第3話 見ちゃった

 謎の魔法使いが俺の部屋にやって来た。


 そんな夢物語など、この現実世界にはない。絶対にないのだ。


「はあ~お腹いっぱいになったら眠くなってきました。ここで寝てもいいですか?」


 コンビニ弁当とカップ麺を平らげたエンデルという不思議コスプレ少女は、目を擦り擦りそう言う。


「……おい、本当に君は何者なんだ? 自分の家に帰って寝ろよ!」

「自分のお家ですか? そんなものはここにはないのです……ふわぁ~っ……」

「はあ? 何言ってるの?」


 これはまた厄介な。とんだ家出娘か? それも設定か?

 まだ詳しく話は聞いていないが、訳の分からない名前とか国の名前とか言いやがり、家まで無いと言い出す始末。おまけに自称大賢者と、とんでもない妄想癖の持ち主だ。

 人の夜食の弁当まで平らげるしで、とにかくとんでもない奴である。

 早い所帰ってもらおう。


「というか、ちゃんと説明しろ! その為にここに来たんだろ……って、」

「Zzzzz……すぴぴぴぴ~っ……」

「も、もう寝てやがる……」


 テーブルに顎を乗せ、器用な寝方をしている。


「ったく……マジでなんなの? おい、こんな所で寝るな!」


 揺り動かしそう言うが、全く起きようとしない……相当疲れているようだ。

 ここに寝かせておくわけにもいかず、俺のベッドに運ぶことにする。ていうか俺も疲れているのよ。なんでこの自称コスプレ大賢者にベッドを譲らなければならないのだ……。

 まあ、女の子だから仕方がない。まずどうやって運ぼうかと思案したが、このような状況で考えられる運び方は一つしかない。


「まさか、生まれて初めてのお姫様抱っこが、こんな胡散臭い魔法使いだとは……」


 誰も想像などできないだろう。

 意外と華奢な体付きで、簡単に持ち上がった。すぴすぴとたてる寝息は、とても気持ち良さそうで、その寝顔は、クスリと笑いたくなるようなほどに無防備である。

 年頃の女の子がこんな無防備でいいのか? と、内心思わないでもないが、この子の行動を見る限りではなんとなく納得するしかなかった。


 ベッドに横たえ、帽子を取る。

 美しいサラサラとした蒼髪が枕に落ちる。マジ綺麗な髪の毛だ、ほんとにカツラなのか? そう思うが、見ただけでは分からない。

 ローブの上にマントのようなものも羽織っているので、それも外しておく。寝るには邪魔そうだからね。ついでにローブも少しごわごわしているので脱がせることにする。

 って、変なこと考えている訳じゃないぞ! 少し薄汚れているようだし、布団が汚れると思ったからだよ!


「ゴクリ……」


 生唾を飲み込み、恐る恐るボタンに手を掛ける。

 ファスナーじゃないのがまた時代を感じさせる造りである。ぺろん、ローブをめくると、ベージュのインナーとパンツが……。


「ん? なんだこの素材は……麻? 漂白してない木綿?」


 まるで昔の人の下着のような。現代ではもう見られなくなったような、そんな生地の肌着に目を瞠る。けしてスケベ心じゃないからね! 

ブラジャー? さらしを巻いたようなただの布切れ。パンツ、パンティとは程遠いい、かぼちゃみたいなもの。ドロワーズ? ズロース? そんな感じのパントゥー‼ マジで気合入っている、見た目だけじゃなくインナーまでなり切るなんて、そうとう根性入れたコスプレだ!!

 ま、まあ、胸はそんなに、というか、残念な感じなので同情してしまうけど……。


 おっと、あんまり見るのもあれなので、さっと布団をかけてあげる。

 エンデルという少女はそのまま気持ち良さそうに深い眠りに入ってゆくのだった……。


「俺も寝よっと……」


 押し入れから座布団3枚と予備の枕と毛布を引っ張り出し、床で寝ることにした。


「くそう、明日仕事どうしようかな?」


 明日も仕事である。しかしもう数時間しか寝る時間がない。この胡散臭い魔法少女を部屋に置いたまま会社に行くわけにもいかないし……。


「仕方ない、一日休むか……」


 一日休めば土日である。この子を無事帰らせればいいだけだしね、そうしよう。

 たまには休んでも罰は当たらないだろう。いつもサービス残業をしているのだ。それくらいは……と考えている内に睡魔に侵食される俺だった。




 翌朝、スマホの目覚ましで起こされる。


「はぅっ、もう朝か」


 少ししか寝たような気がしない。まあ少しなんだけど。

 一応会社に連絡を入れなきゃな。休むとなればそれなりに小言が始まる。給料泥棒だの能無しだのという割には、しっかり給料から引く癖に、残業代は全く取り合わないブラック中小企業。その内監督署に匿名で垂れ込んでやる。

 という訳で、課長が出社してきているだろう時間に電話をする。


「あ、もしもし、要です。今日ちょっと休ませてください、ええ、ええ、いえ、特に体調が悪くはないですよ……なら来い? って、いやそうじゃなくてですね、昨日の帰り不審人物に襲われましてね、警察に出頭させなきゃなんですよ……あいや、嘘じゃないですって、マジですってマジ。後で写メ送りますよ、マジ不審人物ですから……はい、はい。──えっ! って、残業だけしに来いって何ですか! ただ働きじゃないっすか! いえ、何時に終わるか分かりませんので……はい、失礼しま~す」


 メッチャ最悪な会社だな……ついでに監督署にもマジで行って来ようか。


 通話を終えスマホをテーブルに乗せ、ベッドを見ると、


「ぐすん……」


 と、少女が布団を体に巻き付けながら涙目で俺を睨んでいる。


「お、おはよう……よく眠れたか?」


 こ、これはあれだ。寝ている隙に下着姿に剥かれている状況に、『もうお嫁に行けないわ!』ってパターンか?


「ぐすん……衛兵に突き出すって何ですか? 私はあなたを襲った犯罪者なんですか? そんなに怪しいですか?」

「えっ、そっち……?」


 どうやら半裸を見られたとかじゃないみたいだ。

 あれ、でもなんか言葉のニュアンスが違うような……警察に出頭させる、が、衛兵に引き渡す、と言っているし。衛兵? この日本に衛兵なんて今いるのか? 妄想もここまでパーフェクトなら突っ込む気もしなくなるな……。


「あいや、それは会社を休む便宜上の言葉でだな……」

「ぐすん……それになんですかその魔道具は、国家内偵用の通話魔道具ですか……」

「は? なにその一部の人が喜びそうな道具。スマホだぜ、君だって持ってるだろ?」


 今時スマホを持ってない若者は、世捨て人しかいない。


「そんな高級な魔道具など持ってないです……」

「ええ~っ……」


 いた、世捨て人!

 そう言えば、昨日は疲れていて気が付かなかったのか。今彼女と会話していると、意味は分かるのだが、言葉が違うような気がするし、ニュアンスもところどころ違うように聞こえてくるような感じがする。

 警察が衛兵、スマホが通話魔道具みたいに。

 あれ? 俺の頭がおかしくなってきたのか?



 どこか妙な違和感を覚えた俺は、その後真剣に話を聞こうと思うことにしたのだった。

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