第二機甲中隊 2

 チャン少佐が大仰な口ぶりとともに、どうやら年代物らしき地図を卓上に広げた時だった。

 隊長室の扉がノックされる。

 それは遠慮も会釈もない、ともすればこのプレハブの扉を叩き破らんばかりの勢いのノックである。

 これから振るおうとしていた長広舌を邪魔され、チャン少佐は眉間にしわを作った。


「誰だね」


「ウィリアム。それは私が言うべきセリフだと思うが」


 この部屋の本来の主である、ラヴァーティ少佐が半笑いで付け加える。

 ロディはと言えば、チャン少佐の話が始まれば長いことを知っていたから、ホッと安堵する気持ちでいっぱいだった。

 興味もない、共和国の故事の話を教訓として持ち出されても、眠くなるばかりで得るものがない。

 さて、それではこの激しいノックの主は誰か。

 少女……ジュリエッタが首を傾げながら、頭にかぶった布の向こうから青い瞳を好奇心で輝かせる。


「入るぞっ!!」


 すると、蹴り開けるような勢いで、扉が開かれた。

 凄まじい音を立てて、扉は壁にぶつかるが、どうやら扉も壁面も存外に頑丈らしい。

 何も壊れた様子は無かった。


「ジュリエット、大丈夫だ。ありゃ整備長だな。生活音が一々でかいお人なんだ」


「……?」


 びっくりして、首をすくめていたらしいジュリエッタ。

 恐る恐る目を開けると、扉の前にはボサボサ頭の、機械油で薄汚れた中年男が立っている。


「ああ、だめだだめだだめだ! 少佐! ありゃあだめだぞ、搬入された新型! 端っからバッテリーがいかれちまってやがる! こんな不良品こさえやがって、本土の連中は何してやがるんだ!」


 まくし立てながら、どかどかと隊長室へ踏み入ってくる。


「やあ整備長。ご機嫌斜めかね」


「斜めも斜め。いかに温厚な俺だって切れるってもんだ。こいつを見てくれよ中隊長」


 ラヴァーティにぞんざいな口を利きながら、整備長は握りしめていたプレート状の物体を卓上に投げ出した。

 それが展開されていた地図を下敷きにしたものだから、チャンの眉間のしわがさらに深くなる。


「これは……。ライガーⅠの補助バッテリーですかね」


 ロディの呟きに、整備長は重々しくうなずいた。


「おう、見た目は一緒だがな。中身はもっと繊細なシロモンだ。何せ、新型の心臓だってのに、ここに運ばれてくる船の中でぶっ壊れちまったっつうんだからな! これじゃあ動かせやしねえぜ! おい少佐! ……って、えーと、ここには二人いるのか、紛らわしいな。中隊長! あんたの機体だぞ。なんとかならんのか!」


 ラヴァーティは、ふむ、と頷くと顎に手を当ててみせた。

 眉目秀麗な男である。

 気取った仕草が様になる。


「ウィリアム。これの予備は他には無いのだったか?」


「新型だからな。本来なら予備もあるはずだが、先日チェックした限りでは予備は納品されていなかった。出荷時点では我が隊のぶんもあったはずだから、つまりは他の隊に余分に入荷しているのだろう」


「そうか。ありがとう。では……その余分な予備を頂いて来ればいいな。ウィリアム、最寄りの部隊は?」


「そこのホッパー軍曹の報告どおりなら、第一機甲中隊は壊滅。残るは島の北西へ上陸した第三機甲部隊しかあるまい」


「では決まりだ。ホッパー軍曹。後、正式に通達を下すが、君に三時間の休息を与える」


「はっ。……三時間、ですか」


 三人の上官が、ロディ・ホッパー軍曹を注視した。


「我が隊には、アバドン小隊という素晴らしい機動力がある。これを生かさない手は無いだろう? 頼りにしているよ、アバドン1、ホッパー軍曹」


 笑顔で肩を叩く、ラヴァーティ中隊長の手のひらが、妙に重く感じるロディなのだった。




 集められたのは、アバドン小隊。

 第二機甲中隊において、斥候を担当する三名である。

 小隊長である、フリッツ・キルシュネライト少尉はまだ年若く、箔付けのためにこの部隊を任されたと噂される青年。

 残念ながら、彼は今回の任務において留守居を仰せつかった。

 実働は、ロディの他にもう一人。

 ベテランの、イスマエル・グラナドス曹長である。


「はー。お前、せっかく部隊に若い女が来たと思ったらよ。うちのかわいこちゃんを整備して戻ったら、口説く暇なく出撃とか。はー」


「いや、曹長。口説くとか無いでしょう。まだ相手は子供ですよ」


 ロディの言葉に、グラナドス曹長は再び、大きなため息をついた。


「お前には分かるか? 分からんだろうなあ。男ばかりの部隊にいてだぞ? しかも部隊の数少ない女を口説けば、隊の規律が乱れるからとあの華僑の野郎がイヤミをネチネチ言ってくる! 共和国の故事成語なんざわからねえっつうの!」


 ラテン系の生まれである曹長は、情熱的ではあったが、少々男女間の交渉事を重視しすぎるきらいがあった。

 これさえなければ有能な男であり、アバドン小隊の小隊長だって任せられる人材なのだ。

 ロディは、イスマエルが呟くいつもの愚痴を聞き流しながら、WR-07を駆る。


 既に、任務は開始されていた。

 並走する二台の戦闘用バイク。ともに、軽可変戦闘車両HVSVであり、イスマエルのそれは、普及型であるWR-06に戦闘用サイドカーを加えたものであった。

 今回は、このサイドカーから武装を外し、第三機甲中隊から借り受けるバッテリーを搭載するスペースを設けてある。


「しかしまあ……こんな南の島でも、世界は一面の闇。一度でいいから、カラッと晴れた空とやらを拝んでみたいもんだぜ。……で、お前さ、本当に聖なる槍ホーリーランスを見たわけ?」


 イスマエルが軽口を叩く。

 通信機は彼の声と、石英濃度の濃さを表す雑音を伝えてくる。

 空気中に漂う石英が、常に通信を阻害する。そのためにクリアな音声での通信などというものは不可能なのだ。


「ええ。彼女……ジュリエットが呼びましたよ、陽の光を。俺はたしかに、そいつを見た。あれがなけりゃ、俺は今頃死んでたでしょうね」


「マジかよ……。それじゃあ俺、太陽を呼べるスーパーガールのステディになっちゃうわけ?」


「なんでジュリエットをナンパするのが成功する前提なんですか!? ってか、ありえないですから、彼女そういうキャラじゃない。それに」


 ロディの脳裏を過ぎったのは、ジュリエッタを預けてきた女性将校である。

 カティア・キャンベルと言ったか。

 彼女は二人を逃がすため、その身を囮にして共和国の新型を引き付けた。

 そして、ジュリエッタを守れと言われた。

 それは、いつまで? いつまで守り続ければいいのか。

 ロディの中で、彼女から託されたこの命令が、しこりのようになって残り続けている。


「っと、そんなホッパーの純情を弄ぶのは置いておいてだな、来たぞ来たぞ、来なすったぞ!」


 並走するWR-06が速度を上げた。

 その機体に連結されているサイドカーには、武器の他に外部環境の探査装置も内蔵されている。

 イスマエルの声に合わせるように、側方の林がメキメキと音を立てて崩れ落ちていく。

 それは網の上に木々を寄せ集めた、カモフラージュシートだったのだ。

 森と思われた空間から、重厚な起動音をあげて鋼の巨体が姿を現す。


「共和国のマルスか! ずっとここで張ってやがったな!」


 共和国軍の普及型重可変戦闘車両HVSV武神ウーシェン

 欧州連盟ではマルスと呼ばれるこの機体は戦車形態のまま、アバドン小隊の二人に背後から食らいつかんと襲いかかる。

 マズルフラッシュが暗闇に閃いた。

 機銃が周囲の地面と岩を穿つ。


「おお、やべえ!」


 だが、イスマエルは軽口を叩いたまま。


「左右に分かれるんですか?」


「無論! のろまに格の違いを見せてやるぜ!」


 並走していた二台の戦闘用バイクが、機銃を避けながら互いの距離を開けて行く。

 これに、マルスは一瞬、戸惑ったような挙動を見せた。

 砲塔が左右に揺れ、そしてどちらを追うか決心したようである。

 サイドカーを接続した、イスマエルに向かって無限軌道を走らせ始める。


 自由の身となったロディは、即座に戦車の後部へとついた。

 ヴィークルモードのHVSVは、後部に回っても分厚い装甲で覆われ、攻撃を通す隙間は無い。

 だが、挙動が車両の形に制限されるため、例えば頭上を守る手段が皆無となるのだ。

 ロディもまた、それを狙っていた。


「行くぞ、WR-07あいぼう


 戦闘用バイクの車高が上がり、前輪と後輪が両足を構成する。

 フロントアーマーが起き上がると、座席が組み込まれるように前進し、サイドアーマーが展開して腕となった。

 風防ガラス部分のみが残り、そこを通じてロディが直接、対象を視認する形になる。

 ヒューマノイド形態となったWR-07は、腕からワイヤーを放った。

 それがマルスの装甲の隙間に突き刺さり、ロディは機体の巻取り機能を使って接近。


「よっと!」


 機体の脚部が一瞬、鳥脚の形になり、たわむ。それが生み出す跳躍力が、WR-07を宙に舞い上がらせた。

 車輪で構成される足の裏が、戦車型VSVの頭を踏みつける。

 着地の衝撃は、マルスの側でも察知しているだろう。

 だが、戦闘バイクタイプのVSVとは小回りが違う。

 ロディは左腕の内部に搭載されている、小型爆薬を取り出すと、マルスの搭乗用ハッチ隙間部分に設置する。

 そして、サイドミラーを確認。

 金属をこするような起動音を立てて、マルスの左腕が展開されてきている。

 それが、背後からロディを捕まえようとして……。


「遅いって言うんだ。マルスの補助用アームでやられるノロマがいるかよ」


 再び、WR-07は跳躍していた。

 今度は、マルスの上から地面に向かって。

 その途中で、腕部に内蔵されているガトリングガンを放つ。

 マルスの上で、着弾の火花が散った。

 この弾丸では、かのVSVの装甲は抜けない。

 だが、それは的確に、設置されていた爆薬を穿った。


 爆発。

 マルスの挙動が狂った。

 搭乗口から炎を上げつつ、キャタピラがジグザグに地面を削り取る。



「でかしたぞホッパー! 奴さん、たまらず変形するぞ!」


 イスマエルの声が飛び込んできた。

 その言葉通り、マルスが変形を開始する。

 砲塔が上部に持ち上がり、一体となった右腕が展開する。

 キャタピラが形を変えながら、接続されている側面ごと起き上がっていき……。

 変形シークエンスの途中で、マルスは怒り紛れにか、ロディに向かって戦車砲を放った。


「危ないっ!」


 狙いをつけていない一撃だ。

 当たらないとは分かっていても肝が冷える。

 頭上に射撃をやり過ごしながら、ロディはマルスとの距離を詰めた。

 戦車砲の適正射程に入ってやる道理はないのだ。


 眼前では、マルスの上半身が回転し、右腕が戦車砲と一体化した巨大なガントレット、左腕がそれを補助するマニピュレーターという、歪な人型となったマルスが変形を終えている。

 ヒューマノイド形態となったVSVは、ヴィークルモードとは比べ物にならないほどの柔軟な戦闘を可能とする。

 ロディが側面に回ろうとすると、武神は左右の脚をキャタピラの動作と共に使いながら、常に正面を見せるように動く。

 その上で、マルスの肩部から展開した機銃が弾丸をばらまいてくるのだ。


 牽制の射撃でロディの行動範囲を奪い、そこを戦車砲で……という狙いか。


「させないっての」


 WR-07の腕部装甲で、着弾する火花を感じつつ、ロディはあえて機体を前に前にと走らせる。

 6メートル近いマルスと比較して、せいぜい3メートル足らずのWR-07である。

 軽量級VSVゆえの速度で間合いを詰めれば、体高の低さゆえに機銃すら射界に収められなくなる。

 到達したここは即ち、密着するほどの至近である。

 ここでロディは機体の足を広げ、スライディングするような姿勢になりつつ……。



「行くぜっ!!」


 気合とともに、マルスの股間を抜ける。

 慌てて振り返ろうとするマルス。

 これだけの重装甲、巨体であっても、戦車とは比べ物にならぬほどの小回りが効く。

 左右のキャタピラを別々に動かしつつ、そこに足の動きも加えて高速で反転するのだ。

 だが、マルスはもう一台の戦闘用バイクを失念していた。


「背中、もらうぜ!! どらあっ!」


 どこに隠れていたのか、跳躍してきたのはWR-06。

 ヒューマノイド形態となったその機体は、サイドカーとも一体化し、WR-07よりもボリューミーな上半身を持つ。

 完全に装甲で覆われた頭部で、カメラアイが輝いた。

 腕部には、何やら不格好なバッテリーのようなものを握っている。

 そこから射出されたワイヤーが、武神の背面、車両時よりも広がっている隙間に突き刺さった。

 直後、WR-06が抱えたバッテリーが、放電の火花を上げる。

 すると、マルスの胴体に、放電の輝きが走った。


 一瞬の後である。

 戦車型VSVが、その動きを止め、弛緩するように脚部を前後に広げていった。

 まるで戦車の上に上半身が乗っているような姿勢になり、マルスはそのカメラアイから光を消す。


「整備長のリサイクル品だが……馬鹿みたいな威力だな。下手をすると使ってる側が死ぬぞ、このスタンガン」


 イスマエルは毒づきながらも、上機嫌であった。

  

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