本当にこまったウワサ、昨日のパレス・ワールド(現代ドラマ)(5300字)
曲がりくねった山道が続いていた。
登ったり下ったりしながらもうどれくらい歩いたのだろう。
晩秋の風は心地好いがさすがに息が切れてきた。
足が重い。気ばかり焦って歩みは一向にはかどらない。
「遅いぞ。もうへばったのか。そんな有様では山男失格だな」
「はあはあ失格でいいですよ、僕は山男なんかじゃないですからふうふう。それよりもう少しゆっくり歩いてくれませんか。こういう場合、一番遅い人に歩調を合わせるものでしょうはあはあ」
「ちっ、仕方ないな」
舌打ちしながらも速度を緩めてくれたのは僕の先輩だ。
先輩は小学校で一学年上、中学校で一学年上、高校で一学年上、そして現在、大学では一学年上ではなく同級生である。先輩が一年浪人してしまったからだ。
同級生を先輩と呼ぶのもおかしな話だが、小学校の頃からそう呼んでいるので、今更別の呼び方を考えるのも面倒くさい。先輩も「よせよ、同級生だろ」などと反論したりもしないので、そのまま呼んでいる。
「これで何もなかったら本当に怒りますからね」
「安心しろ。俺のカンが間違いないと言っているのだ。必ずここにある」
先輩のカンほど当てにならないものはない。これまで何度肩透かしを食らわされたことか。きっと今回も同じ目に遭うんだろうな。
「先輩にネットなんて教えるんじゃなかった」
後悔先に立たずという先人の教えを噛み締めながら昨日の出来事を思い返した。
「見ろ、これは大発見だ!」
「先輩、大声を出さないでください」
僕と先輩は図書館のPCコーナーにいた。先輩がレポートの作成を手伝ってほしいというので仕方なく付き合ってやったのだ。
ネット全盛の現代においては、図書館の書架から関連書籍を探し出して資料をまとめるよりも、ネットでググってまとめたほうが効率が良い。
先輩はPCどころかスマホも携帯も所有していないガラパゴス人間ではあるが、使い方を教えるとたちどころにマスターしてしまった。レポートはあっという間に完成し、今はブラウジングを楽しんでいる。
「ああ、すまん。つい興奮して声が出ちまった。しかしおまえだってこれを見たら大声を上げずにはいられなくなるぞ」
「激安肉屋新装オープン豚カツ大安売りの広告ですか。それは僕も見つけましたけど5つ隣の県ですからね。自転車ではとても行けません」
「おい、俺を大食いキャラと勘違いしていないか。その程度で大声を張り上げるわけがないだろう。いいから見ろ」
そう言われて先輩のディスプレイをのぞき込むと、次のようなサイトが表示されていた。
ようこそ
世界は未知に満ちています(シャレじゃないよ)
まだ発見されていないお宝が人知れず眠っている宮殿のような場所がたくさんあるのです
それは一体どこにあるのか
この
現時点のオススメポイントはここ!
そしてその後に所在地とかアクセスとか所要時間とかが大雑把に表示されていた。しかしそこにどんなお宝が眠っているのかという肝心な点については一切触れられていなかった。怪し過ぎる。
「な、凄いだろう。場所はここから40km程度だから自転車でも余裕で日帰りできる」
「先輩、まさか本当だと思っているんですか?」
「おい、何を言っているんだ。ネットにはネット警察がいて虚偽や
「でももし真実なら今頃は大勢の人が押し掛けて、もうこのお宝は持ち去られていると思うんですけど」
「おう、そうだ。こうしちゃおれん。さっそく明日出掛けるとしよう。昼のお握りとお茶は俺が用意する。朝6時、俺のアパートに集合だ」
相変わらず強引だ。こちらの都合は一切お構いなしで話を進めるんだもんなあ。
「僕は行きませんよ。行くなら先輩ひとりで行ってください」
「そうかわかった。ならスマホを貸してくれ」
「はあ?」
話が飛躍しすぎてよくわからない。返答に困っていると先輩は画面をスクロールさせた。一番下にこう書かれている。
最後にひとつ。お宝を欲する者は必ずスマホを持参すべし
「なっ。だからスマホを貸してくれ」
「冗談じゃないですよ。スマホは個人情報の塊なんですから。他人には渡せません」
「じゃあ、一緒に行ってくれ」
「お断りです。こんな不確かな情報のために自転車で往復80kmも走るなんて真っ平御免です」
「ならスマホを貸してくれ」
「嫌です」
「じゃあ一緒に行ってくれ」
ダメだ。こうなると先輩は意地でも折れない。それは今までの付き合いでわかっている。諦めるしかない。
「あー、もう。わかりましたよ。行きゃいいんでしょう」
そんなわけで今、自転車で40kmを走破してクタクタになった足を引きずりながらデコボコの山道を登っているのである。それもこれも昨日の
「そろそろ本丸跡に到着するころなんだがな」
先輩が手にしているのは絵地図だ。サイトには目的地の詳しい地図は掲載されていなかったので、それらしき住所をググったところ目的地は城跡だとわかった。そこには室町時代末期に廃城になった
「晴洲城、パレスワールド。見事なまでの語句の一致。城跡となればお宝が眠っているのは本丸跡だな」
「そうだといいですね」
ただネットでわかったのはそこまでだった。いかにグーグルマップでもほとんど人が通らない山道までは掲載されていない。
若干の不安を抱きながら自転車で40km走り山のふもとまで来ると、古びた民家の横に「ようこそ晴洲城へ」と書かれたのぼりが立っている。中へ入るとそこは城跡の資料館だった。
「ほほう、それなりに有名な場所のようだな」
「最近はお城ブームですからね。町おこしに利用しているんでしょう」
小さな資料館だが城跡の絵地図や模型などが展示され、御朱印を真似た御城印まで売られている。無料で配布されている絵地図には堀や土塁、
「よし、これでお宝は手に入れたも同然だ」
絵地図を持って歩き出す先輩。しかし容易にたどり着けるはずだった本丸跡へは一向にたどり着けない。資料館を出てかれこれ1時間も経過してしまった。
「先輩、道、間違えてないでしょうね」
「間違えるわけないだろ。一本道なんだぞ」
やはり先輩に地図を渡したのが間違いだった。どうしてこんな間違いを仕出かすんだと不思議に思うような間違いを仕出かす人だからな。
「こんにちは」
「うわっ!」
僕と先輩は同時に声を上げた。突然何者かが僕らの目の前に出現したのだ。しかもその姿が異様だ。頭の真ん中がツルッパゲで左右の髪がざんばらに伸びている。身には鎧をまとい、尻には折れた矢が突き刺さり、素足に
「おまえは何者だ!」
「あ、私は落ち武者の亡霊です」
「亡霊だと!」
まじまじとそいつを眺める。確かに格好は落ち武者だ。しかしよく見ると鎧はダンボールで作られている。刺さっている矢はプラスチックだし、草鞋は妙に真新しい。どう考えても亡霊などではなく小汚い普通のおっさんである。しかし先輩はそうは思わなかったらしい。
「ふむ、もしやおまえ、この城跡に隠されている宝の
「はい、知っております。あなた様にそれを教えるためにこうして姿を現したのです」
怪しい。どう考えても怪しい。しかし口出しせず二人の遣り取りを見守ることにした。
「そうか。それは大儀であった。して宝はどこにある」
「それを教える前にひとつ条件があります」
「何だ。言ってみろ」
「私が成仏できずに迷っているのは三途の川の渡し賃がないからです。三途の川の渡し賃は6文。しかしそれは数百年の昔の話。物価が上昇した現在、三途の川の渡し賃は6千円になっております。何卒この私に6千円を恵んでくださいませ。さすればこの
ここに至ってようやくカラクリが理解できた。こいつは昨日先輩がアクセスしたサイトの運営者だ。宝を餌に閲覧者をこの地に誘い出し、落ち武者の亡霊に成りすまして6千円をふんだくる小悪党なのだ。そうとわかれば黙ってはいられない。
「あなた、宮殿世界ってサイトの運営者でしょう。その手には乗りませんよ」
落ち武者がビクリと体を震わせた。図星だったようだ。
「な、な、何を言っているのですか。そんなサイト知りません。と言うかサイトって何ですか。何の話ですか」
「おいおい、馬鹿なことを言うんじゃない。亡霊がサイトの運営なんてできるはずがないだろう」
あ~、先輩は信じ込んだままか。困ったものだなあ。
「先輩、ちょっとは頭を使ってくださいよ。僕たちは騙されたんです。何もかもこの落ち武者が仕組んだ罠だったんですよ」
「わ、罠だなんて。君、失敬だな。それ以上私を侮辱すると天罰が下りますよ」
「そうだぞ。ここは俺に任せておけ」
ダメだ。完全に信じ切っている。まあいいや。損するのは先輩なんだし、放っておこう。
「じゃあ好きにしてください。僕はどうなっても知りませんからね」
「うむ。さて落ち武者の亡霊よ。三途の川の渡し賃だが6千円は高すぎる。60円に負からんか」
「む、無理です」
「ならば61円」
「どう頑張っても5900円です」
「62円ではどうだ」
「5800円。これ以上は無理です」
そこからは二人のいつ終わるとも知れぬ駆け引きが始まった。ボーっと眺めているのも飽きてきたので先輩が作ったお握りを食べ、水筒のお茶を飲み、僕が持参したバナナを食べ終わると眠くなったので、木陰に移動して時折吹く風に身を任せて小一時間昼寝をし、気持ちよく目を覚ますと先輩と落ち武者が握手していた。ようやく話がまとまったようだ。
「先輩、いくらまで値切れたんですか」
「3百円だ。俺は交渉上手だからな」
見ると落ち武者は泣きそうな顔をしている。僕らのように自転車で来たわけではなさそうだし、3百円じゃ足代にもならないだろう。
「はい、確かに3百円受け取りました。それではスマホでこのQRコードを読み取ってください」
「だそうだ、頼む」
先輩に言われてスマホを取り出しコードを読み込むと詳細な地図が表示された。地図には現在地、お宝の位置、そこに至るルートも示されている。
「先ほどから同じ場所をぐるぐる回っているだけだったあなたたちでも、それがあればお宝は簡単に見つけられるでしょう。ではさらば!」
落ち武者は茂みの中へ消えて行った。そうか、やっぱり僕らは道に迷っていたのか。登ったり下ったりしていたもんな。
「ここからは僕が先導します。先輩は後から付いて来てください」
「よかろう」
地図は非常に正確だった。程なくお宝の場所へ到達した。小さな木製の箱が石の上にちょこんと置かれている。
「あれだな」
先輩が箱を開けた。中には「晴洲城」と墨書きされたハガキ大の紙切れが一枚入っているだけだった。笑いが込み上げた。
「ははは、これがお宝ですか。資料館で売っている3百円の御城印じゃないですか。やっぱり騙されましたね」
「馬鹿者。これは資料館で売られているような代物ではない」
先輩は大切に御城印を取り出すと僕の目の前に突き付けた。
「見ろ、この日付を。元和3年11月10日と書かれている」
確かに元和だ。令和ではない。
「元和なんて元号ありましたっけ」
「そんなことも知らんのか。家康が死去したのが元和2年だ。これはその翌年に書かれたもの、つまり4百年前のものということになる。歴史的価値は相当なものだぞ」
本当かなあと思いながらよく見ると元和の『元』の周囲だけ正方形に色が違う。しかも盛り上がっている。
「これ、令和の『令』の所に『元』と書いた紙を貼り付けているだけじゃないですか。完全な偽物ですよ」
「そう見えるだけだ。4百年も前の紙なんだからな」
「でも11とか10とか算用数字を使っているのはおかしくないですか」
「信長の時代に西洋人が来日しているのだ。算用数字を知っていたとしても矛盾はない」
説得するのが面倒になってきた。もういいや放っておこう。
「さあお宝も手に入れたし飯にするか」
それから先輩はお握りを食べ、お茶を飲み、僕が持参したバナナを食べた後小休止して下山した。今でも御城印は本物だと信じて大切に保管しているらしい。
「おかしいな。見つからんぞ」
僕らを騙した宮殿世界のサイトは削除されていた。キャッシュすら残っていない。まあ騙されたとは言っても実質的な損害はなかったのでさほど悔しくはない。ただ先輩がまたおかしなサイトを見つけ出すんじゃないかと少々心配ではある。先輩にスマホを持たせるのはネットの実情をよく理解させてからにしたほうが良さそうだ。
このお話とよく似た題名の作品「本当はこわい話8 黄色のパスワード」は、
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881838525
角川つばさ文庫から絶賛発売中!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます