第一章 魔狼狩り

第二機甲中隊 1

『ようこそ! 第二機甲中隊へ!』


 そう、横断幕が掲げられた中央テント内であった。

 少女を伴い、無事部隊へと帰還したロディ・ホッパー。

 彼らを出迎えたのは、なんとも脳天気な歓迎の風景だった。


「…………!?」


 元々、自分の部隊が、軍の平均からちょっと外れているとは思っていたロディ。

 だが、少し後ろに経つ日照の魔女が、目を丸くして絶句しているのを見ると、改めてこの部隊は変わっているのだと実感した。


「いよう、ひよっ子! よくぞ生きて帰ってきたな! しっかしありゃあ、化物みたいなヘリだったなあ。戦車砲の直撃を食らっても落ちないとか、どういう装甲をしてやがるんだ……! ……おっ!? そっちのお嬢ちゃんが噂の?」


「はい、ドランキー曹長。彼女が俺たちの護衛対象です」


「なるほどな」


 突然現れて捲し立てたのは、髭面の背が低い男だった。

 だが、決して貧弱な印象を与えない。胸板は分厚く、肩幅も広い。頭半分ほど背が高いロディよりも、体重はあるだろう。

 太く濃い眉、黒々として逆だった短髪。半袖の軍服の胸元からは、やはり生い茂るものがみえる、実に男らしい男。それが、第二機甲中隊の中核たる『バッカス小隊』隊長、チャーリー・ドランキー曹長であった。

 先刻、重可変戦闘車両HVSVライガーⅠを駆り、ロディたちを救援するため、戦車砲の一撃をヘリに向けて放ったパイロットでもある。


 彼の背後では、バッカス小隊の面々がめいめいに粉末酒を水に溶き、湯で戻した糧食を並べて騒いでいる。

 隣り合った席では、工作部隊の男女が顔を突き合わせ、怪しげなトラップ談義に花を咲かせていた。


「ま、うちは見ての通りだ。大事なお客さんが来るってのに、何も代わり映えしやがらねえ」


 そう言いながら、ドランキー曹長は手にした酒を呷った。

 大したアルコール度数ではないようで、飲み干した後も不満げな顔をしている。


「幾ら命令だからって、こんな酒じゃソフトドリンクと一緒だぜ……」


「小隊長はアル中の禁断症状が出たくらいが一番砲が当たるじゃないッスか! そこんとこ、中隊長は分かってるんですよ!」


 小隊のメンバーが煽ってきた。

 ブルネットの巻き毛の男である。ドランキーは彼を見ると、わざとらしく肩を怒らせてみせた。


「なんだとォ!? 貴様、スタン上等兵! 酒が切れて指が震える感覚を、俺がじきじきに教練してやろう!」


「わあーっ! 勘弁してください小隊長ーっ!」


「いやあ許さん! おいマーセナス、そこの巻き毛を抑えとけ! 上官侮辱罪になるところを、特別に俺と飲み比べすることで許してやろうって言うんだ!」


「はっ」


 のっそり立ち上がって、巻き毛のスタン上等兵をがっしりと抑えたのは凄まじい巨漢である。

 ウォルト・マーセナス軍曹。ライガーⅠ搭乗時には、ドランキーの相棒となる彼は、忠実なる副官でもあった。

 かくして、バッカス小隊が盛り上がり始める。

 規定量配給される粉末酒を、ここぞとばかりに使い切るつもりなのだ。

 その騒ぎを、工作部隊が迷惑そうに睨んでいる。


「驚いたか、ジュリエット。まあ、そのとても自由な気風が売りの部隊なんだ。あまりに自由すぎて……こうして、島の端っこに追いやられてしまっているんだが」


 ロディの言い訳に、少女はとても不思議そうな顔をして首を傾げた。

 そしてすぐに、屋内に漂いだした酒のにおいに顔をしかめ、鼻をつまむジェスチャーをする。


「ああ、先に行こう。歓迎会はいいが、うちのボスたちに報告しないといけないんだ」


 ロディはテントの扉を開き、先へと促す。

 その背中に、ドランキーの声が掛かった。


「ああ、そうだ。お前のところのお坊ちゃまと色男はな、すぐに合流するそうだ。特にあのラテン系、お嬢ちゃんと会うのを楽しみにしてたからな。なるべく早く済ませて戻ってこいよ」


「了解です」




 複数のパネルを組み合わせた後、上から牽引して展開する方式のテントは、持ち運びに便利だ。

 パネル内に電気設備などが組み込まれているため、水周りをどうにかしてしまえばすぐさま使用可能となるのである。

 足元の継ぎ目につまずかぬよう、少女をリードしつつ、ロディは通路を進んでいく。


 通路の照明は薄暗く、狭さもあって閉塞感を覚える。

 幾つかのテントのユニットをつなぎ合わせているため、通路は存外に長く続いていた。

 陰鬱な通路を抜けると、目の前に扉がある。

 ちょうど丁字路の形になっており、今正に、曲がり角から人が姿を現すところだった。

 

 その人物を目にして、ロディは咄嗟に立ち止まり、敬礼した。

 相手も、ロディに気づき、緩やかに敬礼を返す。

 階級章は少佐。

 第二機甲中隊において、最高位に位置する士官である。

 彼は、その一人・・・・だった。


「ご苦労だった、ホッパー軍曹。そちらが……ばつか」


「はっ。いえ、バツ、とは……」


「こちらの話だ。父祖の故郷にそのような伝承が残っていてな。ちょうど僕も隊長室へ用があったところだ。入れ」


 彼は扉を開ける。

 一見すると、よく年齢の分からない男だった。

 黒髪、肌はやや白いが、よくよく見れば白人種よりも色が濃い。

 顔立ちは彫りが浅く、のっぺりとしていた。

 ロディから見れば幼さが残って見えるが、これで彼よりも年上なのだ。

 ウィリアム・チャン少佐。

 華僑閥に属する、モンゴロイド系の男である。

 その生まれ上、欧州連盟においては微妙な立場にある人間だった。


 彼に続いて、扉をくぐる。

 そこは、ライトで明々と照らされた、それなりの広さを持つ空間だった。

 だが、屋内には椅子が二つと、作業用の机が一つ。あとは書類を納めた棚が二つばかり。


「やあ、ようこそ!! 我らは君を歓迎しよう!!」


 突然、大きな声が投げかけられた。

 声の主は、部屋の横に掛けられた地図の前にいた。

 すらりと均整の取れた長身が、軍服に包まれている。

 階級は少佐。

 被服の間から覗く肌の色は白く、こちらを見つめる目は、言い伝えで聞いた過去の海の如く、青かった。

 金色の淡い色をした髪は、軽く撫で付けられている。

 美丈夫であった。


「ファリス。これで司令部の懸念は一つ片付いたことになる。僕らも動くべき時だと思うが?」


「ああ。軍曹、データをこちらに。いよいよ、我ら第二機甲中隊の力を見せるときがやって来たぞ」


 彼は……第二機甲中隊隊長、ファリス・ラヴァーティ少佐は力強く告げた。

  

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