第7話 姫様は憂鬱、大賢者は能天気
【聖教国エローム】
朝モックを楽しく食べている大賢者エンデルを知ってか知らぬか、聖教国はどんよりとした空気に包まれ、朝を迎えたのだった。
「はあ~っ……大賢者エンデル様……わたくしたちをお見捨てになられたのでしょうか……」
エル姫は自室でがっくりと項垂れていた。
とうのエンデルは、異世界で楽しくギガモックを食べているなど露ほども知らぬエル姫だった。
「……?」
すると部屋の扉が、トントンと静かに叩かれる。
「エル様、宰相閣下がお見えになっております」
「はい、通して下さい」
エル姫付きの侍女が、宰相が来たことを告げ、エルは迷わず入ってもらうように指示を出す。
侍女が扉を開き、宰相の入室を促した。
恰幅がよく、四角い顔に髭を蓄え、細い目は目が開いているのかいないのかも分からないほどに細い。
胸に手を当て恭しく腰を折る。
「おはようございます姫殿下、ご機嫌はいかがですかな? いや良い訳はないか……」
昨日の召喚の儀の失敗を気に病んでいることを配慮し、静かにそう言う。
「おはようございますハンプ様……ええ、最悪です。この先の事を考えると、眠ることもままなりません」
「それはよろしくありませんな。睡眠はしっかりとらねば、お肌に悪いのですぞ?」
「いや、そこ今関係ないでしょ?」
宰相の的外れな忠告に、突っ込むエル姫。
だがその分少し気持ちが軽くなる。
「はははっ、姫、過ぎたことをそう悩んでも仕方ありませぬ。それより今後の対応を決めなければなりません」
「ええ、分かっています……分かっているのですが……」
ハンプ宰相は、この一大事にもかかわらず悠長に笑ってそう言うが、それは自分を慮っての事だろうとエルは思った。それに対しては窘めるようなことはしない。
しかし、国の命運を左右する一大プロジェクトが失敗したショックは、エルの心を重く沈ませるのだった。
「案も思い浮かばないとのことですな」
「ええ、大賢者エンデル様がいらっしゃらない今となっては、打つ手もなくなってしまいましたし、他にこれよりも良い妙案などわたくしには、まったく思いつきません」
「そうですか……一応、妙案とまでは行きませんが、手を打って置きましたぞ」
ポンと一つ手を打ち、そんなことを言い出すハンプ宰相。
「えっ? それはどのような?」
「はい、転移の間の魔法陣はそのまま保存することを命じております。そして、大賢者エンデル様のお弟子様を、お迎えにゆかせました」
「お弟子様ですか?」
「はい、大賢者エンデル様には、お二方のお弟子様がおります。まだ年も若く大賢者様には遠く及びませぬが、その教えを受けているのです。多少なりともお力になってくれるものかと思いまして、僭越ながらそう判断させていただきました」
「そんな御方がいらしたのですね?」
「はい、猊下のお許しもいただいておりますので、早ければ今日中にでもこちらに来られるかと」
「そうですか……そうですね。何もせず臥せっていても始まりませんからね。その者達が参りましたらわたくしも、その原因究明に同席いたしましょう。もしかしましたら大賢者エンデル様を戻す方法があるやもしれませんから」
「はい、その旨手配させていただきます」
「よろしくお願いするわ」
「はいお任せをば。ではお弟子様がお見えになりましたらまたお連れいたします」
そう言ってハンプ宰相は部屋を出て行く。
エル姫は、ソファーから立ち上がり窓辺に向かい、そして外を眺める。
窓の外には、この聖教国の首都の街並みが広がっていた。
「この平和もいつまで続くのでしょうか……」
未だ戦火に巻き込まれていない街の人々は、平穏な日常を送っていた。
◇
「よし、食ったな? まだ食いたいなんて言うなよ?」
「はい、もう満足です」
ソーセージエッグマフィン一個、メガモック一個、てりやき一個、エビフィレ一個、チキンナゲット一箱、ポテトL一つ、コーラL二つ。 朝からこれだけ食べて満足しない奴がいるだろうか。
見ているこちらが、胸が苦しくなってくる。
「しかし、こんなおいしいものを毎日食べられるなんて、アキオさん! この世界は最高ですね?」
「いや、ジャンクフードを毎日食べるのは体に悪いんだぞ? たまに食べるから美味しんだ。そもそも毎日食ったら飽きる」
「な、なんと、この食事がゴミ屑食べ物なのですか!?」
「お、おい! なんか変な翻訳になってる! 大声で叫ぶな!」
「⁇」
可愛く首を傾げるエンデル。
店員さんの視線が一斉にこちらに向けられる。ジャンクフードなら耳慣れているけど、ゴミ屑食べ物とか言うなよな。あ~ぁ、プライスレスの笑顔すらなくなったよ。
確かに、ガラクタとかクズとかの意味合いはあるけど、ダイレクトにゴミ屑なんて言われた日には、店員さんの矜持だって逆撫でするよね。
まあ本人は悪気があって言っている訳じゃないのだろうけど、翻訳がストレートすぎる。
「よしもういいな、出よう」
「……は、はい~」
店員さんの視線にいたたまれなくなった俺は、エンデルの手を引いてそそくさとモックを後にするのだった。
時計を見ると10時を過ぎていた。
「うん、帰るか……あ、そうだ。そう言えば……なあ、服でも買うか?」
「衣類ですか? 買って下さるのですか?」
「あ、おお、まあ、あの格好でうろうろされるのもあれだしな。それにまだ詳しく話も聞いてない」
あの魔女の恰好は出来ればやめてもらいたい。ただでさえ蒼い髪と瞳で目立つのだ。それに輪をかけてあの格好は目立ち過ぎるからね。髪の毛なら最近ならピンクとか緑とか色々あるので、若気の至りで済む。瞳もカラコンがあるので問題はない。何とでも誤魔化せるからね。
「ときに君は帰る家がないと言いながら、それならどうしようと考えているんだ?」
「はい! まったく何にも考えていません!」
「自信を持って言うな、自信をもって! 少しは考えろ!」
「それではアキオさん! 私を養ってください!」
「元気よくしれっとプロポーズすな! てか、なんでそこに帰結する? 昨日会ったばっかだから」
「だって、だって私はこの世界でアキオさんしか知りません。食べ物を恵んでくれるので優しいと思います」
こ、これはヤバい、食べ物くれる人皆良い人、人類皆兄弟みたいな思想の持ち主か? これは益々野放しにできないじゃないか。悪いおじさんに連れ去られないとも限らないし、間違いなく警察のご厄介になるぞ。
「食べ物恵んでくれると誰でも優しいようなこと言うな! ていうか、昨日は勝手に俺の弁当食ってただろうに、無許可で……」
「仕方がありません、お腹が空いているのに、目の前に餌を置かれたら、ゴブリンだって我慢できずに手を出してしまいますよ? まあ過ぎたことは仕方ないのです。小さいことをうじうじ言うのは男らしくないのですよ?」
「なんだよその理屈! お前はゴブリンか?」
「あははは、いやですね~アキオさん。私は人間ですよ。みれば分かるじゃないですか。あははははっ!」
「いやね、ゴブリンを見たことがないんですが……」
ゴブリンという架空の生き物は、物語やゲームの中に出て来るが、決まって醜悪な容姿で描かれている。
「なんと、この世界にはゴブリンはいないのですか?」
「そんなものはいない」
「あっ! いるじゃないですか、ゴブリン!!」
エンデルが大声で叫びながら、バッ! とある人に向け指をさす。
「うぉい! やめろやめろ! あれは人間だ! ゴブリンなんかじゃないぞ!!」
「へっ?」
なんて失礼な奴だ。確かに顔はあれだし服装も緑だが……ゴブリンはあんな顔をしているのか?
「あっ! あっちにはオークがいますっ!!」
「わわわわっ! だからやめろって、指を差すなっ!!」
オークと言いながら指を差した先には、デブのおばちゃんがいた。おい! それはあんまりだろう……確かにブタみたいな顔もしているけどさ……。
おそらく俺はオークとかいう単語を知っているからそう翻訳されるのだろうけど、知らない人には、『ブタ野郎』とか『ブタの化け物』とか翻訳されるのかもしれない。迂闊に変なことは言わせられないぞ。
エンデルの声が聞こえたのか、ゴブリンとオークがギロリとこちらを睨んで来た。
「さ、さぁ行くぞ!」
「うぐっ……」
俺はエンデルの口を押えながら足早にその場を後にするのだった。
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