こじごじ(現代ファンタジー)(2200字)


 ――ようやく最終話まで追いつきました。WEB小説ではあまり見かけないお話でしたので興味深く読ませていただいております。今回で一区切りのようですがまだ終わったりしませんよね。続編、期待しています。それから差し出がましいようですが『内造』は『内蔵』ではないでしょうか。


「あちゃ、またやっちゃったか」


 数カ月ぶりのコメントで喜びいっぱいだったのに、最後に書かれた誤字の指摘で一気に凹んでしまった。

 趣味でWEB小説の投稿を始めてもう5年。いまだに誤字や脱字の罠から抜け出せないとは実に嘆かわしい。

 一応、ネットで配布されている無料の校正ツールを使ってはいるのだが、それでも治らないのだから根本的に物書きは向いていないのかもしれない。


「でも有難いよな。こうして指摘してくれるおかげでみっともない駄文も多少はマシになるんだから」


 誤字や脱字の指摘を嫌がる作者は多い。自分の間違いを指摘されるのは誰だって気分のいいものではないだろう。

 しかし読者のほうだって、それがわかっていながらわざわざ報告してくれるのだ。作者と作品に対する愛がなければそんな面倒な行為に及ぶはずがない。むしろこちらから礼を言いたいくらいである。


「寝る前に少し読み直してみるか」


 コメントが付いた小説は半月ほど更新していない。そろそろ続きを書かなければこのまま書かずに終わってしまいそうだ。

 最新話を冒頭から読んでいくとさっそく脱字が見つかった。『行ってしまった』が『行ってまった』になっている。


「こういうミスは校正ツールも指摘してくれないからな。ふあ~」


 あくびしながら修正する。睡魔と闘いながら続きを読む。コメントにあった『内造』が出てきた。


「取りあえずこれを直したら寝ることにしよう。眠い頭で文章をいじくっているとロクなことにならないからな」


『内造』を消去して『内蔵』を入力。編集をクリック。これで一安心……のはずだったのだが、いきなりディスプレイに奇妙な映像が出現した。小さな男の子の上半身が映し出されている。


「おじさん、ひどいよ。またボクみたいな悲しい子を作り出したりして。いったいどれだけ見捨てれば気が済むの」


 ディスプレイの幼児はこちらに向かって文句を言っている。馬鹿げていると思いながら答えてしまった。


「おじさんって、それ、わたしのこと?」

「そうだよ。ボクの他にはおじさんしかいないでしょ」


 ディスプレイの映像と会話ができている。どうなっているんだこれは。いきなりファンタジーの世界に飛ばされてしまった気分だ。


「まだおじさんって年でもないんだけど、まあいいや。ところで君、さっき変なこと言っていたよね。悲しい子を作り出したとか見捨てたとか。意味がわかんないんだけど」


 わたしの言葉を聞いて幼児の頬がぷう~と膨れた。マンガみたいな膨れ方だ。


「これだもんなあ。だから大人は嫌いなんだ。罪の意識を全然感じてないんだもん。サイテー!」


 かなり怒っている。しかしこちらには悪いことをしたという心当たりがない。そもそもこの子は何者なんだ。


「君、名前は何ていうの」

「この名札が見えないの。内造だよ」

「名札、ああ確かに」


 なるほど。よく見ると幼稚園児のように『内造』と書かれた名札が胸にぶら下がっている。


「それで、内造君はどこに住んでいるの」

「今はどこにも住んでいない。ちょっと前までおじさんの文章に住んでいたけど追い出されたんだ。今は路頭をさまよう孤児だよ」

「わたしの文章に住んでいたって、まさか」


 この子の名前は内造、ついさっき削除した誤字と同じ。ということは、


「君は誤字なのか」

「そうだよ。孤児になってしまった誤字、孤児誤字こじごじだよ。文章から追い出されたらもう生きてはいけない。こうして文章と文章の狭間で消えていくしかないんだ」

「そうか。それはすまなかった」


 ディスプレイに向かって頭を下げる。削除した誤字の行く末など少しも気にしていなかったさっきまでの自分を叱りつけたくなった。


「おじさんたちは軽い気持ちで誤字を発生させ、何の躊躇もなく誤字を見捨てる。その結果、これまでどれだけの孤児誤字こじごじが生まれたか知ってる? どれだけの孤児誤字こじごじが悲しい思いをして消えていったか知ってる? 少しは反省して欲しいな」


 自分の未熟さがこんなに多くの不幸を生み出していたとは。知らなかったとはいえ恥ずかしい限りだ。これからはもっと真剣に文章作成に取り組むとしよう。


「君の事情はよくわかった。何かわたしにできることはないか」

「今さら、ことを、っても、遅い……」


 突然画像が乱れ始めた。内造の姿が消え始めている。声も途切れ途切れになっている。


「おい、どうした。もしかしてもう消滅の時が来たのか。教えてくれ。わたしはどうすればいい」

「ボク、居、しょ、与……」


 内造の姿も声もすっかり薄くなってしまった。もうほとんど見えないし聞こえない。しかし彼の言いたいことはわかった。


「待っていろ。すぐに助けてやる」


 直ちに『章とエピソード』の画面を開くと『次のエピソードを執筆』をクリックした。急がねば。彼が完全に消えてしまう前に居場所を与えてやらねばならない。何の構想もまとまらないままわたしは書き始めた。


 ――……そこにいたのはまだ年端も行かぬ男児だった。「君は、誰だ」戸惑いながらそう尋ねると彼はおっとりした声で答えた。「ボクは内造。人はボクをこじごじと呼ぶ」

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