第8話
それより菅野さん。
俺は話を無理矢理途切らせると、菅野さんを睨んだ
「なんで最近会ってくれなかったんですか」
彼は下をむいて混凝土でできた階段をなぞったり、蟻を潰したりしている。
毎日灼熱の光が当たっていながら黒くなることを知らない白い手は、波が自然に立つ様に違和感一つなく動いていき、やがて俺の目の前に指をさした。
「蟻って中まで黒いよね。」
すり潰した蟻が手に黒くついて指紋の溝に埋まっている。彼は気持ち悪がらず静かに指を向ける。俺が反応に困っているのをすこし面白がると、「はは」と空気の抜けた声で笑った。
空はまだ起きたばかりだ。
「ちょっと出禁くらってただけだよ。ごめんね」
「そうですか」
取り敢えず久々に顔を合わせれたのだしこれ以上の追求はやめておこう。ここで執拗に聞いてしまうと場が濁って遠のくのが見えてしまったから。
「蟻、もう殺さないで下さいよ。可哀想」
「毎日何匹踏み潰してるか分からないくせに、良く言うよ。」
あれ。
「会わないうちに根性曲がりました?元々とはいえ屁理屈にもなりましたよね?」
「…そうかも」
珍しく彼も同意した。
てっきり「ソンナコトナイヨ」と否定されると思っていたものだから、それに対抗させられるような文を組み立ててしまうところだった。
「ねぇ天川君。」
「そんな呼び方してましたっけ」
「紅君」
「何ですか」
チラリとこっちに動いたその顔は目が虚ろだった。少し寂しそうな顔のような気もしたが彼は直ぐに「なんでもない」と伏せた。
何かあったと七分袖の捲れた隙間から見えた傷が言った気がした。
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