第4話 嬉し恥ずかし自己紹介
俺、こと
「うむ、じゃあそこに座りなさい。詳しく話を聞こうじゃないか」
俺はベッドの脇に正座し、目の前の座布団を差しそう言う。
「はい!」
彼女は溌剌と返事をし、快活に座る。
「って! ち、近い、近い、近い‼」
彼女はベッドから降りそのまま座布団には座らずに、俺の膝に彼女の膝が触れるような位置に正座し、顔を近づけてきた。ふわっ、と良い香りが鼻をつき、少しどぎまぎしたが、それは忘れることにする。
「そ、そこの座布団に座りなさい‼」
「あ、はい、すいません。この四角いペラペラなクッションにですね?」
「あ、いや、その前にあれだ、服を着なさい、服を! 恥ずかしくないのかよ‼」
昨日脱がせたままのインナー姿で、あられもない格好なのだ。目のやり場に困る。
「あ、そうですか? せっかく脱がせてくれたのに、この方が楽でいいのですが……」
「そうか、それなら俺もその方が目の保養にも……じゃなくて! 服を着なさいよ‼」
羞恥心というものがないのか君は! まったく、見ているこっちの方が恥ずかしくなるよ! あけすけな性格なのか?
「ええ~っ、このローブごわごわしていて儀式のとき以外、あまり着たくないのですよねぇ~」
「なんだよ、その理屈! 半裸状態で言うセリフか? 目の前には年頃の狼君がいるんだぞ?」
「あはははっ、どう見ても人種じゃないですか、狼の獣人には見えないのです、あははははっ!」
あのね、なんで本気で笑うの? 誰も狼の獣人のこと話してないんですけど……。
「ったく、仕方ないな~」
俺は押し入れのタンスの中からスウェットの上下を取り出し、自称大賢者様に渡す。
「ほら、これを着ろ。少し大きいかもしれないが我慢するんだぞ」
「おおおっ! 良いのですか?」
スウェットを手にした自称大賢者様は、その触り心地に驚き、頬摺りしている。
「こんな柔らかな素材……これは、さぞ名のある裁縫師の作でわ!!」
「はいはい、ウニクロですが……というより早く着ろっ!!」
機械縫製だと思うのだが、手が入っているとすれば某国の工場の、名のある雑多な出稼ぎ従業員に感謝だな。
ごそごそと俺の目の前で足を上げズボンを穿き、少ししかない胸を張って上着を着る……。
「うん、眼福、眼福……じゃなくてさ、少しは恥ずかしがれって! 野郎の目の前でする事か?」
「へっ? 服を着るのが恥ずかしいのですか? 脱ぐ方が恥ずかしいのですよ?」
「あいや、そうじゃなくてさ……ていうか、下着姿でも恥ずかしげもなくしてたじゃねーか! なんなのその理屈……」
「何ですか、にやけたり、怒ったり、落ち込んだりと忙しい方ですね? あ、そうか、肌着も脱いでいた方が良かったんですね。それならそうといってください。一宿一飯のお礼ですのでそのくらい御見せ致しますよ?」
そう言ってまたスウェットを下げズロースのお尻を向けて来る。
「マジか⁉ じゃねぇ~っ‼ ていうかまた脱ごうとするな! いいからそのまま着ていろ~っ!」
「もう、面倒臭い御方ですね……」
「お~お前に言われたくねーよ‼」
はぁはぁ、まったく疲れる奴だ……。
という訳で、だぼだぼなスウェットを着たエンデル・スカ・ゴーデンバーグと名乗る自称大賢者様──なにげに可愛いじゃねえか……は、おとなしく座布団の上に座るのだった。
「私はエンデル・スカ・ゴーデンバーグ。聖教国エロームの最年少大魔導師にして大賢者。勇者召喚の儀の最中、魔力の逆流が発生し、不可抗力でこの地に転移してしまった。何とも情けない大賢者であります。トホホホ……」
「……」
うむ、昨晩同様設定が全くブレないな。というよりも、きっと大真面目なのだろう。
先ほど感じた違和感は、言葉の壁である。
どうもこのエンデル・スカ・ゴーデンバーグと名乗る自称大賢者様の……ああ、長いからエンデルでいいな、エンデルの発する言葉は、よくよく聞くと、どこか知らない国の言葉らしい。だが、その言葉は、聞くとこちらの言葉で理解できるといった不思議な面を持っているのだ。こちらの言葉で警察と言えば、向こうには警察のようなものがないのか、衛兵と判断され、衛兵という言葉もあるこちら側にはそのまま衛兵と伝わってくるのだ。
要は勝手に翻訳されてくる。
「で、なんで君の言葉を俺が理解できるんだ? どこの言葉なんだその言葉は?」
「はい、この言葉ですか? この言葉は私の故郷の言葉で、ミホン語といいます。向こうの世界でもメイ語という共通語はありますが、基本多言語の世界です。私達は、言葉に魔力を乗せることにより、その言語の壁を無くしているのです」
「魔力ねえ……ていうか、俺の言葉にも魔力が? 俺の言葉通じているんだよね?」
ミホン語とは、また見本みたいな言語か? ニホン語と似ているからって同じではないみたいだな。共通語のメイ語は迷語か? 英語みたいな感じかな?
「はい、この世界には魔力が微量しか存在しないようですが、言葉には微々たる魔力、いえ、生命力といった方がよろしいでしょうか。が、備わっておりますので理解できるのです」
「なるほど……
「そうですそれ、
「ああ、言霊」
「はい、言葉命」
……魂とか霊いう言葉の概念がないのか? 命と翻訳されるみたいだ。
「ちなみに魔力を乗せないとこうなります『ぱーか、おむーな』どうです分かりますか?」
「ほうほう、全然分からんけど、なんかそこはかとなく馬鹿にされている感がひしひしと伝わるんだが……」
「はいっ! 貴方は優秀な方ですね、その通り『貴方はバカ?』と言いました」
「うるせえよ! もっと他に言葉ないのかよ‼ なんで態々そんな言葉を選択する⁇ 馬鹿にしてんの⁉」
「あははははっ、楽しい御方ですね、見ていて飽きません。あははははっ!」
「うるせえ‼」
「時に、私のことを少しは理解して頂けたようですが、貴方のお名前をお伺いしてもよろしいですかね?」
遅まきながら自己紹介もしていなかったことを、言われて思い出した。
「あ、そうだったな、自己紹介もまだだったな。俺は要、
「はいカナメ様でよろしいですか? それともアキオ様で?」
「うーん、アキオでいいよ。様もいらない。そんなに偉くもないからな」
「はい、では、貧民アキオさんでよろしいですね?」
「なんだよ貧民って!」
「だって偉くないと仰いました」
「あいや、偉くはないけど、一般市民とかなんとかあるだろ?」
「ああそうですね、それでは
「いや、なんかすげー馬鹿にされているような気もする。名前だけでいいよ他はつけなくていい」
たぶん、普通に一般市民と思しきことを言っているのだろうが、翻訳があれだな……。
「分かりました。ではアキオさん♡ で」
「う、あ、まあいいか……」
「どうしたのですか? 顔が赤いですよ?」
学生時代に彼女はいたが、ここ最近仕事にかまけて彼女も作れなかった俺。
奇妙な出会いだが、目の前のエンデルは、綺麗な蒼髪、マリンブルーのように透き通った瞳。ちょっと抜けていそうだが、改めて真剣に見ると物凄く可愛いじゃないか。
そんな娘に、『亜紀雄さん♡』なんて呼ばれた日には、どこか勘違いしてしまうよね。
「な、なんでもねえーよ……」
「そうですか……では、アキオさん。お願いがあるのです」
「ん? な、なんだ?」
「はい、アキオさん。私お腹すきました。何か食べ物を所望致します♡」
「……」
にこっ、と微笑んで腹が減ったという、エンデル・スカ・ゴーデンバーグと名乗る自称大賢者様。そう言えば起きてからなにも食っていなかったよな。
というか夜中にあんなに食ったのに、もう腹減ったのか?
この娘はかなり神経が太いようである。侮れないな……。
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