第二機甲中隊 3
サン・ルイス島はさほど大きな島ではない。
ロディたちがバイクを駆って、外周を駆けること二時間ほど。
第二機甲中隊とは逆側に位置する、別の中隊の駐屯地が見えてくる。
「これは……騒ぎがあった後みたいだ」
暗視ゴーグルから覗ける光景は、
金属の残骸が散らばり、テントの一部は砲撃を食らった跡なのか、崩れ落ちている。
「おいおいおいおい……大丈夫かよ……!」
イスマエルは思わず、という調子で呟いた。
ともにVSVの速度を上げる。
これまで、浜辺、海沿いの森、そして崖などを走ってきていたのだが、駐屯地付近は比較的平らな土地になっている。安心して速度を上げられる。
通信装置のチャンネルをオープンにしながら、呼びかける。
「こちら、第二機甲中隊所属、アバドン小隊。第三機甲中隊、応答されたし!」
ロディの呼びかけに対し、少々の時間を置いて返答がやって来る。
『第二機甲中隊? 今頃何をしにやって来たっていうんだ』
「おい、ホッパー! あれ見ろ!」
「うん……?」
イスマエルが指し示す先、顔を上げたロディは、とんでもないものを見た。
それは、闇の中に聳える巨体である。
シルエットはライガーⅠのものに近い。
だが、まるで人間のような、一対のカメラアイを青く輝かせるそれは、既存のVSVよりも一回りは大きかった。
接近すると、よりその威容が明らかになる。
共和国の普及型VSVである
右腕に戦車砲を装備し、左手には長い柄を持つハンマーを握りしめ、巨大な槌先が砕かれたマルスの装甲に突き刺さっていた。
『状況は終了してるんだよ、既に。どうやってここで戦闘があったことを知ったかは知らないが、今頃斥候が来てどうする』
戦闘後の興奮が残っているのか、謎の大型VSVからは、刺々しい声が帰ってくる。
無いとは思うが、万一苛立ち紛れにあのスレッジハンマーを振り回されては堪らない。ロディは通信機に向かって言葉を注いだ。
「待ってくれ。何の話だかは分からないが、俺たちは中隊長の指示を受けてやって来たんだ。取り次いでくれ」
『第二の中隊長……? ラヴァーティ少佐……あの御仁が一体、何を……? ……了解した』
大型VSVのパイロットは、ロディたちが来訪した理由に納得したらしい。
言葉が穏やかになり、機体ごとぐるりと、基地の方向に向いた。
脚部とタンク時のキャタピラを同時に動作させることで、驚くほどスムーズに、素早い反転を行う。
「すげえな……。ありゃ、新型か。うちにも来てたと思うが、ライガーⅡだな……!」
残骸と地形の凹凸にまみれた大地を、危なげなく二足とキャタピラを併用して進んでいく。
ヒューマノイド形態の移動速度だけを見ても、ライガーⅠとは別物と言える。
「ええ、確かにこいつをバッテリーがないからって遊ばせておくのは、損失ですよね」
ラヴァーティ中佐やチャン中佐が、戦場となっているこの島を縦断し、バッテリーを借りに行くなどという任務を選択した理由も分かろうというものだ。
実際にこの機体が戦えばどうなるものか、判断はつかない。
だが、より人型に近い巨体を破綻なく稼働させる、このVSVの性能は間違いなく高かろう。
WR-07を並走させながら、ロディはこの機体を見上げる。
『突然の襲撃でね。何を考えて奴らが強襲して来たのかは知らないが……ちょうどいい稼働の訓練になった』
初戦ということである。
背後に広がるマルスの残骸は、おおよそ三機分。
これを、ただの一機で片付けたというのか。
「もう少し急いでいたら、こいつの戦闘データが取れたな。チャン少佐には秘密にしておこうぜ」
「曹長、その言葉も録音されてますよ」
「あー……。バッテリーの受取は任せたホッパー。俺はせめて、ライガーⅡの情報を聞いていくわ」
「それがいいでしょうねー。頑張ってきてください」
「おう……」
案内されたのは、半壊したテントの奥にある、可搬式の車両倉庫である。
そこに到着したライガーⅡは、膝を折り曲げるように体を畳み込んでいく。この変形プロセスを見るに、甲冑のようなガワを着込んだ機体なのだと理解できる。
後部ハッチが展開し、そこから搭乗者が体を起こした。
「それで、用件は? わざわざ島の反対側まで、しかも虎の子の斥候を二台も寄越すとか、どうでもいい任務じゃないでしょ」
聞こえた声は、ライガーⅡから聞こえて人物のそれと同じもののはずだ。
確かに、低く掠れた声である。
女性にしては。
倉庫の照明に照らされながら降り立つ姿は、パイロットスーツで着膨れてはいたが、男の体格では無い。
「はっ、ロディ・ホッパー軍曹であります。ラヴァーティ中隊長より命を言付かり、ライガーⅡ用のバッテリーを借り受けに参りました」
「ライガーⅡの? そりゃまたどうして……って、ああ」
整備兵の手を借りて、ヘルメットを外し、パイロットスーツを背面から脱いでいく。
短く刈られた明るい茶色の髪と、気の強そうな顔が顕になる。
スーツの下は、タンクトップ一枚であった。
「そう言えば、うちの予備バッテリーが一つ多かったんだっけ。やっぱり第二中隊の備品だったか」
そこまで続けてから、彼女はロディに向かって返礼した。
「第三機甲中隊所属、マーキュリー小隊の小隊長、セシリア・シャルヴァンティエ少尉よ。親しい仲間はCCと呼ぶわ。とりあえず、ラヴァーティ少佐からのバッテリー貸与の依頼は引き受ける。一つ持って行って」
セシリアは、倉庫の奥を指し示す。
なるほど、奥には巨大な硬質樹脂製の棚が設置してあり、VSV用バッテリーが積載されていた。
「あの」
声を掛けると、ライガーⅡ用の整備機材を山ほど抱えた整備兵が振り返った。
「ライガーⅡのバッテリーを一つ頂戴したいんだけど、一体どれなんですかね?」
「はいはい、バッテリーね。それだよ、そのアタッシュケース型の。驚くほど小さいんだ。サブバッテリーと同じサイズだからね。機体はこいつで動くんじゃなく、あくまで本体内蔵のバッテリーと油で稼働するんだが、中枢システムにはこのバッテリーが必須で……」
「あー。そいつはどうも。実に……ためになったよ」
語り始めた整備兵を、ロディは半笑いでいなすと、目的のバッテリーを入手した。
「それと、稼働時間がもっと長くなれば言うこと無いんだがね。あ、これうちのデータ。今度第二中隊で動かした時のデータも持ってきてよ」
ついで、といった勢いで、バッテリーの上にファイルが積み上げられた。
「うわっ……仕事が早いな」
「その分、レポートの推敲はしてないがね。お返しは早急に持ってきてもらうと助かる」
「上に報告しておくよ」
思いの外増えてしまった荷物を、ロディは愛車の格納部に詰め込む。
バッテリーのサイズは少々大きいため、これはイスマエルの帰還を待つしかあるまい。
ここで、ロディにとっては思いもかけぬアイドリングタイムとなった。
目の前で新型VSVが整備されていく様子を眺めつつ、こちらもWR-07をいじることにする。
「精が出るね」
オイル交換などしていると、傍らにセシリアが立った。
この将校は、先程のタンクトップ姿とはうって変わり、作業着に身を包んでいる。
「制服じゃないんですか」
「前線でパイロットが、あんな堅苦しいものを着ていられるものですか。作業着なら、ジッパーを下ろせば即実戦可能だわ」
つまり、この作業服の一枚下は先程と同じようなタンクトップ一枚と。
ちらりと横目を走らせるロディ。
セシリアは彼の目線に気づかず、興味深げにWR-07の整備を眺めている。
一見して装甲に覆われた規格外の大型バイク、という外見のWR-07。
だが、装甲部分を開いてしまえば、複雑に噛み合った内部構造が顕になる。
変形システムとダイレクトに繋がる部位でもあるので、ここを常に整備しておくことはロディたちバイク乗りにとって、重要な事なのである。
「まるでパズルみたいね。よく、こんな小さな機体の中に複雑なシステムを押し込んだものだわ」
「その分、関節部分は脆弱ですけどね。ノーマルなVSVとの格闘なんかはとてもできません」
「そうね。装備できる武装にも限りがあるでしょ。例えば格闘戦になったらどうするわけ?」
「そうなれば……」
ロディは立ち上がり、機体のハンドルを握った。
このハンドルは、アナログ式時計で言う竜頭のように、引き出せる構造がある。
こうして操作形態を切替え、ハンドルを握る動作だけで複雑な命令をこの機体に与えることができるのである。
今回ロディが行った操作に、WR-07がすぐに応じる。
側面装甲から腕部が展開し、手のひらが出現する。その中央には穴が設けられており、いっぱいに手を開くと、ちょうど腕が砲塔のようになる。
「ゼロ距離から放つニードルガンみたいなもんです。だけど、こいつを使うような状況にはなりたくないですね。俺たちの仕事は、戦うことじゃない。情報を持って帰る事ですから」
「もっともだ。野蛮な戦いは私たちに任せておけばいい」
セシリアは上機嫌そうに笑うと、一発大きく、ロディの背中をはたいて行った。
やがて小一時間もすると、上機嫌のイスマエルが帰ってくる。
あれは、この隊の女性と何か良いことがあった顔である、とロディは見抜いた。
この男は一体何をやっているのか。
「そんな顔をするなホッパー。俺はきちんと仕事はしてきた。第三中隊は頑張っているぞ」
「ライガーⅡの戦闘データですが、それは俺がもらってあります」
「おっ、悪いな」
悪いなではない、と思いつつも、一応上官なので無礼な口を利くのはやめておく。
ともかく、思いの外長居することになった第三機甲中隊ともお別れだ。
頂戴したファイルの礼をするならば、また近々訪れることになるだろうとロディは思った。
バッテリーをイスマエルのWR-06に積載しつつ、二人は隊を離れることにする。
「それじゃあね、ホッパー。うちの隊は若い男が少なくてね。また顔を見せに来なよ」
見送りのセシリアに挨拶をしていると、イスマエルがとても難しい顔をした。
「ずるいぞ、ホッパー」
「何も無かったですから、曹長」
「だが……だがずるい」
拗ねる上官をなだめつつ、二台の戦闘バイクはこの場から出発した。
その、直後である。
ふと、サイドミラーを見やったロディの視界に、赤いカメラアイの輝きが映った。
強靭なはずの生木を、事も無げにへし折りながら、漆黒のVSVが立ち上がっていく。
「フェンリル……!!」
それは、日照の魔女ジュリエッタを迎えた時に出会った、共和国の新型VSV。
ロディにジュリエッタを託した、カティアを殺した相手だ。
それが、じっと第三機甲中隊を見つめている。
いや、ゆっくりと進軍を開始した。
数は単機?
いや。
「ホッパー! まずいぞ! 全速力で離れろ! あの黒い奴、マルスをさらに四機連れていやがる! こいつら、第三中隊を潰す気だ!!」
「曹長は先に行ってください。バッテリーは、うちの隊に必要ですから」
「……お前はどうする気だ」
「俺は斥候ですから。戦いの情報を、持って帰ります」
ロディは踵を返した。
戦いの気配が、辺りを支配しようとしている。
ロディ・ホッパーは自らの意志で、生まれようとするこの戦場に身を投じた。
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