第9話
暗い部屋にいる事だけは分かるが、生憎頭はぼーっとして判断が鈍る。
だからここにいる理由と状況がわからない。
死なないでと声が聞こえた。
男の声で、僕より大人みたいだ。
最後の力を振り絞り首を動かすと鈍器を持つ彼が必死に叫んでいるところが見えた。
どうやら彼が死なないでと言っていることは間違いないだろう。
何があったんだろう。
事故?地震?落雷?
…泣き声?
小さな女の子の泣き声が聞こえる。
すすり泣きでも、大泣きでもない。
力尽きる様な小さく、途切れ途切れな声。
そして痛いよ、帰りたいよと震える声とそれに応えるようにうなずく鈍器をもつ男。
通常の状況ではないことは痛いほどわかった。
痛いからかもしれない。
「大丈夫?傷も直すからね。まだ死んじゃ駄目だよ。今からなんだって。」
「綺麗にするからね。大丈夫。ちゃんとするから。だから怖がらないで。泣かないで。直人が起きちゃうでしょ。」
「ね、ほら、飴玉だってあるんだよ。食べていいよ…。」
「泣き止まないなぁ」
「…」
「駄目か。」
どん。と鈍い音が鳴った。
風の匂いと草の踊りあう音が聞こえた。
「え、五十嵐紅だよね?ね、最近どうなの?元気してた?」
「まぁ、それなりに。」
気が付けばいつもの河川敷の階段に居た。
目の前でギャルギャルしい女と紅君が楽しく話している。胸の内がざわざわしてたまらない。
この光景に我慢できそうにないし、バレない様に帰ってしまおうとのそりと動き出したとき
「そこ。いんじゃん。」
ギャル女が腕を組んだ右腕の指を僕の方に向ける。その瞬間紅君はさっきの柔らかい目とは違い、獲物を見るような目に変わった。
「ば…バレちゃった。」
僕はその目に少し怯えながらも、両手を挙げ、いつもの様にヘラりと笑った。
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