第6話 外食も大変だよ

 外出するのに、こんなに苦労したことは初めてだ。


 トイレを済ませたエンデルと俺は、とりあえず朝飯を食いに街へと繰り出すことに決め、アパートを出ることにした。


「まったくトイレを教えるだけでこれだけ疲れるとは……異世界人半端ないな……」

「そうでしょうか?」


 玄関先でまだ不思議そうにしているエンデル。そうとう半端ない。

 ウォシュレットが分からないのはまだいいとしよう。まあ初めて使った時には俺だって驚いたのだ。こんな便利なものがあるのかと、この世界の便器会社にお礼を述べたものだ。それが異世界人では尚更だろう。野グソや排泄壺で用を足すような世界なのだから、驚きは天井知らずなはずだ。

 ホント疲れるよ……。


「ん、その杖は置いていきなよ」


 玄関先に立てかけてあった杖を持とうとするので、俺は置いていくように言う。


「こ、これは私の心の拠り所、これが無ければ不安でしょうがないのです」

「いや、そんな魔法を使うような危険はないから置いていきなさい」

「ううっ……」


 ショボンとした顔で渋々靴箱のわきに杖を置く。

 そんなの持ち歩いているのお年寄りぐらいだよ? ていうか、魔女杖みたいな装飾しているから、ほんとやめて欲しいのだが……。

 魔法を使うどころか、だれかれ構わず昨日の俺みたいに小突き回られても困るしね。


 という事で街に繰り出す俺とエンデル。





まだ時刻は午前9時を少し回った所である。食堂のような所はまだ開いていない。それなので、ファーストフードの定番、朝モックにすることにしよう。


 昨晩彼女がこの世界にやって来たのは、俺と出会った数時間ほど前だという話だ。その時は夜中で暗いし、人通りも少なく、車の通りも少なかっただろうし、この世界の様子はあまり良く分からなかったのだろう。

 それよりも異世界とやらから突然見知らぬ世界に来たのだろうから、心細かったに違いない。いや、それはないか?

 日も昇り、午前中の明るい街を目にし、そこに行き交う人と車を見て腰を抜かすほど驚くエンデル。


「なな、ななな、なんなのですかこの世界は……」


 きょろきょろと物珍しそうに辺りを見回し、ブルブルと震え出す。


「あ、アキオさん! あ、あの金属のような図体で、丸い足の魔物が人間をたくさん体内に取り込んでいます! たたた、退治しなくてよろしいのですか!?」

「あ、ああ、あれはバスだよ」

「ば、す……」


 どうやら翻訳も追いつかないようである。


「うーん、馬車ならわかるか?」

「も、もちろんです。馬鹿にしないでください、馬車ぐらい乗ったことがありますよ! でもあれは馬が曳いていないのです。どう見ても馬車じゃありません!」

「まあ便宜上馬車といっただけだよ。乗合馬車かな? 馬が曳くのではなく、エンジンで動くんだよ」

「馬ではなく他の動力ですか? 動物の力ですか? それとも魔導?」


 エンジンは動力と翻訳されるのか?


「うーん、どちらかといえば、機械とか科学なんだけど」

「キカイ? 機工と同じようなものですかね?」

「機械、科学自体が存在しないのか? なら魔導に近いとだけ認識してくれればいい。今は説明めんどくさい。腹減ったから早く行こう」


 コンビニでも良かったのだが、少し歩けばモクドナルドがある、ハンバーガーでも食べることにしよう。


 その後、見るモノ全て物珍しいのか、質問攻撃を受けながらモックへ到着するのだった。



 自動ドアの前で勝手に開くドアを見て、数歩後退し驚くエンデル。


「わっ! 見えない門兵がいるのですか?」

「そんなのいないし」


 店内に入って元気な店員の挨拶に腰を引くエンデル。


「は、はい! いらっしゃいました!」

「返さなくていいし」


 カウンターまで行ってまたびくつくエンデル。


「ま、待ってなどはいないです。それに貴方に注文など付ける余地がないです!」

「いや、社交辞令だし、品物が決まったかどうかだから」


 品物を受け取り憤慨するエンデル。


「な、なんと! 貴方は紙くずを私達に食べろというのですか!?」

「いや、パッケージだから、その中身が食べ物ね」


 そして席につく。

 マジ疲れる……。


 店員さんには、『可愛らしい彼女さんですね?』と揶揄されるはで、俺の精神がもたない。

 それでも、ハンバーガーを頬張る彼女は、昨晩にも増して食欲旺盛だった。


「ん、ん~ん!! ほ、ほへは……ほひひいへふ!! もぎゅもぎゅ……」

「はいはい、口の中のモノ飲み込んでから喋ろうね。そう教えられていないのかな? ていうか、近い近い! なんでそんなに顔近づけて来るの?」

「ひふれひへすね! ほふじほままーははんふぇきへすひょ~!!」

「わっ、汚い汚い! 飛んでる飛んでる、飛んでるって!! だから近いって! 顔近づけるな!」


身を乗り出し顔を近づけ、口からモノを飛ばしながら何かを言い募るエンデル。

 きっと『失礼ですね! 食事のマナーは完璧ですよ~‼』と、そう言っているのだろう。だがそれは嘘だ! 断じてこいつは完璧なマナーなど備えていない。そんな完璧な奴が口から食べ物を飛ばすわけがないのだ。態々顔を近づけて食いカスを飛ばさなくてもいいだろうに……ああ~、ばっちい……。

 しかしなんで顔を近づけて来るんだろう……。

 そしてコーラをストローで飲んでまた盛大に吹き出す。


「ぶふぅつっ!!」

「わっ! 汚ねえっ!! なに吹き出してんの!?」

「ゲホゲホッ!! な、なな、なんですかこの飲み物はぁ!? こんな毒のような色合いといい、激しい泡が出る飲み物をこの世界の人は好んで飲むのですか!? 口の中がビリビリするのです!」

「って、毒じゃねーよ! 清涼飲料だし」

「な、なんと、そう言われれば、この喉越しは爽快感がありますね……ごくごく、うん、美味しいし……ゲフッ」


 まあ、少しは中毒性はあるらしいから、あながち毒で間違いないのかもしれないが、この世界のソウルドリンクを毒扱いするな!!

 もう、俺の顔がコーラ塗れになったじゃないか。

 ちょっとちょっと~、ほんと勘弁してください……ベトベトだよ……。

 そんな彼女の動向をつぶさに観察していたのか、店員さんが笑顔、というより、爆笑を隠せずに『大丈夫ですか? ぷぷぷっ!』と笑いながら布巾を持ってきてくれた。ペーパーナプキンなら赤字になりそうだからね……。

プライスレスの笑顔が大爆笑かよ……と、少しげんなりする俺だった。


 俺が布巾で顔やシャツにかかったコーラを拭いていると、目の前に座っていたエンデルの姿が忽然と消えていた。

 異世界に帰ったか? それならそれで一安心だ。

 そう思ったのも束の間、


「アキオさん! 今度あれ食べたい!!」


 接客カウンターの近くで飛び跳ねながら大声で叫ぶ、蒼い髪の奴がいた。

 そいつは、期間限定ギガモックを指差しながら、瞳を爛々と輝かせている。


「まだ食うのかよっ!!」

「はいっ!!」


 満面の笑顔でおねだりしてくるエンデル。やはりこいつの神経はかなり太い……ついでに胃袋も……。




 俺は諦めて追加注文しにゆくのだった。店員さんのプライスレスな笑顔がものすごく痛かった。逆にお金を取りたいぐらいに……。

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