異世界で料理屋が繁盛したので自世界でも開いてみました(グルメ)(2300字)

 花板はないた君は駆け出し料理人だ。と言っても下積みの経験はない。会社勤めをしながら趣味の料理を独学。時々公民館で開かれるお料理教室や、手打ちそば体験ツアーなどに参加して料理の腕を磨き、脱サラ開業セミナーで経営のノウハウを学び、社内預金で資金をコツコツ貯め、遂に自分の料理屋を開く機会を持った。


「よし、異世界に店を出そう」


 異世界の客は味にうるさくない。どんな料理でも喜んで食べてくれる、これは料理人の間では定説となっている。


「うん、予想どおりだ」


 異世界に出した和風料理屋は大繁盛。一年も経たないうちに開店時の借金はすべて返済、二号店も視野に入る状況となった。


「二店目は地元関西に出そうかな」


 大繁盛と言ってもあくまで異世界での話。自分の属する自世界で名を上げねば真の成功とは言えない。二軒掛け持ちは重労働ではあったが、二名の板前見習いを雇用することで何とか二軒目の開店にこぎつけた。


「いらっしゃいませ!」


 開店初日、客の入りはまずまずだ。張り切る花板君。が、思いも掛けない声が聞こえてきた。


「なんだよ、このうどんは。全然味がしないじゃないか」


 花板君は驚いた。自分の料理にケチをつけられたのは初めての経験だ。


(薄味の良さがわからないとは、異世界ではあり得ない話だな。向こうには存在しない醤油や昆布だしや鰹節を使って料理をしても、「こんな味は初めてだぜ。うまいうまい」とみんな喜んで食べてくれるのに。たかが味の濃淡くらいで文句を言うなんて。ひょっとしてクレーマーか)


 どう対処しようか迷いながら調理を続ける花板君。客はぶつくさ言いながらうどんを食べている。すると他の客が口を出してきた。


「おい、兄ちゃん、あんた東京もんか。こっちではなあ薄味が当たり前やねん。関東の醤油ドブドブなうどんなんかと一緒にせんといてもらいたいわ」

「ちっ、これだから関西人は嫌なんだよ。どうせ調味料をケチっているんだろう。しみったれた奴ばかりだ」

「なんやその言い草。喧嘩売っとんのかワレ」

「お、お客さん。他の皆様の迷惑になりますからお静かにお願いします」


 険悪な雰囲気に慌てふためく花板君。しかし事態はさらに悪くなった。こんな声も聞こえてきたからだ。


「なあ~にい~、この定食の味噌汁、白味噌だがね。味噌汁には赤味噌使わないかんでしょう。何を考えとりゃーすの」


(今度は味噌か。豆味噌の味噌汁なんて中部圏だけでしか飲まれていないだろう。井の中の蛙とはこのことだな。異世界では焼き魚しか食べたことがない客に刺身を出しても「生魚の旨さに目覚めたわい、わっはっは」とか言って喜んで食べてくれるのになあ。たかが味噌が違うくらいで文句を言うなんて、自世界の人間は本当に味オンチだな)


 苦々しく思いながら調理を続ける花板君。またも他の客の横やりが入る。


「あのなあ、そこのお姉はん。豆味噌なんてトンカツやおでんに塗るだけの単なる調味料ですやろ。汁ものには合いませんのどすえ」

「何たわけたこと言うとりゃーすの。赤だしの味噌汁知らんの? おちょけるのもたいがいにしなかんよ」

「あらあら、ほなら名古屋人はトンカツソースを湯で薄めて飲むのでっしゃろか。あてらにはとても真似できやしまへんなあ。ほっほっほ」

「でらムカつく! おみゃーさん、何様のつもり!」

「お、お客さん。他の皆様の迷惑になりますからお静かにお願いします」


 先程と同じセリフを繰り返す花板君。しかし事態は輪を掛けて険悪になった。こんな声も聞こえてきたからだ。


「ちょいと、なしてこのトコロテン、甘いのさね。トコロテンは酢醤油で食べるもんでねえのけ」


(やれやれまた味付けの文句か。異世界では獣肉しか食べないオッサンに納豆と生卵とイカの塩辛を混ぜた酒の肴を出したら「おう、刺激的だぜ!」とか言いながら喜んで食べてくれたっけ。どうしてこの世界の住人はこうも自分の味にこだわるのか。困ったもんだ)


「そこのおばはん、こっちじゃトコロテンに黒蜜は当たり前田のクラッカーやねん(死語)黙ってっとき」


 強面こわもての兄ちゃんにそう言われ、トコロテンご婦人は嫌そうな顔でトコロテンをすする。


 それ以降も「あれれ、この茶碗蒸し、栗の甘露煮入れさってないんですけど、どゆこと」とか「広島焼きとはなんじゃい。広島風お好み焼きじゃろうが」などと、料理屋の店内は不平不満の声と、それを咎める声と、それに逆らう声で溢れかえっている。


「ああー、もううんざりだあー!」


 花板君はすっかり嫌気が差してしまった。異世界とは違い過ぎる。口にしたことのない食材、生まれて初めての味付け、考えられない調理方法、そんな料理でさえも異世界の住民は喜んで食べてくれた。それに比べて自世界の住人たちのわがままは我慢の限界を越えている。


「これこれ、そこのお若いの。投げやりになってはいけませんぞ」


 カウンターでひとり酒を飲んでいた老人が話し掛けてきた。


「一日の仕事を終え、ひと時の安らぎを求めて料理屋に入ったお客人を満足させるもの、それは美味い料理ではない。自分たちが慣れ親しんだ味の料理なのじゃよ。例外なくすべての舌を唸らせる一品などこの世には存在しない、そう思っておったほうがよいのではないかな」

「はあ、ご忠告ありがとうございます」


 と答えてはみたものの花板君は完全に諦めていた。


 翌日、自世界にオープンした花板君の店のシャッターには「閉店のお知らせ」が貼られていた。異世界に行けば何を出しても喜んで食べてくれる客がいるのだ。自世界で無理に頑張る必要はない、それが花板君の出した結論だった。


 その後、花板君は異世界一本で頑張り、着実に店舗を増やし、ちょっとは名の知れた料理人となり、それなりの財を築いて一生を終えたそうだ。めでたしめでたし。

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