第8話 弟子の心配
【聖教国エローム エンデルの自宅】
昨日召喚の儀を終えて帰って来る予定だったエンデルが未だに戻らない。
「ピノお姉ちゃん、師匠が帰ってこないの……」
「ったく、あのバカ師匠。召喚の儀が終わったらすぐに帰って来るって言っていたのにさぁ。きっと祝賀会みたいな場所で、美味しい料理に釣られているんだよ。もしかしたら食べ物をくれた人に、のこのことくっ付いて行っているのかも。食べ物くれる人良い人! 人類皆アミーゴ! なんて言って……」
「しっぱいしたの、『注:食べ物を与えないでください』と、外套に書いて置くの忘れたの!」
「なんだよプノ! あれだけ念を押しておいたのに、忘れたの?」
「そうなの、迂闊だったの……」
そんな会話をしながら姉のピノーザと妹のプノーザは、師匠の帰りを今か今かと待っていた。とうの師匠は異世界のモクドナルドでお腹いっぱいになっていることなど、この二人は露ほども知らないのだった。
「もうっ! やっぱりあたしも付いて行くんだった。目を放すととんでもないことするからね師匠は」
「そうなの、人前で裸とかになっていなければいいけどなの」
「魔法は凄いんだけど、その辺どこかずれているのよね、あの師匠はさ……羞恥心というものが欠如しているからね」
「見ているこっちが恥ずかしいの」
せこせこと仕事をしながらそんな会話をする姉妹。
街から少し離れた場所にあるこの家は、魔導工房として色々な物を作っている。薬や魔道具といったものを作り出し、国の人々の為に寄与しているのだ。
大賢者のお店という謳い文句もあり、なにかと注文がひっきりなしに入って来る。召喚の儀が行われるとあって、ここ数週間、師匠はそちらにかかりっきりで、店の方はピノプノ姉妹に任せっきりだったのである。召喚の儀が終わったら、すぐにでも取りかからなければならない仕事も山積で、早々に師匠が帰ってこないことに若干お冠でもあった。
「ところでプノ、魔道具は出来た?」
「もう完成なの。後は試験をして終了なの。ピノお姉ちゃんこそ薬出来たの?」
「勿論だよ! 今度こそあの禿オヤジのツルピカの頭に、髪の毛がフッサフサに生えて来ること間違いなしだよ!」
「あれ? そんな薬だったの? なんか違うような気がするの……」
「そうだっけ? まあいいさ、気になってしょうがなかったのよね、あの禿げ頭は」
そんなこんな仕事をしていると、来客がある。
「失礼!」
「あいよ失礼だったら出ってくんな~」
「忙しいの」
失礼な客なら最初から来るな。だがそういう問題じゃない。客商売なのに。
しかし可愛い姉妹にそんな憎まれ口をきかれても、客としては笑って用件を伝えるのがいつもの事だ。
来店した鎧を纏った衛兵のような男は、薄く笑いながら用件を話し出す。
「うむ、大賢者殿のお弟子様二人とは君たちのことかな?」
「あたし達はお弟子様なんて高尚な立場じゃないよ。下働き兼師匠の躾役だよ」
「そうなの、師匠は目を放すと危険なの、お目付け役でもあるの」
「そ、そうか……」
こうも子弟の関係が希薄だとは思わなかった衛兵は鼻白む。
師匠より弟子二人の方が偉そうなのだから。
「ところで衛兵さんは何しに来たんだい? 師匠を連れて来てくれたのかな?」
「召喚の儀は終わったの?」
「う、うむ、それなんだが……」
「ん? どうしたんだい?」
衛兵は少し言い淀む。
召喚の儀の失敗を伝え、この姉妹二人がどれだけショックを受けるかと思えば、それも頷ける。しかし、正直に伝えるのも仕事なのだ。
「いや、召喚の儀は失敗した……」
「はぁ~、そんなことだろうと思ったよ……」
「ドジドジなの、師匠……」
反応が普通じゃない。
「で、師匠は? まさかその失敗に巻き込まれてどっかに転移しちゃったとか?」
「うっ!」
「あ、もしかしたら当たりなの」
衛兵が話す前に的確な予想で核心を突く姉妹に、衛兵の立場もなくなる。
「いやぁ~マジですか~。いつかはやるんじゃないかと思っていたけど……こんな大切な召喚の儀でやらかすとは……」
「辟易なの……」
「……」
肩を竦める姉妹を見て、仮にも大賢者の立ち位置が、この姉妹にかかればどれほどのものなのだろうか。と、首を捻る衛兵であった。
「まあ、そう言う事なのだ。ついては大賢者のお弟子様であるお二人へ教皇様直々に命が下された」
「命令?」
「そうだ、この召喚の儀に関して調査を依頼したいとのことだ。でき得れば、大賢者エンデル殿の居場所を特定し、もし可能であるなら呼び戻せないかとの仰せである」
「ええぇっ! めんどくさっ!」
あからさまに嫌な顔をするピノ。
「師匠ならそのうち帰って来るの。召喚の儀で魔力を使い果たしたとしても、三十日もあれば元通りなの」
プノも、師匠がどこかへ消えてしまったとしても、心配などしていないかのように言う。
「それはこちらでの話であろう? 異世界かどこかは分からぬが、有識者の話では魔力のない世界も存在すると聞く。その調査も兼ねての御依頼なのだ」
「ま、まあそうかもしれないね……どうするプノ?」
「仕方ないの、いくの……」
不承不承といった体で了承する姉妹。
まったく、子弟の関係などこの弟子に限っては、当てはまらないのかもしれない。そう思う衛兵だった。
「そうか来てくれるか。では外に馬車を用意してあるので、準備が整い次第出発しょう」
その後、師匠の書庫から色々な魔導書を引っ張り出し準備を整えたピノプノ姉妹は、馬車に揺られながら城を目指すのだった。
◇
朝飯を食った後、俺達は駅近くにある衣料品店の『しもむら』に寄り、エンデルの下着や普段着などを買うことにしたのだった。
「だからパンツ買いなさいって! ちびったって言ったよね?」
「ち、ちびってなんかいません! 少しです、ちょびっと!」
「いやね、それをちびったって言うの。替えのパンツないんだから、買いなさい!」
「井戸か小川があればそこで洗いますから、大丈夫です!」
「井戸なんかねーよ! 小川があったにしろ、そんなのさせられるか! 洗濯機があるからそれで洗え!」
下着を買うことより、ちびったちびらないで口論になる。
まあおれの下着じゃないからどうでもいいが、気になったまでだ。
という事で、女性物の下着や服なんて俺に選べるわけがない。後は店員さんへ頭を下げてお願いし、一式揃えてもらうことにした。
少し変なこと話す奴だけど、気にしないようにと念には念を入れて言っておいた。
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