書籍化作品応援駄文

本当にこわい箸 開けられた重箱 君は餅に何付けた?(現代ドラマ)(4000字)

 街の空気が清々しい。今日は元旦、新年最初の朝だ。


「一年の計は元旦にあり。一年の食事は元日の朝食にあり。どうかまともな料理が食べられますように」


 神と仏に祈りながら僕が向かっているのは先輩のアパートだ。


 先輩は小学校で一学年上、中学校で一学年上、高校で一学年上、そして現在、大学では一学年上ではなく同級生である。先輩は一年浪人してしまったからだ。

 同級生を先輩と呼ぶのもおかしな話だが、小学校の頃からそう呼んでいるので、今更別の呼び方を考えるのも面倒くさい。先輩も「よせよ、同級生だろ」などと反論したりもしないので、そのまま呼んでいる。


「あけましておめでとうございます、先輩」

「別にめでたくなんかないが、まあ入れ」


 社交辞令という言葉は先輩の辞書にはないらしい。僕だって新年早々めでたくもない先輩のアパートなんかに来たくはなかったのだが、一週間ほど前にこんなことがあったのだ。


「おまえ、今年の年末年始はどうするんだ」


 クリスマスの翌日、先輩がいきなり訊いてきた。


「帰りませんよ。そんなことに金を使うくらいなら牛肉でも買った方がマシですから」

「なんだ今年も帰らないのか。よし、それなら元旦に俺のアパートへ来い。とびっきりのお節料理を食わせてやる。料金は無料だ。材料費、光熱費、手間賃、雑費、全て俺が負担してやる」

「遠慮します」


 即答した。先輩が用意する料理は一度としてまともなモノがなかった。今回もろくなモノが出て来ないであろうことは容易に想像が付く、のだが次の一言で迷いが生じた。


「安心しろ。実家から大量の餅が送られてきたんだ。俺のお節料理が気に入らなければ餅だけ食って帰ればいい」


 餅は大好きだ。実家にいる時、正月三が日は三食とも餅を食べていた。餅と聞いただけで耳下腺から唾液が分泌されるくらいの大好物なのだ。


「そうですか。それなら行きます」


 というわけで元日早々先輩のアパートを訪ねることになったのだ。


「あ、これ一応手土産です。ただで食べさせてもらうのも悪いと思って」


 ミカンを五個差し出す。大晦日のスーパーで半額になっていた見切り品だ。ちなみにミカンも大好物だ。冬休みが明ける頃には爪が黄色くなるくらいミカンを食べていた。


「おう悪いな。ありがたくもらっておこう。さあ、あがれ。さあ、食え」


 玄関で靴を脱ぐ前に「食え」はないだろうと思いつつ部屋の中に入る。コタツの上に一段の重箱が置かれていた。プラスチック製のようだが派手な柄で造りもしっかりしているので安物ではないようだ。これは期待できるかもしれない。


「驚いたなあ、まさか重箱に詰めてくれるなんて。てっきり大皿に全部盛って出てくるものと思っていましたよ」

「めでたい正月にそんな無粋な真似をするわけがないだろ」


 えっ、めでたいんですか。さっき「別にめでたくない」とか言っていませんでしたか、などという無粋なツッコミはやめておこう。めでたい正月でもあることだし。


「じゃあ、重箱の蓋を開けますよ」

「ふふふ。豪華すぎて腰を抜かすなよ」


 蓋を持ち上げた。そこには色取り取りのお節料理の数々が所狭しと詰められて、いるはずなのだがそうではなかった。丸い団子が五行五列で二十五個、整然と並んでいる。


「何ですか、これ」

「見てわからないのか。タレのかかっていないみたらし団子だ」

「いや、それはわかりますよ。どうしてタレのかかっていないみたらし団子がお節料理なのか、その理由を訊いているんですよ」

「タレのかかっていないみたらし団子はお節料理だろ。どうしてタレのかかっていないみたらし団子がお節料理ではないのか、その理由を訊かせてくれ」


 あーもう、また先輩の屁理屈が始まった。こんなことだろうと思ってはいたけどまさか団子とは。想像の斜め上すぎる。


「もういいです。新年早々タレのかかっていないみたらし団子なんか食べたくありませんから餅を出してください」

「おい、早合点するな。これはただの団子ではないのだ。これを見ろ」


 と言って百均に売られていそうな安っぽい箸をこれ見よがしに見せつけてくる先輩。


「その箸がどうかしましたか」

「この箸を使用することによってタレのかかっていないみたらし団子は一流料亭顔負けの豪華お節料理に変身するのだ」


 そこから長々と先輩の説明が始まった。数十分に及ぶ話の要点をまとめると、箸には特殊な電磁波発生装置が組み込まれており、団子に仕込まれた味変換物質と相互作用することによって多種多様な味付けを可能にできる、というものだった。

 そんな発明に金を使うくらいなら料理を買えばいいのに。某コンビニには百円おせちなんてものが売られているんだから。


「味変換って、それは赤いパスタ皿でやったネタじゃないですか。もうちょっと別の話を考えられなかったんですか」

「別の話とか言うんじゃない。赤いパスタ皿の苦い経験があったからこそこの箸は完成したのだ。今回は味覚を騙すのではない。本当に味を付ける。絶対に失敗しない。では詳しい使い方を説明しよう」


 使用法は簡単だった。箸の上部にあるスイッチを押して装置を作動させ対象物を箸で突き刺す。その状態を五秒維持すれば対象物は希望通りの味に変わるので一分以内に食べるのだ。


「どのような味になるかはすでにプログラム済みだ。団子は二十五個あるので二十五種類の味が設定されており、自動的に一分間隔で電磁波の味設定が変化していく。ひとつの団子を一分で味わいながら二十五分かけてこのお節を堪能するがよい」

「二十五種類の味って具体的にどんな料理を設定したんですか」

「それは食ってからのお楽しみだ。さあ、始めろ」


 なんだか気が進まないなあ。でも実際に口に入れるのはただの団子なわけだし、食中毒を起こすような危険性はなさそうだからやってみるか。


「じゃあやってみます。このスイッチを押せば始まるんですね」

「そうだ。行け!」

「ポチッとな」


 少し振動を感じた。取り敢えずど真ん中の団子に突き刺して五秒待ち口に運ぶ。


「もぐもぐ……お、これはだし巻き卵の味」

「そうだ。ウマいだろう」


 味は完璧だった。実家で食べていただし巻き卵と比べても遜色ない味わいだ。しかし、


「味はいいんですけど美味しくはないかなあ」

「おかしなことを言うヤツだな。味が良ければウマいに決まっているだろ。おっ、そろそろ一分だ。味が変わるぞ。次の団子へ行け」


 箸の先端が光った。次の味へ移行した合図だろう。適当に突き刺して口へ放り込む。


「むぎゅむぎゅ……これは田作りですね」

「ウマいか?」


 味は完璧に田作りだ。しかし美味しくはない。


「次行ってみます。むちゃむちゃ……数の子かあ。美味しくないなあ」


 ここに至ってようやく美味しさを感じない理由がわかった。味は間違いなくお節料理なのだが食べているのは団子、食感が元の料理と違いすぎるのだ。

 たとえば煎餅の美味しさは味付けに使う塩や醤油だけでなく、パリパリとした香ばしさに負うところが大きい。湿気った煎餅が美味しく感じられないのはそのためだ。

 マシュマロは柔らかいから美味しいのであって、煎餅みたいに硬かったら角砂糖と変わりなくなってしまう。ヒラメの縁側はコリコリしているから美味しいのであって、柔らかければただの白身魚だ。


「何を食べてもくちゃくちゃした食感じゃ美味しさを感じることなんてできませんよ。そうだ紅白カマボコの味は何番目にプログラムしてあるんですか。あれなら美味しいかもしれないです」

「カマボコはプログラムしていない。嫌いだからな」

「えー! じゃあ里芋は?」

「嫌いだからない」

「手綱こんにゃく」

「嫌いだからない」


 先輩の偏食にも困ったものだ。結局その後は酢れんこん、海老の旨煮、たたき牛蒡、紅白なます、鯛の真子煮と進み、黒豆味の団子がなんとなく美味しかったので、一分経つ前に二個目の黒豆団子を食べたところで箸を置いた。


「なんだ、もういいのか。まだ残っているぞ」

「後は先輩が食べてください。さすがに飽きましたよ。味は変わっても食べているのは団子ですからね」

「そうか。まあおまえが満足したのならそれでいい」


 別に満足したとは言ってないけどな。最後の黒豆はまあまあだったから表情に出てしまったのかな。いつもボーっとしているくせに、こういう鋭さはあるんだよなあ。


「それよりも餅があるんでしょう。それを食べさせてくださいよ」

「おう、そうだったな。レンジで温めてやる。いくつ食う?」

「あー、二個お願いします」


 切り餅は煮たり焼いたりすると時間がかかるが、レンジなら数十秒で柔らかくなる。先輩もその程度の知識はあるようだ。


「ほれ、食え」


 差し出された茶碗を見て驚いた。餅にソースがかかっている。


「ど、どうして餅がソースまみれになっているんですか」

「どうしてって、おまえトンカツソースが好きだろ」

「好きですけど餅にソースを付けて食べる人なんていませんよ。餅と言ったら醤油かきな粉でしょう。もう、しょうがないなあ」


 台所に持って行ってソースを流し、茶碗に水を注いで餅のソースも洗い落とす。だが現れたのは白い餅ではなく黒褐色の餅だった。


「先輩、この餅、黒いですよ!」

「そりゃそうだ。トンカツソースが練り込まれた餅だからな」


 よくよく聞いてみると実家から届いたのは餅ではなく餅米だった。このまま餅にしたのでは味気ないと考えた先輩はトンカツソースを混ぜて炊飯器で餅米を炊き、すりこぎ棒でこねて餅を作ったらしい。


「これなら何も付けずにトンカツソース味の餅が楽しめるだろう。もちろんさらにソースを付けてもいい。ふふふ、俺の心遣いに感動して声も出ないようだな。感謝の言葉は要らないが金なら貰ってやってもいいぞ。お年玉くれ」


 声が出ないのは呆れているからですよ。それにもうお年玉って年でもないでしょう。

 元旦からこんな有様では今年もロクなことがなさそうだ。せいぜい胃袋を鍛えておこう。





 このお話とよく似た題名の作品「本当はこわい話10 明かされる真実、君は気づけた?」は、

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054881838525

 角川つばさ文庫から絶賛発売中!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る