第6話

 がちゃり、と音を立てて、銃口がこちらを向いた。

 見たことのない形状だ。その右腕に直接埋め込まれているような、少しグロテスクな外見。銃口自体も先ほど見たショットガンよりずっと大きい。銃、というよりは、砲に近いものなのだろう。引鉄があるようには見えない。ということはおそらく脳からの命令で体を動かすかのごとく発射する類のもので、ならばこれが彼の武装端末だと考えていいだろう。

 ただそんなことよりも、彼の髪型の方が気になって仕方がない。なんていったって、モヒカンだ。しかも金色。昨今漫画や小説でしか見かけないような、それでいて自己主張がやや控えめのモヒカン。ソフトモヒカン、というのだろうか。とはいえ、髪型を指摘していいような場面じゃないことはわかる。こういうのってデリケートな問題だったりするし。


 そこまで考えてから俺は両の手のひらを開いて顔の横に掲げ、分かりやすく降参の意思を示しながら口を開いた。


「ええっと、初めまして」

「……頭沸いてんのかテメェ」


 普通に挨拶をしたつもりだったのだけれど、それが気に食わなかったのかあるいは無意識に視線が髪型へ向かってしまっていたのか、苛立った様子でトレインジャック犯たる男は銃口を俺の額に押し当てた。バンダナ越しに硬質な金属の感触が伝わって、俺は小さく身じろいだ。

 無茶はするな、と二度も言われている。


「別に危害を与えるつもりはないですし、そんな力も無いんで……ちょっと落ち着いて会話しません?」

「お喋りに付き合うつもりはねぇ、失せな。――テメェらみてぇな人間サマの家畜共を、革命のための尊い犠牲に昇華してやろうっつってんだ。おれたちに感謝するかその辺でブヒブヒ言ってろ」


 おぉっと、そうきたか――なんて思いつつ、『遠隔感応』で彼の記憶を片端から読み取っていく。昨日の決起集会、三日前に仲間内での爆弾制作、二週間前に"革命軍"とやらを作って――数年前の、お姉さんの死。どうやらこれが動機ってやつらしい。見かけによらずシリアスな理由だ。正直、それ以上の感想はないけれど。


「まぁまぁ、そう言わずに。あなたがたの計画はつつがなく進行しているんでしょう?ちょっとくらいお話させてもらえません?」

「……ほんとになんなんだテメェは。この状況で一体なんの話があるっつーんだよ」

「そうだなぁ。貴方のお姉さんの話とかどうです?人間に慰みものにされて挙句に"処理"された、貴方の2つ上の――生きていたら今日が21歳の誕生日だったお姉さんのお話」


 刹那。

 男は目を見開いて――同時に、銃と同化した右腕が強張った。それを支える左手が小刻みに震えている。能力を使うまでもなく、動揺が見て取れた。

 青ざめた顔面で必死に平静を取り繕って、男は言う。


「"テレパシスト"か」

「正確にはサイコメトリーとのハイブリッドですけどね。――ああ、待って待って。言ってるでしょ、危害は加えないって」


 なんて。

 落ち着けと言われて落ち着ける人ってあんまりいないんだけれど。


「復讐ですか?お姉さんの敵討ち。悔恨を晴らすための弔い合戦。まるで物語みたいな話だなぁ」

「知った……知ったような口を!テメェになにがわかるってんだ!おれたちのなにがわかるってんだよ!!」


 堰を切ったように、あるいは箍が外れたように、また歯止めが聞かなくなったみたいに。

 男は右腕を振り回し、左手で胸元をきつく握り締めながらそう叫んだ。恐慌と、怒り。ダイレクトに叩きこまれるそれらの感情に弱い目眩を感じて、俺は能力を閉じた。

 どうせもう必要のない力だ、構わない。

 一方で男は未だ冷静さを取り戻せずに、聞いてもいないことを喚き散らしている。


「どいつもこいつも……!復讐はなにも生まないだとか、そんなこと姉ちゃんは望んでねぇだとか言いやがる!!うっぜぇんだよ綺麗事ばっか吐きやがって!そんなことはなぁ、被害者になったことのねぇヤツだけしか言えねぇんだよ。火事の起きてねぇ対岸で生きてっからそんな無責任なことが言えんだ!殺されたんだ、姉ちゃんは殺されたんだ。苦しい悔しい痛い助けて許してって思いながら死んだんだ。なのに姉ちゃん殺したヤツは生きてんだ、おかしいだろうが!!おかしいことはおかしいって言うべきなんだよ殺したヤツは殺されるべきだ!無関係な人間を巻き込むな?知ったことかよそんなもん!これは大いなる復讐だ、それと比べりゃあてめぇらなんぞ1銭の価値もねぇ命だろうがぁ!!」


 言い切って、吐き出して――言葉を失ったのか、そこで彼は静かになった。ゼェゼェと肩で息をして、まだ何か言いたげに口を動かしている。しかしその喉から明確な言葉は出てこない。出てこなかったから、今度は俺が口を開いた。


「あのさぁ……俺は別に君の復讐を否定してないじゃない?」

「あ、ぁ?」

「なにも生まない?お姉さんは望んでない?そりゃあそうだよ。復讐って初めからそう言うものじゃないか。どこまでも自己満足でどうしたって自己完結だ。生産性も追悼の意も、問うだけ無駄だよ。だから、」


 俺が一歩前に踏み出せば、ほとんど反射的に彼は後ずさった。大して常識はずれなことは言っていないだろうに、そんなに彼の周囲の人間は善人ばかりだったのか。


「俺は君の復讐を否定しない。もちろん君の境遇を理解はできないけれど、殺すべきだと思うのならそうすればいい。権利資格の話をするなら、遺族である君にはお姉さんの仇討ちをする権利があるともいえる。いいんじゃない?復讐すれば。無関係な人間を巻き込むなとも言わない。そもそも俺には、無関係と有関係で命の重さが変わるのかの判断がつかないんだ。全部同じに見えるからね。ただし、」


 俺と男との間にある距離は、いまだ一定を保っている。おぼつかない足取りで、それでも男は後退していた。怯えているというよりも、おそらくは単純に動揺が限界点を越えたのだろう。ここに彼の仲間が一人でもいれば、すぐに立て直せたのかもしれない。

 しかしここにいるのは、俺と彼との二人だけ。

 そして付け加えれば、俺だってただの囮に過ぎないのだけれど。

 そんなことは知りもしないその男は右腕をだらりと下ろし、焦点の定まらない目で俺を見た。


「君のためとか君のお姉さんのためとかで死ぬ気は無いんだ、ごめんね」


 そのうちにバランスを崩した男が座席の背もたれに手をかけて、体を支える。

 瞬間、意識していなければ気がつかない程に小さな、空間を裂く音がして。

 男の背後に『瞬間移動』で現れたルカさんが、その側頭部に鮮やかな回し蹴りを叩き込んだ。


『念動能力』を併用していたのかもしれない。男の決して華奢ではない体が座席の隙間に吹き飛び、鈍い音とともに壁へと衝突する。

 完璧な奇襲。

 ルカさんの元へ駆けよろうとした俺に、しかし彼は男から視線を外すことなくいつもより数段平坦な声で答えた。


「離れてろ、まだ動く」


 言うが早いか、ルカさんの手からハサミが消える。次いで男の絶叫が響いて、俺は思わず両耳を塞いだ。

 数秒おいて、ゆらりと、力無く男は起き上がる。右腕――銃身の中央あたりに、先ほどのハサミが深々と突き刺さっていた。なるほどあれなら銃撃は封じられただろう。ただし、銃というのは飛び道具でありながらも、普通に鈍器として扱える優れものだ。

 出血と痛みと、もしかしたら脳震盪くらいは起こしているのかもしれない。時折ふらつきながらそれでも男はしっかりと両の脚を地面について、ルカさんを睨みつけた。その目に、もはや動揺の色は無い。


「邪魔を、するな。……邪魔を!するなぁアアアア!!!!」


 咆哮。それから男は大きく右腕を振りかぶり、ルカさんの脳天を狙って勢い良く振り下ろす。片足を退いてそれをかわした彼に、今度はその右腕を横薙ぎに払って距離をとらせて、男は逆の手を懐に突っ込んだ。

 続いて、ボタンを押し込む軽い音。

 けれど、男が思い描いていたような地獄絵図は広がらない。

 俺は水底に沈んでいる爆弾と、それからあいがなんとかしたであろう数個の爆弾を思って――男も同種の結論に至ったのだろう。舌打ちを1つ漏らすと、取り出した起爆装置を床に投げつけた。

 そうして、ぐるりと俺を見る。


「テメェのせいだな、全部。全部テメェが仕込みやがったな。ざけんなよ。おれの、おれたちの復讐を、よくも」


 男の足が、床を蹴った。


 まだそんなに動けたのか、なんて他人事みたいに感心していた俺と、トドメを刺しに動いたルカさんと。

 殺気立って駆け出した男とが、丁度"一直線上からズレた"その瞬間。

 背後のドアが、静かに開いた。



 振り返る――暇もない。

 どころか、男が反応を示すよりもずっと早く、俺の顔の横で何かが風を切った。

 その正体を知ったのは、男の肩あたりに"それ"が突き刺さった後のことである。


 矢。


 当たり前にプラスチック製の玩具ではなく、木と鉄とで出来た本物の。

 二度目の絶叫が轟き、そこでようやく俺は振り返った。

 ドアの先。正確に言えば2両目と3両目の連結部に立つ、弓を手にした少女。彼女――和佐ソラは次の矢をつがえたまま弓を下ろして、短く自身の相棒の名を呼んだ。


「ユーリ」


 それに応えるかのように駆け出した人影が、脇目もふらず俺の隣を走り抜ける。男は慌てて態勢を立て直したものの、到底間に合うはずもない。

 一方で人影は男の1メートル程手前で体を縮め、下から上へと男の腹部めがけて拳を突き上げる。

 視界の端で、ルカさんがさりげなく二人から距離を取るのが見えた。


「必ぃっ殺!なんかすごいパーンチ!!」



 ――かくして。

 信念を持ったトレインジャック犯達の崇高な革命計画は、舞台の裏側などまるで知らない少女"眠谷ユーリ"の一撃によって幕を閉じたのだった。

 そして、先頭車両のドアを開けた張本人たるあいは、後に笑顔でこう語る。


「言ったでしょ?

 この先の展開は知っている、って」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る