魔狼咆哮 1
戦闘が開始された。
それは、明らかに共和国軍による奇襲という形であった。
誰が予想しただろうか。
三機のマルスを第三機甲中隊にぶつけ、捨て駒とし、満を持して本隊が襲い掛かってくるなど。
VSVは、決して安価な兵器ではない。
だからこそ、一度は敵を撃破した第三機甲中隊は安心しきり、新型機ライガーⅡは整備状態にあったのである。
「まずいぞ。まずいぞ、これは……」
ロディは戦場となった、第三中隊のキャンプを駆け巡る。
戦闘状況を記録するためだ。
彼はたかが、一台の戦闘用バイクに過ぎない。
敵は四機の重可変戦闘車両と、新型一機。
彼らの情報は、どれだけの価値を持つことか。
「くそっ、くそっ、くそっ……!」
敵機の索敵範囲から逃れるように移動を続けつつ、戦場を捉える。
今、キャンプからはおっとり刀で起動したライガーⅠが立ち上がるところだった。
この中隊には、ライガーⅠが二機、配備されているのだ。
彼らはヴィークルモードで駆けつけると、砲撃を開始した。
対する共和国軍のマルスも、応戦を行う。
戦車砲と機銃が飛び交い、キャンプの施設が破壊されていく。
ロディのバイクもまた、狙われる対象だった。
弾丸が、正面装甲で弾ける。
小口径の砲による攻撃を受けたのだ。
目前を、黒塗りの戦闘用バイクが駆け抜ける。
共和国の斥候部隊だ。
「俺も……他人の心配をしてる場合じゃなくなったってことか」
ヘルメットの下、乾いた唇を舐める。
ロディはアクセルを吹かした。
一撃離脱を行おうとした、敵の戦闘用バイクの追走にかかる。
向こうの狙いは、こちらの排除だ。
WR-07が破壊されない限り、何度でも攻撃を仕掛けてくるだろう。
だから、こちらから出向いて敵を排除する。
通信手段のほとんどが失われた世界において、斥候の重要性は極めて高い。
彼らの目と耳、そして記録媒体が、戦場における情報の全てと言って良いのだ。
(敵の数は? 質は? ……見た所、小型だ。VSVじゃないようだな)
攻撃は、向こうの戦闘用サイドカーから行われたようだ。
車両は背後から見ると、いかにも細く頼りない。
ロディは強くアクセルを吹かした。
WR-07が加速する。
平坦な道での加速性能であれば、通常の戦闘用バイクに分がある。
だが、こういった戦場の荒れ地において、高い走破能力を誇るのは馬力に優れたVSVだ。
WR-07は足元の枝を踏み潰し、倒木をも乗り越えて、戦闘用バイクとの間合いを詰めていく。
この速度で、腕を展開して攻撃することは難しい。
強い空気抵抗を産んでしまうからだ。
故に、ロディが選択する攻撃は一つ。
背面からの追突だ。
「~~~~~!!」
追われる戦闘用バイクが、何事か叫んだ。
共和国の言葉だろう。
動揺してか、乱れた言葉は、多少なら向こうの言語を聞き取れるロディにも理解できない。
だから、彼はそのまま突っ込んだ。
金属がひしゃげる音。悲鳴。
二倍近くも重量の違う二台の激突は、あからさまな結果を導き出す。
宙を舞ったのは、共和国側の戦闘用バイクだ。
搭乗者も、空の上。
ひしゃげた車体の金属に挟まれながら、吹き飛ばされて落下する。あれは助かるまい。
ロディは速度を落としながら、注意深く周囲を観察する。
共和国の車両は、質の悪い塗料で黒く塗られている。
ライトを照らせば、不自然な反射がやってくるはずだ。
今、WR-07が照らす繁みの先で、見覚えのある反射光が見えた。
「まだまだいやがったか……!」
エンジン音が増えていく。
性能でこそWR-07は優るが、共和国の強みとは、その物量。
(真っ当な勝負じゃ、横を取られたらおしまいだ。なら、どうする? ……上だ!)
共和国側の短気な兵士が、射撃を開始したらしい。
周囲の地面で、弾丸が弾ける。
「数で勝ってる時は、本当に強気だよな……!」
ロディは強くアクセルをかけた。
WR-07が加速する。
目指すのは、正面にいる共和国側戦闘用バイク。
向こう側の乗り手は、突進してくるWR-07を認めて、悲鳴をあげた。
WR-07は、小型とは言えVSVだ。
繁みを力づくで突破し、隠れる戦闘用バイクまで地形の邪魔をものともせずに接近する。
「おらあっ!!」
真正面から、敵の戦闘用バイクをかちあげる。
敵は車体をひしゃげさせながら弾き飛ばされるが、正面衝突ともなればこちらも平気ではない。
前輪が浮き上がり、空回りした。
このタイミングを、ロディは見逃さない。
即座にWR-07は可変シークエンスに入る。
車体の上部が展開し、反転。
前後の車輪を繋ぐシャーシが股関節になり、脚部に大地を踏みしめる指令を与える。
変形と共に出現した腕が、頭上まで伸びてきた太い木の枝を掴んだ。
車輪が回転し、地についた左足を前進させる。これによって生まれた推進力を膝関節の屈伸と併用し、脚部を高く跳ね上がる。
脚は腰を、腰は胴体を引っ張り、なんとWR-07が逆上がりをした。
「……見えたっ!」
片腕を離し、自由にする。
展開するのはガトリングガンだ。
全ての戦闘用バイクを見下ろせる状況。
大木の幹を挟み込むように胴体を固定すると、ロディは敵の掃討を開始した。
斜め上方からの斉射という状況だ。
ガトリングガンが上方から、共和国の戦闘用バイクを穿っていく。
WR-07は攻撃を行いつつ、幹を挟み込んだ脚部の車輪を回転させ、その位置を変化させる。
より高い位置へと登りながら、射撃、射撃、射撃。
カチリ、という音がした。
弾切れだ。
「っと……次は……!」
WR-07は木の幹を蹴りながら、跳躍した。
目標地点は、撃ち倒した戦闘用バイク。
地面に散乱した敵の武器だ。
これを拾い上げながら、射撃を続行する。
ハーフVSVと呼ばれる、WR-07のようなタイプは、この機動性と器用さこそが武器である。
平面のみならず、三次元的な戦闘を可能にする動作の自由性と、人間の武器であればどれも扱うことができるマニピュレーターの精度。
「うちの隊長の機体になれば、もうちょっと操作が楽になるんだけどな……。新型OS搭載機、俺も乗ってみたいぜ……」
ぼやきながら射撃をするロディ。
余裕の現れだ。
敵VSVの動きを捉えきれぬ共和国軍は、既に浮足立っている。
いざとなれば敵の指揮官が統制をとるはずだが、さてはそれを先に仕留めてしまったのか。
敵斥候部隊は烏合の衆となり、背中を見せて退散していく。
ロディは緊張感から開放され、ため息を吐いた。
どっと疲れが押し寄せてくる。
思えば、ジュリエッタを救い出してからこの方、小休止を挟んだとは言え、ずっと動き詰めである。
第二機甲中隊は万年人員不足であったが、それを別にしても、我が中隊長の人使いは荒い。
「まずい。俺が助かっただけじゃダメだった……」
そこで、ロディは本来の目的を思い出す。
戦況を記録せねば。
少しでも、共和国側の、あの黒いVSVの情報を集め、本隊に持ち帰らねばならない。
隊に帰還したイスマエルは、第三機甲中隊が襲撃された報告を行うだろう。
第二中隊の隊長は、ノブレス・オブリージュをモットーとする男だから、必ず救援を出す。
だが、それは間に合うまい。
「持ちこたえててくれよ」
祈りながら、ロディは繁みから飛び出した。
果たして、眼前に広がる戦況は、一見していい勝負のようだった。
ライガーⅠ一機は、マルス二機を道連れにして
コクピットハッチは開いているようだから、パイロットは脱出したことだろう。
もう一機のライガーⅠは、ヒューマノイドモードを取りながら、敵VSVと格闘戦を行っているところだった。
密着するほどの距離になれば、戦車砲だけではない、空いた左腕のナックルが有用になってくる。
ライガーⅠの肩部装甲が剥がれ、これを握りしめてガントレットとし、相手を殴りつけるわけだ。
強烈な一撃が、共和国側のマルスにヒットし、その巨体を転倒させた。
「いいぞ……!」
記録しながらも、ロディは手に汗を握り呟く。
やはり、共和国側の一般的HVSVでは、純粋な性能で欧州連盟のライガーⅠに劣る。
噂によれば、共和国は自力でVSVのエンジンを作成できないらしい。
故に、戦闘で破壊された連盟側のVSVを鹵獲し、そのエンジンのデッドコピーを作成しているのだとか。
それこそが、ライガーⅠとマルスの動きの違いだった。
のろのろと、共和国側の歪なVSVがライガーⅠに掴みかかる。
戦車砲を放てばいいものを、距離が近いから横着したのか。
これを、ライガーⅠはキャタピラを回転させながら後退し、やり過ごす。
そして、至近距離からの戦車砲である。
装甲ばかりが厚いマルスも、この距離で放たれた滑空砲の衝撃は殺せない。
ぐらりと揺らめき、仰向けになって倒れる。
「これで二対一……。いくら新型だろうが、数の差はひっくり返せないだろう」
転倒したマルスに車体を寄せながら、ロディはWR-07を戦場へ近づけていく。
マルスの向こうでは、新型機であるライガーⅡとフェンリルのにらみ合いが始まっていた。
キャンプの敷地を照らし出すライトが、フェンリルの姿を明々と照らし出している。
漆黒のつややかなボディ。流線型の装甲。腕部は長く、ナックルに当たる部分が肥大化している。
戦車砲は腕に装着するのではなく、肩に担いでいた。
根本的な変形のプロセスが、ライガー系統のシリーズとは違うようだ。それどころか、同陣営の機体であるはずのマルスとも違う。
正に異形のVSVであった。
「あの位置の戦車砲……。ヒューマノイド形態で使う気が無いのか……!?」
ライガーⅡとフェンリル。この二機が戦闘行為を行っている様子を見ていないロディには、それは分からなかった。
少なくとも、先程の状況ではライガーⅡは出撃していなかったはず。
ライガーⅠは、自軍の新型が出撃するだけの時間を稼いだのだ。
今、フェンリルに向けて、側方からライガーⅠが接近してくる。
ライガーⅡと挟撃にする形だ。
二機のライガーシリーズは、互いを狙わぬように位置調整しながら、戦車砲を構えた。
歪な形の十字砲火だ。
これに対し、フェンリルは意外な挙動を見せた。
なんと、上半身を沈めたかと思いきや、四足になって動き始めたのである。
歪な形をしていたナックルパートから、車輪が展開する。
脚部のキャタピラも作動を開始し、黒い巨体が滑るように動き始めた。
これに慌てたか、ライガーⅠが砲撃を行う。
狙いはフェンリル側方、脚部。
だが、フェンリルはその巨体を反転させた。
砲弾が黒い装甲を掠め、遠い地面に着弾する。
次いで、ライガーⅡも砲撃を行った。
フェンリルはこれを、腕部を覆う重厚な装甲で受ける。
腕ばかりが肥大化したように見えるVSVである。
その大きさは、重装甲を意味していたらしい。
腕部に着弾するが、砲弾は装甲を貫けず、装甲の曲面に逸らされながら明後日の方向へと飛んだ。
「二機のVSVに撃たれて、いなすのか!? あの大きさで出来る挙動じゃないぞ……!!」
目を見開くロディの眼前で、フェンリルは地面を蹴った。
文字通り、後足を強く地面に打ち付けると、疾走を開始したのだ。
速度はさしたるものではない。
だが、移動に合わせて、背負った戦車砲がぐるりと砲塔を向ける。
狙いはライガーⅠ。
即座に、砲が火を噴く。
ライガーⅠの胸部が爆発した。
分厚い正面装甲が、大きく削り取られている。
だが、これくらいではライガーⅠは倒れない。
正面からの撃ち合いであれば、無類の打たれ強さを誇るのが戦車タイプのHVSVだ。
ライガーⅠもまた、対抗して戦車砲を装填する。
だが、砲を向けた瞬間、フェンリルはまたスライドするように側方へと移動した。
砲が狙いを定められない。
黒い巨体は、一瞬、身を沈めた。
そして、跳躍。
六メートルの巨体が宙に舞い。その重量をライガーⅠに叩き付けていく。
どんな砲弾よりも強力な、質量による攻撃である。
斜め方向から当てられて、ライガーⅠが文字通り吹き飛んだ。
そして、追い打ちの戦車砲。
ライガーⅠが空中で跳ね、装甲部が砕け散った。
ライガーⅠは落下すると、そのまま動かなくなる。
「なんて機動性だ……!! ジュリエットを助けた時のライガーⅠも、これで一方的にやられたのか……!」
有利に思えた戦況は、一挙にひっくり返された。
残るのは、フェンリル。
そして、ライガーⅡ。
『好き勝手してくれるじゃないか……! だけど、私はそうはいかないよ……!!』
ライガーⅡは、腰部に装着していたスレッジハンマーを抜くと、大きく振りかぶった。
フェンリルが立ち上がる。
黒と、モスグリーンの巨体が向かい合い、機会を伺う。
激突の瞬間は、目前に迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます