振られて始まる告白生活(ラブコメ)(4400字)
決めた。明日、彼女に告白する。
高校二年に進級した時から気になっていた彼女。
何度も告白したいと思いながら今日までズルズル来てしまったのは、
「振られたらどうしよう」
これが最大の要因だ。
拒絶されたら恥ずかしい、もう今までのような付き合いはできなくなる、きっとよそよそしくなるに決まっている、同じ教室にいることさえ辛くなる……
振られた後に訪れるであろう後悔と失意の日々を妄想しただけで、告白の勇気は塩をかけられた青菜のようにヘナヘナと萎んでしまうのだ。
だが、夏休みが終わり、秋の彼岸が終わり、朝晩がめっきり冷え込み始めた頃、妹から放たれた一言がボクの勇気を奮い立たせた。
「えっー、お兄ちゃん、今年のクリスマスも家で過ごすの。高校生にもなって恥ずかしいなあ。クリスマスを家族で祝うのは中学生までだよね。ぷーくすくす」
生意気にも中学二年の妹は彼氏持ちである。昨年のクリスマスイブは彼氏と一緒に楽しい夜を過ごしたらしい。その時にも似た言葉を聞かされた。
クリスマスまであと三カ月。このままでは今年も楽しいホームパーティになるだろう。そして妹からは更に辛辣な言葉を浴びせられるだろう。
「やる。今年こそは彼女と二人でクリスマスイブの夜を過ごすんだ」
翌日の放課後、ボクは通学路の途中にある公園にいた。ポケットには昨晩夜中までかけて書き上げた熱烈ラブレターが入っている。彼女もボクも帰宅部。そして彼女は今日掃除当番。当番でないボクは一足先に校門を出てこうして待っているのだ。
「来た!」
彼女がひとりで歩いてくる。周囲に他の生徒はいない。チャンスだ。ボクは歩道に飛び出ると彼女に話し掛けた。
「あの、ちょっといいですか」
「あ、はい」
歩道から公園へ入るボクの後ろを黙って付いて来る。この素直さも彼女を好きになった理由のひとつだ。ボクはベンチの横に立つとポケットから封筒を取り出した。
「これ、読んでください」
「ごめんなさい。受け取れません」
即答である。もはや二の句が継げなくなって凍り付いているボクに頭を下げると、彼女は足早に公園を出て行った。
「う、嘘だろ、誰か嘘だと言ってくれー。うわああ、恥ずかしい、信じたくない、なかったことにしたいー! うわああああー!」
頭を抱えて絶叫する。世界がグルグル回っている。闇がボクを包む。気が付くとボクは自分の部屋にいた。
「あれ? いつの間に帰って来たんだ」
おかしい。制服ではなく私服を着ている。時計を見る。時刻に不自然さはない。だが日付が違う。前日になっている。
「……戻っている。前の日に戻っている。そうか、分かったぞ。これはボクの能力。女子に振られたら前日に戻って何もなかったことにしてくれる、時間巻き戻し能力が発動したんだ!」
振られることへの怖れや不安や懸念、ボクの中に堆積したこれらの感情が、実際に拒否の言葉を聞かされた瞬間、奇跡的な能力をボクに与えたのだ。うん、そうに違いない。
こうなれば振られることに怯える必要はない。何度でもやり直しが利くのだから。
さっそく二回目の告白の方法を考える。前回は受け取ってさえもらえなかった。まずは相手に渡すことを考えよう。う~む……
「そうだ。別の物を渡すついでにラブレターも渡してしまえばいいんじゃないか」
ボクはスーパーへ走った。柿が大安売りである。これにしよう。そしてまた夜中までかかって熱烈ラブレターを書いた。
次の日、と言うか前回告白に失敗した日、ボクは同じように公園で待った。来た、彼女だ。
「あの、ちょっといいですか」
「あ、はい」
前回とまったく同じだ。ボクは紙袋に入ったまま柿を差し出す。
「実は田舎から柿を送って来たんだけど、三十キロもあって、家族だけじゃ食べきれなくて、こうしてご近所や友達に分けているんだ。よかったらもらってくれないかな」
「ありがとう」
素直に受け取ってくれる。本当にいい子だ。
「あら、これは何かしら?」
柿と一緒に紙袋へ入れておいた封筒に気が付いたようだ。
「あ、それ、よかったら読んでくれないかな」
「ごめんなさい、これは受け取れません」
突き返してきた。だが、今回はすぐには引き下がらない。
「どうして? 読んでくれるだけで返事はいらないよ。それとも読むのも嫌なくらいボクが嫌いなの」
「ううん、そうじゃなくて文章では本当の気持ちは伝わらない気がして。まるで小説を読んでいるような空々しさを感じるから」
彼女は封筒をボクに押し付けると、柿の袋を抱いて足早に去って行った。
「あ~、また失敗だあ~」
と絶叫して頭を抱えたボクは、気が付くとまたも前日の自分の部屋にいた。
「やり直そう。もう小細工はやめだ。直接言葉で伝えてやる」
翌日、と言うか二回告白に失敗した日、今度も公園で彼女に向かい合った。
「あの、それで、何の用ですか?」
と訊かれてもすぐには言い出せない。さすがに面と向かって言葉で告白するのは照れる。しかし失敗しても何度でもやり直せるのだ。ボクは覚悟を決める。
「好きです。四月に同じクラスになってからずっと好きでした。付き合ってください」
「い、いきなりそんなことを言われても……私のどこが好きなの?」
まずい、それは考えていなかった。返答できないでいるといつもの言葉が返ってくる。
「そんな軽い気持ちで好きだなんていう人とはお付き合いできません。ごめんなさい」
そして足早に去っていく彼女。またしても失敗だ。絶叫する間もなく前日の自分の部屋に戻っている。
「今度はきちんと理由を考えておかなくちゃ」
四度目の正直。再び公園で彼女と向き合ったボクは好きな理由を延々と述べる。
「最初に見た時から好きでした。落ち着いて清楚で理知的で、それでいて高慢な感じはなく、誰にでも優しく、決して怒らず、かといって媚びることもなく静かで穏やかで、まるでゆるやかに流れる大河の如く……」
「あの、自分の言葉で話してくれませんか。そんな取って付けたような説明を聞かされても何も伝わってきません。ごめんなさい」
去っていく彼女の後姿を眺めながら肩を落とす。またも失敗だ。
前日に戻ったボクは一旦頭を冷やすことにした。今のところ、ボクに対する彼女の好感度はかなり低いようだ。これをもう少し上げないと、どんな方法で告白してもうまくいかないだろう。
「だけど、好感度を上げるって言っても……」
身体能力平凡、知能指数平凡、成績は中の中。何の取柄もない平凡な高校生、それがボク。だからこそ今まで彼女もできなかったのだ。何の打開策も打ち出せないまま時は流れる。やがて中間試験が近づいてきた。ここでボクは閃いた。
「そうだ、これだ。前日への巻き戻し能力を使えば全科目満点も夢じゃないぞ」
試験当日、全問題をできる限り記憶する。その後で告白するのだ。そうすれば前日に戻って翌日の試験に向けた対策を立てられる。学年で一番になれば彼女もボクを見直してくれるはずだ。
「ところで告白失敗って誰でもいいのかな。妹で試してみるか」
妹の部屋をノックする。ドアが開いて妹が顔を出した。胡散臭そうな目付きでボクを見ている。
「妹よ、愛している。付き合ってくれ」
言い終わる前に妹の平手打ちが左頬に炸裂した。
「この変態! お母さーん、お兄ちゃんが変―!」
リビングに向かって駆けていく。巻き戻しは……起こらない。どうやら彼女でなければこの能力は発動しないようだ。
試験当日がやって来た。ボクは解答を書きながら必死で問題を暗記する。終了した後、いつもの公園で彼女と向き合う。
「何ですか? 早く帰って試験勉強をしたいのですけど」
うむうむ、分かっているよ。でも大丈夫。前日に戻ったら君にも試験問題を少し教えてあげてもいいよ。そっちの方が好感度が上がるかも、などと考えながらボクは告白する。
「ずっと君が好きでした。付き合ってください」
「……ああ、これでもうお仕舞いです。ごめんなさい」
お仕舞い? 何を言っているのだろう。よく分からないがとにかく告白は失敗だ。これでボクは前日に……あれ、戻らない、ボクはまだ公園に突っ立っている。どうして。今まで戻っていたのにどうして。
「何故だよ、なんで戻らないんだよ。発動しろ! ボクの巻き戻し能力」
「いいえ、それはあなたの能力ではありません。私は覚えていますよ。ラブレター、柿、空々しいセリフ。これまでのあなたの告白は全部」
凍り付くように冷たく響く彼女の言葉。ボクは声を震わせながら訊いた。
「じゃ、じゃあ、あれは、君の能力」
「そうです。誰かが私に告白すると、全ては一日前に戻るのです。私の返事にかかわらず」
「返事にかかわらずだって。それならもし君がOKの返事をしても前日に戻ってしまうのかい」
「あなたの真意に疑念を持ったままOKすればそうなります。ただ、巻き戻しが起こらない場合が二つあります。ひとつは告白者の愛情を心の底から私が受け入れてOKした場合。もうひとつは断られる事を期待して告白された時です。今回がそれに当たります」
ボクは心臓を鷲掴みにされたような気がした。拒絶を期待して行った告白、それはもう告白とは言えない。
「ご、ごめん、試験で良い点が取りたくて、それで……」
「謝らなくてもいいですよ。みんなそうでした。成績を上げたい、宝くじを当てたい、試合でミスをしたのでやり直したい……そう、誰もが最初は私に好意を抱いて告白してくれます。けれどもやがてその関心は時間の巻き戻し能力に移っていくのです。そうして私がその人の本心を心底信じられるようになる前に、誰もが虚偽の告白をしてしまう……ずっとそうでした。そしてこれからもずっとそうなのだと思います」
「もう一度、もう一度チャンスをくれないか。今度はきちんと君のことだけを考えて告白する。だからもう一度だけ……」
「いいえ、それはできないのです。言ったでしょう、これでお仕舞いだと。一度虚偽の告白をしてしまえば、その人物に対しては二度と時間の巻き戻しは起きません。そして私自身も二度とその人を信じようとは思わないでしょう」
彼女の表情はいつもと変わらず穏やかだった。だがボクはその時ようやく気づいたのだ。彼女が何もかも諦めていることに。彼女の能力以上に彼女本人を愛せる男など決して存在しない、そう感じていることに。
「あなたにはもっと相応しい女性がいると思います。私のことは忘れてください」
彼女はいつものように優しい口調でそう言うと公園を出て行った。吹いて来た晩秋の風は涙が出るほど冷たかった。
* * *
ボクは相変わらずボッチな日々を送っている。今年のクリスマスイブも妹に罵倒されながら楽しいホームパーティで過ごすことになるだろう。でもそれも仕方ないとすっかり諦めている。
彼女は変わらない。いつも静かで控えめで、誰に対しても親切で優しく、そしてボクと同じく今年も家族と一緒にクリスマスイブの夜を過ごすのだろう。
そんな彼女を眺めながら、ボクは心の中でひっそりと願う。いつか彼女が心底信じられる男が現れますように、その男と二人だけで楽しいクリスマスイブの夜を過ごせますように、と……
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