「ねえ、まだ着かないのかな?」
ピノがお尻をさすりながら衛兵に問う。
「うむ、あと少しだ」
「それさっきも聞いたの……」
「というよりこの土埃どうにかならない?」
馬が巻き上げる土埃が、馬車の中に入って来る。
風向きが悪いのもあるが、この馬車がただの幌馬車だということに、ピノプノ姉妹は辟易とするのだった。
「なんで、軍用の幌馬車なの? お迎えならもっといい馬車にしてよね」
「そうなの、お尻が痛いの……」
プノも、クッションも何も張っていないただの板張りの座席に、顔を顰めながらお尻をさする。
「すまんな、他の馬車はあの召喚の失敗もあり、首都から逃げ出す有力者が持って行ってしまったのだ。ほんとにすまん……」
「なんだよそれ……」
「敵前逃亡なの……」
他の国や、魔族が攻め込んでくると懸念した者達が、馬車を買い取り、我先に首都を離れだしているそうである。いわゆる疎開である。
城の馬車も、あらかた出払い、残っているのは教皇様や姫様が乗るような豪勢な馬車しかなかった。なので仕方なく軍の所有する幌馬車となったのだ。兵士が乗る馬車とあって、装備はそんなに良くはない。か弱い女の子の移動には堪えるのだろう。
「まあ、いいよ……お城に着いたらすぐにお風呂ね」
「そうなの、顔も髪の毛もザラザラなの……」
「うむ、すまない。そうするよう進言しておくゆえ、もう少し辛抱して欲しい」
「あいよ」「はいなの」
ピノプノ姉妹は不貞腐れたように返事をした。
「どこにいるか知らないけど、師匠はちゃんとお風呂入ってるのかな?」
「一人で入ると危険なの、気持ちいいとすぐ寝てしまう癖があるから、命がいくつあっても足りないの」
「だよなぁ~死んでなきゃいいけどねぇ~」
「水浴びで我慢させなきゃなの」
一応師匠の心配はしている。お目付け役が居なくてやって行けるのか不安でしょうがない二人だった。
馬車は間もなくお城へと到着するのだった。
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