太陽電池自動運転君(ホラー)(2300字)

 皆様もご存知の通り、最近の自動車技術の進歩には目を見張るものがありますね。既に国内の自動車のほぼ10割が自動運転化され、燃料を一切使用しないオール電化自動車の普及率は5割に達しています。


 交通事故は激減し、損害保険会社は事故部門の事業を縮小、警察は交通課の人員整理、交通事故専門の弁護士は新規顧客獲得のため他の業務を猛勉強と、社会的にも大きな変化が起きつつあります。


 そんな車天国の現代、私はひとつの噂を耳にしました。

 それはとある山奥の小さな湖に関する噂です。

 幽霊自動車……人々はそう呼んでいました。

 一台の車が湖を取り巻く道路を何日も走り続けていると言うのです。


 他愛もない作り話、そう思いつつも不思議な話を聞くと居ても立ってもいられなくなる性分。秋の連休を利用して私は湖のある村を訪れることにしました。


「目的地まで30分です」


 カーナビの音声が知らせてくれます。私の自動車も言うまでもなく自動運転。ここ数年、乗車中にハンドルを握ったことがありません。小型ディスプレイで動画を鑑賞したり、居眠りをしたりして過ごすのが当たり前になっているのです。


「ここで停車します」


 突然車が止まりました。まだ湖は見えていません。カーナビの地図を見ても湖畔までは数キロほどあります。


「いや、ここはまだ途中だろう。先へ行ってくれよ」


 カーナビに文句を言うと申し訳なさそうな声が返ってきます。


「この先は舗装されていない砂利道です。この車はオフロード仕様ではありません。よってこれ以上先へは進めません」


 面倒な話です。だからと言って自分で砂利道を運転する自信はありません。仕方なく私は車を下りて、湖への林道を歩き始めました。


「まるで小学生の遠足気分だな」


 その日は秋晴れの清々しい日和でした。木々を吹き抜けて来る風は涼しく、遠い昔、級友たちと歩いた遠足の楽しさを思い出させてくれます。心地良い疲労を感じながら歩き続け、やがて湖畔にやって来ました。


「車は……どこにも見えないな」


 私は車から持参したペットボトルを口に当てました。渇いた喉を緑茶が癒やしてくれます。静かです。車はもちろん人も鳥も見えません。湖面には波もなく、まるで鏡のように空の青さを映しています。


「しばらく待つとするか」


 地図で確認した湖の周囲長は20キロほど。もし本当に車が走っているのなら一時間もかからずにやって来るはずです。私は道端にある平らな岩の上に腰を下ろしました。


「あれは……」


 それほどの時は必要ありませんでした。南の方角に、小さな、まるでカブトムシのような車影が見えてきたのです。音がほとんど聞こえてこないので、オール電化自動車と考えてよさそうです。


「しかもソーラー型か。あそこまでパネルに覆われているのは初めて見るな」


 十年ほど前、超高効率な太陽光起電力を持つ結晶が開発されたことにより、ソーラー電池の有用性は飛躍的に高まりました。ただ車への搭載はあまり進んではいませんでした。充電に要する費用とは比較できないほどパネルの価格が高かったからです。そのパネルをこれほど大量に搭載している車など、これまで滅多にお目にかかったことがありませんでした。


「どこかのメーカーの試作車か、それとも車好きの金持ちの道楽か……」


 時速は30キロほどでしょうか、車はゆっくりと近づいていきます。私はデジカメを取り出してレンズを車に向けました。


 ――ウィーーーン……


 砂利道を走っているのが信じられないくらい静粛な駆動音を残して、その車は私の前を通り過ぎて行きました。ここまで何時間もかけてやって来たのが馬鹿らしくなるくらい、呆気なく、そして当たり前な日常の一コマでした。


「どこが幽霊自動車なんだ。何の変哲もない車じゃないか」


 それでも何か見落としたことがあるかもしれない、そう考えた私は数枚撮った写真をディスプレイに映して一枚ずつ眺めました。やはりありふれた車です。が、不意にあることに気付きました。運転手の姿が見当たらないのです。フロントもサイドも車の窓ガラスは透明ではなく、UVカットのスモークフィルムが貼られていたので、直に見た時には気付かなかったのです。


「いや待てよ。違うぞ、何かが映っている」


 運転手とは思えない、しかし、何かがそこにある……私は画像を拡大して念入りに調べました。そしてその正体が分かった時、私は驚きの声を上げました。


「こ、これは、髑髏じゃないか」


 そうです。本来運転手の顔が見えているべき場所に見えていたのは、二つの暗い眼窩を穿たれた髑髏でした。ハンドルを握っているのは骨と化した指です。


「どうして、こんなことが……」


 が、その理由は考えるまでもなく明白でした。恐らく運転手は湖畔を周回するように自動運転のプログラムを組み、その途中で息絶えてしまったのです。新しい命令が来ないので、自動運転はそのままプログラムを実行し続けている、ただそれだけのことなのでしょう。


「しかも、あれだけのソーラーパネルだ」


 屋根だけでなく側面にまで貼られたパネル。蓄電池も高容量のものを使用しているとすれば、ほぼ半永久的に電力を賄えるはずです。

 主人が息絶えてしまったことも知らず、その死後も忠実に命令を守り続ける自動運転車、それが幽霊自動車の正体でした。


 私はカメラを仕舞うと湖を眺めました。何日も何カ月も、もはや生きてはいない主人を乗せて走り続ける自動運転車。しかし、それもいつかは終わる時が来るはずです。その時こそ主従ともども安らかな眠りにつける時、それまではこのまま走らせてあげておいた方が幸せなのかもしれない……秋晴れの空を見上げながら、私はそんなことを思っていました。

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