第9話 買い物しました
俺、こと要亜紀雄(かなめあきお)26歳、職業IT関連のエンジニアと言ったところだ。
まあ、他のIT企業なら結構な優遇を受けるところもあるのだが、うちの会社はそんな優遇のゆの字もない会社である。
世間でいう所のブラック企業。まあセミブラックみたいな感じかな。
最近は彼女もおらず、趣味も失くしてしまった。仕事漬けのただの社畜である。
故に、飯を食うぐらいしかお金は使わないので、少ない給料とはいえそれなりの貯えはある。女性に服の一枚や二枚買っても、然程痛くないぐらいは。(巨大量販店の衣服ならね)
異世界から来たエンデルという自称大賢者。
マジで異世界なんてあるの? 今の所、彼女が家出娘なのか、極度の妄想癖の持ち主なのかは、まだはっきりしない。しかしなんとなくだが異世界の存在を信じ始める俺もいることは、間違いないのである。
という事で、ファッションセンターしもむらで、店員さんにエンデルのコーデをお願いし、ひと揃え買うことにする。
「おお、なかなか似合ってるじゃん」
試着室からおどおどと出て来るエンデル。
さすが店員さんである。それなりの服を見繕ってくれた。
「……良いのですか? こんな高級そうな衣服を。それに肌着まで」
「高級じゃないから気にするな。あと、ついでに部屋着も買って置くか、サンダルとスニーカーも」
また食事で外出しないとも限らないし、話し如何によっては2,3日俺の部屋に置いておく可能性もある。できれば日曜までには、その異世界とやらに戻って欲しいものだが。
店員さんに下着も色違いでも何でもいいから数点と、部屋着とサンダル、スニーカー、等々を頼み会計をした。
それでも2万円そこそこだったから安い方なのかな?
「こ、こんなに買っていただけるのですか?」
「気にするな、乗り掛かった舟だ。って、近い近い! なんでそんなに近付くの?」
エンデルは何故か俺の顔へ、ずずいと顔を近づけてくる。
店員さんに、『彼女さん可愛いし、仲がおよろしいのですね。うふふ』と、なにか勘違いされてしまうし。
という訳で服も買ったので戻る事にする。
ここでちょっと気になったのでエンデルの目をまじまじと見つめる。
「もしかしてエンデル、君は目が悪いのか?」
何かと俺を見るのに近すぎるぐらいに近付いてくるので訊いてみた。
「め、目付きが悪いですか? そんなに睨んでいましたか?」
「あいや、そうじゃなくて、視力が悪いのか、と聞いているのだが……」
「目力ですか? 目にそんな悪い力など無いです。ものが見えるだけです」
「……」
どうやら、視力的なものは向こうではないのかな? 視力が目力? 言い得て妙だな。
「どれ、もう一軒寄ってみようか」
「はぃ?」
俺は近くにある眼鏡屋さんに立ち寄ることにした。
店員さんにお願いして、視力検査をしてもらう。
「視力検査を受けなさい」
「目力検査ですか? 魔力検査みたいなものですかね?」
「まあそんな所だ」
そんな所なのか? いい加減だな俺も……。
最近の視力検査は非常に優秀だ、機械が勝手におおよその視力を測定してくれる。
測定の結果、
「右0.05、左0.07です。今までよく不自由なく生活できましたね」
「……」
そんな店員さんの言葉に呆然とする。
なるほど、それじゃあ顔もまともに見られないから、近付く必要性があったのか……。
店員さんがレンズを組み合わせて、彼女用の視力矯正レンズを作り上げた。
それをかけて、
「アキオさん! 世界が、世界が明るく良く見えます!!」
「ああ、そりゃよかったな」
「こ、これが目が悪かったという事なのですね!!」
やっぱり、視力に関して向こうでは矯正するものがないような感じだな。現代人では相当不便そうな世界だ。行きたくねぇなそんな所……。
「まあ、アキオさん! 意外といい男ではないですか」
「はいはい、意外ね」
まあ自分で二枚目など思ったこともない。十人並みの顔だからどう言われようが、全く興味もないのだ。
眼鏡を作ると一週間かかるという話で、とりあえずいつエンデルがいなくなるのか分からないので、いまあるレンズで一番近いようなレンズを嵌められないのかと聞いたら、意外とあった。
フレームを決めて早速加工してもらいそれをエンデルにプレゼントする。
「いいのですか? こんな高級魔道具にも匹敵するような物を……」
「たいしたことじゃない。また食い物かすやコーラを至近距離から吹き掛けられるよりましだ」
「あ、ありがとうございます! 一生涯大切にします!!」
「いや、一生は持つかな?」
赤いハーフリムのメガネをかけるエンデルは、とても嬉しそうだった。それに少し可愛いし……。
眼鏡属性持ちには、ズキュンと来るよ!
ということでメガネの代金も支払い店を出る。
エンデルはメガネをかけて見える世界がものすごくクリアになったことが嬉しいようで、きょろきょろと首を振り、感嘆の声を上げていた。
スキップしながら俺の後ろを歩くエンデル。
「あ、そうそう、メガネの掛はじめは足元に気を──」
「──きゃっ!!」
俺は振り向いて、メガネの掛はじめは足元に気を付けろ、というか言わないかの内に、少しの段差に躓き転びそうになる。
「お、おい!」
はしっ、と、エンデルを抱きとめる。
華奢な身体なので簡単に受け止めることができた。エンデルは俺の胸の付近に顔を埋めている。細いけど柔らかい。けど、どこか儚げなまでの可愛さがある。
「あたたたっ……ご、ごめんなさい~」
そう言いながら顔を上げるエンデル。買ったばかりのメガネが少しずれ、至近距離で目と目が合った。
──ドキン、と、なぜか心臓が高鳴る。
コーラを吹き掛けられた時にはなかった心理変化。
「も、もう、だから気を付けろと……」
「えへへ、ごめんなさいアキオさん」
「……」
「どうしたのですか? 顔が赤いですよ?」
なんかドギマギしてしまう。
「な、なんでもない。ほら、ちゃんと立て。足元には気を付けろよ!」
「は、はぃ……」
エンデルを立たせ、つっけんどんにそういう俺。
エンデルは少しショボンとして返事をする。
そして気を取り直して歩き出そうとすると、
「では、転ばないように手を繋いでください」
そう言って俺の手を取るエンデル。
「うわ……ま、まあ仕方ねーな……」
そして安アパートへと仲良く手を繋いで戻るのだった。
本意でも不本意でも、何の因果かエンデルと出会ってしまった俺。
面倒な子だと思っていたけど、食事も買い物も凄く楽しかった。今まで鬱屈とした社畜生活にはなかった新鮮味がそこにはあった。
「帰ったら詳しく聞かせろよ、君が来た理由を」
「はい!」
なんか少し楽しい。
そんな気持ちが芽生える俺だった。
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