本当にこわいクリスマスケーキ2個 君はもう、だまされている(現代ドラマ)(2500字)

 クリスマスは終わったものの正月はまだまだ先。そんな中途半端な12月28日の昼、僕は先輩のアパートへ向かっていた。


 先輩は小学校で一学年上、中学校で一学年上、高校で一学年上、そして現在、大学では一学年上ではなく同級生である。僕は現役だが先輩は一年浪人してしまったからだ。

 同級生を先輩と呼ぶのもおかしな話だが、小学校の頃からそう呼んでいるので、今更別の呼び方を考えるのも面倒くさい。先輩も「よせよ、同級生だろ」などと反論したりもしないので、そのまま呼んでいる。


「こんちは~、先輩」

「おう、来たか。今日はすぐ食えるぞ」


 休日はいつも先輩の家で食事をする。その方が安上がりだからだ。今は冬休みなのでここ数日は毎日先輩のアパートを訪れている。

 もちろん帰省すれば食費は無料になる。しかし高額な交通費を捻出して実家へ帰るよりは、その金でトンカツでも食った方がいいだろうとの結論に達し、年末年始は帰省せずアパートで過ごすことになったのだ。


「へえ~、今日は先輩一人でおかずを用意してくれたんですか」

「そうだ。これを見ろ」


 食卓代わりのコタツの上には白い箱が二個置かれている。結構大きい。一辺が三十センチくらいありそうだ。どうやらその箱の中に昼食のおかずが入っているらしい。


「飯は炊き上がっている。味噌汁と漬物は昨日の残りだ。準備してくれ」


 茶碗にご飯を盛り、汁椀に味噌汁を入れ、漬物の入った器を冷蔵庫から取り出し、コタツの上に並べる。先輩が白い箱を両手でつかんだ。


「今日のおかずを見て驚くなよ」


 そう言ったままなかなか開けようとしない。先輩にしては珍しく勿体ぶっている。中に何が入っているのだろう。少しドキドキしてきた。


「それ、ご登場!」

「へっ?」


 驚いた。と言うより呆れた。箱の中から登場した本日の昼のおかずは丸いデコレーションケーキだった。


「あの、先輩、これってケーキですよね」

「そうだ。ケーキだ」

「ケーキって、ご飯のおかずにはならないでしょう」

「なる! 食え」


 強引である。ところでコタツの上にはもう一つ箱がある。そちらに期待したいところだが、


「あの、先輩、もうひとつの箱なんですけど」

「ふっ、気になるようだな。では見せてやろう。それっ」


 思った通りケーキだった。しかしこちらはチョコレートケーキだ。もちろんご飯のおかずにはなりそうにない。


「えっと、先輩。どうしてまたケーキをおかずにしようと思ったんですか。ホール丸ごとでこの大きさなら数千円はするでしょう。そのお金で肉でも買ったほうがよかったんじゃないですか」

「うむ。では説明しよう」


 と、誇らしげな顔で先輩が事の成り行きを語り始めた。

 昨夜遅く、一人のセールスマンがやって来たのだそうだ。そしてケーキの購入を勧められた。もちろん先輩がそんな勧誘に乗るはずがない。しかしセールスマンが提示したケーキの金額は一個三百円だった。


「安い!」


 さらに二個購入するから百円負けろとふっかけて、五百円で手に入れたのだった。


「どうしてそんなに安いんですかね」

「二十五日を過ぎると無価値になるからだ、と言っていたぞ」

「二十五日……」


 嫌な予感がしてケーキを観察する。どちらのケーキにも『Merry Christmas!』と書かれたチョコレート片が乗っている。予感的中だ。


「これ、クリスマスケーキじゃないですか」

「そうみたいだな」

「クリスマスは三日前に終わっていますよ。ちょっと待ってください、消費期限は……あれ、塗りつぶされて読めなくなっている」

「心配するな。それは新品だ。昨日入荷したばかりのケーキだと言っていたからな。そんなことより早く食おう。半分に切ってくれ」


 本当だろうかと思いながら包丁を突き刺す。こわい。ケーキにあるまじきこわさだ。クリームの上から指で突っ突くとスポンジはカチカチである。


「いや、これ絶対に古くなっていますよ。先輩、だまされたんですよ。新品のケーキがこんなにこわいはずないでしょう」

「そりゃそうだ。中古のケーキだからな」

「中古のケーキなら新品じゃないでしょう」

「中古のケーキを昨日入荷したのだ。昨日入荷したのなら新品だろう。新品な中古ケーキなのだ。文句を言わずに早く切れ」


 また先輩の謎理論展開である。仕方なく力を入れて切る。バサバサの断面には青カビが生えている。完全に食欲が失せてしまった。


「うむ、美味い。ほら、おまえも食え」


 先輩は何の躊躇もなくバクバク食べている。僕は首を振った。こんなケーキ、一万円もらっても食べたくない。


「いや怖すぎて食べられません」

「確かにこわいが堅焼き煎餅よりは柔らかいぞ」


 こわいの意味を取り違えているのは明らかだが、説明するのは面倒なのでスルーする。

 結局その日の昼は味噌汁と漬物だけで済ませた。夜は外食した。先輩は半日かけて二個のケーキを一人で全部食べてしまった。


 翌日、


「こんちは~、先輩」

「……うっ、すまぬ。体の調子が悪くてな。適当に適当なものを作って適当に食っていけ」


 先輩の顔は真っ青だ。少しやつれているようにも見える。きっと腹を壊したのだろう。ゴキブリ並みに頑強な先輩の消化器官も、消費期限切れホールケーキ二個の毒性には勝てなかったようだ。


「だから言ったのに。しょうがないですね、おじやを作ってあげますよ」

「かたじけない」


 その日は先輩と一緒におじやを食べて帰った。


 さらに翌日、


「こんちは~、先輩。あれ、元気そうですね」

「全快だ」


 完全に元の先輩に戻っている。消費期限切れホールケーキ二個の毒性も、先輩にはたった一日しか効果がなかったようだ。


「まだ調子が悪いかと思ってお見舞いの品を持って来たんですよ」

「ほう、何だ」

「ケーキです。ちょうどスーパーでケーキの百円バイキングをやっていたので買ってきました。今日はちょっと豪華に食後のデザートを楽しみましょうよ」

「ケーキ……」


 先輩の顔が心なしか曇った。滅多に見られない表情だ。


「いや、俺はいい。おまえ一人で食え」


 さしもの先輩も今回の件はかなり身にこたえたようだ。これにりて変な食べ物を買い込んだりしなければいいなあ、と僕は思った。





 このお話とよく似た題名の作品「本当はこわい話2 君はもう、だまされている」は、

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054881838525

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