十秒時間旅行者(SF)(2900字)


 私は超能力者だ。念動力、予知力、透視力、瞬間移動、ケガしてもすぐ治る体質など、超能力には様々な種類がある。私の能力は時間移動、タイムトラベルだ。


「ほほう、時間を自由に行き来できるとは便利な能力だ。実に羨ましい」


 と思われた方、半分正しいが半分間違っている。自由に行き来できるわけではないからだ。実は制限がある。私の時間移動能力は次のような特徴を持っている。


 一.現時刻からぴったり十秒過去にしか移動できない。

 二.十秒過去に移動した後は、自由に移動前の時刻に戻れる。その時、時間移動中に生じた私の身体への記録はそのまま保持される。


 一の項目にあるように十秒過去にしか戻れない。それ以外の過去の時刻、及び未来へは移動できない。ここで注意して欲しいのはあくまでも移動であり、時間を巻き戻す能力ではないことだ。


 二の項目により私には二つの選択肢が与えられる。十秒前の世界に移動した後、そのままそこに留まるか、もしくは元の世界に帰るか、このどちらかを選択できるのだ。元の世界へ帰る場合は時間移動後に体験した出来事や記憶は保持される。

 恐竜時代へタイムトラベルした後、恐竜と戦闘して傷だらけになりながらも、その時代の植物などを採取して現代へ戻って来る話がある。その時、過去から帰還した人物は傷だらけ、服はボロボロになっている。あれと同じだと思ってもらえればよい。


「移動が十秒に限定、しかも過去にしか行けない。なんてショボイ超能力なんだ。まるで役に立たない」


 そう感じた方、それは大きな間違いだ。正直なところこの能力を得た当初は私も同じ考えだった。が、使い方によっては一般的タイムトラベラーに勝るとも劣らぬ性能を発揮できる。その一例をお見せしよう。


「さて、そろそろ行くか」


 とある日曜の朝七時、私はアパートの一室にいた。部屋の中を早歩きで十歩移動し、素早く両親指を立ててこめかみに当てた。そして寄り目にする。傍から見れば極めて間抜けな見た目であるが、これが超能力発動のポーズだ。


「十秒時間移動、発動!」

 これが超能力発動のセリフだ。もっとカッコよく、

「Ten seconds time travel Go! 」


 とか言いたいものだが、日本語でしか超能力は発動しない。魔法に限らず超能力の世界でも、特殊能力発動の呪文は一音の間違いも許してくれない厳密なものなのだ。


「来たか」


 時間移動が完了した私に、ちょうど十歩離れた場所にいる私が話し掛けてきた。そう、十秒過去に戻ったのだから十秒前の私が部屋にいるのは当然だ。十歩歩いたのは移動後に移動前の私と衝突しないようにである。


「じゃあ、もう一回行くか」

「ああ」


 私と十秒前の私はさらに十歩歩くと、両親指をこめかみに当てて寄り目にし、同じセリフを叫んだ。


「十秒時間移動、発動!」

「来たか」


 時間移動が完了した私と十秒前の私は、それぞれ十歩離れた場所にいる十秒前の私と、十秒前の私が出会った十秒前の私から声を掛けられた。二人が同時に十秒前に時間移動したのだから、移動前の二人が部屋にいるのは当然だ。これで部屋の中には四人の私がいることになった。


「さてと、じゃあ始めるか」

「ああ」


 四人の私は部屋の隅に寄せておいたこたつを部屋の中央に移動させた。四人が揃ってやるものと言えば麻雀しかない。


「まだ朝早いから音に気をつけてな」

「ああ」


 私の注意に三人の私が返事をする。皆、私だけあって息がピッタリだ。

 こうして私の日曜日は三人の私と雀卓を囲むことから始まった。適当に休憩し、お茶を飲み、昼になったら用意しておいた四人分のカップ麺を食べ、少し昼寝をしてからまた麻雀を始め、おやつの大福餅を賞味し、やがて午後三時半になった。


「おい、そろそろ始まるぞ」

「わかっている。テレビをつけるぞ」


 四人の私のひとりがテレビをつけた。画面には馬が映っている。今日は日本ダービーの日。これから出走だ。麻雀の手を休めて私を含めた四人はテレビの画面に釘付けになる。

 ファンファーレ、ゲートイン、スタート、ぱっかぱっか、ぱっかぱっか、そしてゴール。


「万馬券は3連単だけか。ほぼ予想通りの着順だったから仕方ないな」

「うむ。それじゃこれで打ち切りにして戻るとするか。みんな、用意はできているな」

「ああ」


 麻雀牌を片付けたこたつの上に四人の私は同時に札束を置く。五十万円。現在の私の全財産だ。これは昨日ATMから出金したばかりの札束。時間移動の前に懐に忍ばせておいたものだ。四人の私が同じ服を着ているのだから、四人の私が同じ五十万円の札束を持っているのは当然だ。


「四人合わせて二百万円か。まるで錬金術だな」

「だが同時には使うのは危険だ。札の番号が同じなのだからな。で、一度も超能力を使ってない私は誰だ?」

「私だ。さっそくATMで別の札束と替えて来るよ」


 そう答えた超能力を使っていない私は、札束を懐にしまって部屋を出た。一旦ATMに入金し、別のATMで再度出金するためだ。こうすればその五十万円だけは一万円札の番号を変えられる。一年中二十四時間手数料無料の銀行を利用しているので日曜日でも安心だ。


「替えてきたぞ。じゃあ分配する。ひとり十六万円ずつだな」


 超能力を使っていない私が下ろしてきた現金を分配する。残り二万円が彼の手元に戻る。


「絶対に戻ってきてくれよ。私の全財産なんだからな。持ち逃げは無しだぞ」

「大丈夫だ。私が私を裏切るはずがない。それにおまえだって私がそんな卑怯な人間ではないと知っているだろう、私なんだから。じゃあ、帰るぞ」


 所持金が六十六万円に増えた三人の私は親指をこめかみに当て、寄り目にし、叫んだ。


「帰還!」


 これが元の時刻に戻る超能力発動のセリフだ。


「帰って来たな」


 私の前にはもうひとりの私がいる。四人になる前に二人で時間移動したのだから当然だ。


「うむ。さっそく競馬場へ向かうとしよう。君も首尾よく稼いできたまえ」

「ああ」


 そして私は両親指をこめかみに当て、寄り目をし、叫ぶ。


「帰還!」


 帰って来た。あの四人の中で私だけが移動を二回行っている。これで元の世界へ帰って来たわけだ。時計を見る。午前七時。そう超能力を発動する前の時刻だ。


「過去へ行く能力しかなくても未来と現在を往復できる。実に簡単な話だ」


 過去へ戻るのは十秒前。その移動先で十秒以上の時を過ごせば、それ以降は未来の世界。自由に未来の情報を得ることができる。だが帰還するのは能力を発動した時刻、つまり過去。結局未来へ時間移動し帰って来るのと同じ現象を引き起こせるのだ。


「さて、私も競馬場へ向かうとするか」


 懐に手を入れる。六十六万円の金。その気になれば全レースに賭けて大金を儲けることもできるだろう。だが私はそんな愚かなことはしない。大金は人を幸せにはしないとわかっているからだ。

 それにこの六十六万円のうち十六万円は複製品扱いされるべき紙幣だ。移動先の私がATMから出金してきた金は、この世界ではまだATMの中にある。つまり同じ番号を持った紙幣が存在しているのだ。大っぴらに使うわけにはいかない。


「人生何事もほどほどが一番だ。次からは自分の金だけを使うことにしよう」


 未来では所持金が二万円になってしまった私が待っている。競馬で稼いで早く金を持って行ってやろう。私は外に出ると足早に駅へ向かった。

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