ボクは新一年生(学園ドラマ)(3500字)

「はーい、それではホームルームを始めますよー」


 先生がにこやかに宣言しても教室の中は騒がしいままだ。仕方ないよ。ボクらは新一年生。先日小学校に入学したばかりなんだから。まだみんな幼稚園気分のままなんだ。


「さっそくですが学級委員を決めたいと思います。立候補する人!」


 先生が右手を挙げている。釣られて誰かが手を挙げるとでも思っているのかな。甘いよ先生。最近の小学生は事なかれ主義が多いんだから。進んで役を引き受ける児童なんているわけないさ。


「学級委員なんてナンセンス。しょせんは先生の雑用係でしょ。芸術家は常に孤独でなければならないのよ」


 前列中央に座っている玲央名れおなルドさんがお絵かきしながらつぶやいている。芸術的センスあふれる彼女は幼稚園児でありながら全国絵画コンクールで金賞に輝き、その作品は数千万円の値がついたと言われている天才児だ。


「おや、風に吹かれて飛んでいくあのハチマキはメビウスの輪と同相ではないか。実に興味深い」


 窓際の雷符らいぷニッツ君が運動場を眺めながらつぶやいている。数学的センスあふれる彼は幼稚園児でありながら国際数学オリンピックに特別参加。余裕で満点を取り金メダルを授与されている。


「どれみふぁそらしどお~。あたしの喉は本日も絶好調!」


 教室のど真ん中の席で美しい歌声を披露しているのは真理赤まりあかラスさんだ。音楽の才能に秀でた彼女は幼稚園児でありながら交響曲を作曲。演奏会では指揮棒を振りながらバイオリンを弾き、声楽パートまでこなした音楽の申し子だ。

 特に声域の広さは特筆すべきもので、1ヘルツ以下の超低周波音からイルカが発する高周波音まで発生させられる、らしい。らしいと書いたのはそんな音は人間の耳には聞こえないので確証が持てないからだ。でも彼女が夕方空き地で歌っているとコウモリがばたばたと落ちてくるので、超音波を発しているのは間違いないようだ。


「もぐもぐ、やはりお握りの具はローストビーフに限るな」


 廊下側最後尾に座っている手割しゅわるツネガア君が早弁を楽しみながらつぶやいている。幼稚園入園時、すでに身長188cmに達していた彼は筋骨隆々スポーツ万能。来年開催のオリンピック日本代表に内定している。


「ああ本当に騒がしい。この教室は舞台。そして男子も女子もその役者にすぎないのよ」


 廊下から2列目の席に座っている思永久しぇいくスピアさんがスマホ超高速文字入力で文書を作成しながらつぶやいている。一万年にひとりと言われるほどの文才に恵まれた彼女は幼稚園児でありながら10作の長編小説を執筆。それらの全てが芥川賞や直木賞などの有名文学賞を獲得しただけでなく、今年のノーベル文学賞の最有力候補として全世界の注目を集めている。


「あ~あ、みんな凄いよなあ」


 そして窓際最後尾に座っているボク、佐藤さとう太郎たろうは何をするでもなくにぎやかな教室を眺めていた。

 そう、この教室には神童ばかりが集められている。みんな幼稚園の時からの知り合いだ。どうしてあの幼稚園にこれだけの人材が集中したのか、どうしてみんなそろいもそろってこんな公立の小学校に入学したのか、不思議で仕方がない。

 そしてもっと不思議なのはボク一人だけが何の取柄もない平凡な児童だってこと。名前だって佐藤太郎……なんだよ、このいかにもテキトーに付けましたって感じの名前。座席は主人公の定位置である窓際最後尾だけど完全にモブ扱いだよね、これじゃ。


「は~い、立候補する人がいないようなので投票で決めたいと思います」


 先生が投票用紙を配り出した。なんだ、こうなることを見越してちゃんと用意してあるじゃないか。最初からそうすればよかったのに。


「う~ん、誰にしようかな」


 配られた投票用紙をにらみながら考える。でも本当は決まっているんだ。

 前の席をチラリと見る。肩まで伸びたストレートの黒髪からほのかなシャンプーの香りが漂ってくる。


(やっぱりはなちゃんしかいないよな)


 声に出さず頭の中でつぶやいた。ボクの前席に座っているのは五星いつつぼしはな。卓越した味覚の持ち主で料理の腕前はプロ級。幼稚園児でありながら有名レストランや高級料亭で腕を振るい、今は世界各国に21の五つ星レストランを展開させている腕利き経営者にしてボクの近所に住む幼馴染だ。


(あのチョコレート美味しかったな)


 幼稚園で初めて迎えたバレンタイン。華ちゃんからもらった手作りのチョコは気を失うほど美味しかった。実際、繊細な感受性を持つ天才詩人の夜半下よはんげエテ君は、


「涙とともにチョコを食べた者でなければ人生の本当の味はわからない」


 とつぶやきながら気絶してしまったからなあ。あの一口でボクはすっかり華ちゃんのとりこになってしまったんだ。


(よし。学級委員は華ちゃんだ。いつつぼしはな、っと)


「は~い、皆さん書けましたかあ。それではこの箱に入れてくださいねえ」


 先生が投票箱を持って教室を歩き出した。みんな誰の名前を書いたんだろう。頭脳明晰な雷符らいぷニッツ君かな。高慢だけど美人な玲央名れおなルドさんかな。


「それでは開票を始めます。しばらくお待ちください」


 先生が箱から投票用紙を取り出して集計を始めた。まあボクの名前を書く人なんていないだろうから、それだけは安心だよね……などと油断している時が一番ヤバイのである。開票結果が書かれた黒板を見てボクは茫然自失状態に陥った。


「はい。以上のように39票を獲得した佐藤太郎君が学級委員になりました。皆さん、拍手―!」


 教室が拍手に包まれる。馬鹿な。こんなことあり得るはずがない。


「佐藤君、前に出てあいさつしてください」


 先生がおいでおいでをしている。ボクは教壇に立つと大声を張り上げた。


「みんな、冗談はやめてよ。どうしてボクなの。ボクなんかよりもっとふさわしい子がたくさんいるでしょう。からかってるの」

「いいや。それは君の思い違いだ。どうやらこの教室の児童たちは私と同意見のようだね」


 頭脳明晰雷符らいぷニッツ君は沈着冷静にボクの言葉を受け止めた。


「どういうこと、ニッツ君」

「君は特異点なのだよ。能力値の高い児童ばかりの中で君だけが唯一平凡な人間だ。我々から見ればその平凡こそが際立った君の特徴なのだよ」


「そのとおり」

 高慢令嬢玲央名れおなルドさんが話に割り込んできた。相変わらず高慢だ。

「非凡な集団をまとめられるのは非凡ではなく平凡。それが可能なのは太郎君、あなたしかいないのよ」


「自分自身を信じてみるがいい。きっと生きる道が見えてくる」

 詩人の夜半下よはんげエテ君がリュートを奏でながらつぶやいている。


「つらいときには耳を澄まして。音楽はどこにでもあるのよ」

 音楽家真理赤まりあかラスさんが五線譜に音符を書きながらつぶやいている。


「お祝いに鱒ずしはどうだい、もぐもぐ」

 筋骨隆々手割しゅわるツネガア君が早弁の鱒ずしを食べながらつぶやいている。って言うか弁当どれだけ持ってきてるんだよ。給食もあるんだぞ。


「天才ばかりのクラスの中で平凡児童のオレが学級委員に選ばれた件について……ありふれた話しか書けそうにないわね、ふっ」

 文豪思永久しぇいくスピアさんがため息混じりにつぶやいている。余計なお世話だ。


「ね、佐藤君、わかったでしょ。誰もあなたをからかったりしていない。それどころか真剣に考えてあなたに投票したのよ。学級委員、引き受けてくれるわね」


 どうやらそのようだな。ここは先生の言葉に従うしかないだろう。


「わかりました。あまり自信はありませんが学級委員、頑張らせていただきます」

「はい、拍手―!」


 またも教室を拍手が包む。少し照れ臭くなる。


「それで次に学級副委員を決めたいのだけれど、これは委員が指名することになっているの。佐藤君、誰を副委員にしたい?」

「えっ……そんないきなり訊かれても」


 思わぬ質問に言葉が詰まる。どうしようと考えを巡らせていると教室のあちこちからクスクス笑いが聞こえてきた。


「先生、そんなの訊くまでもないでしょう。答えは黒板に書いてあります」


 高慢令嬢玲央名れおなルドさんに言われて黒板を見たボクは恥ずかしくて頬が熱くなった。そこにはこう書かれていた。


 佐藤太郎  39票

 五星華   1票


(なんてこった。ボクが華ちゃんに投票したのがバレバレじゃないか)


 全然気づかなかった。学級委員に選ばれたと聞かされて頭が真っ白になり、横に書いてある名前なんてまるで目に入らなかったのだ。

 慌てふためくボクを見てクスクス笑いの波が広がっていく。こうなったら仕方ない。小さな声で希望を述べる。


「副委員は五星いつつぼしはなさんにお願いしたいと思います」

「はい、喜んで」


 華ちゃんは元気に答えると席を立って教壇まで歩いてきた。


「レストランが忙しくてあまり手伝えないかもしれないけど、よろしくね、太郎君」


 右手が差し出された。服で拭ってその手を握る。黒髪からシャンプーの甘い香りが漂う。


「はい、拍手―!」


 拍手が好きだな、この先生は。でもこの状況、悪くない。どうやらボクの学園生活は思ったよりも桃色に染まりそうだ。


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