第5話

 轟音。

 しかしそれよりも早く、ルカさんは動いていた。

『瞬間移動』か『念動能力』か、そのどちらかを使い一瞬にして距離を詰めると、伸ばした左手で力任せに銃口を払う。予想外の反撃に遭いされるがままに逸らされた照準は乗客の頭蓋ではなく通路に置かれたゴミ箱を捉え、銃口から吐き出された弾丸がアルミ製のゴミ箱を凹ませる。

 相手――おそらくこの騒動を起こした男は即座に銃撃を諦め、手にしていたショットガンを床に放ると車両内へ踏み込んだ。たん、とバックステップで一度距離を取ったルカさんの顔の横を、男の重そうな拳が通り過ぎて。

 その腕に掌を軽く添え、ルカさんはその場で身を翻した。膝をついて重心を下げ、男の拳の勢いを削ぐことなく力の向きを変える。

 俺の目で追えたのは、そこまでだった。

 その後何がどうなったのか、あるいは何をどうやったのか、男の両足が浮いて。次の瞬間、ぐるりとその巨体が空中で一回転した。

 体が床にたたきつけられ、男の口から息が漏れる。

 受け身も取れずに思い切り頭を打ったのだろう。ぴくりとも動かない男を見下ろすルカさんの頭上に、カグラさんの拍手が降る。


「お見事。えらいえらい」

「どーも。で、こいつで最後ですかね」

「さぁ?それはハル君に聞いてもらわんと」


 こちらに集まった視線を受けて、俺は『遠隔感応』を起動した。先頭車両を中心にあいが向かった後方の車両までを範囲に入れ、片端からそれらしい人物を探していく。すると、恐怖、動揺、苛立ち――それらに混じって、ドロドロとした怨讐の念を膨らませる人物に行き当たった。

 距離から考えて、居処は先頭車両。ついでにいえば、BAGと特殊な武器とを接続するための能力"武装スキル"の反応もある。

 大当たりだ。


「前に一人いますね。それも、武装スキル持ち」


 そう口に出すと、二人の表情が少しだけ強張った。

 武装スキルを入れている能力者はそう多くない。そもそも戦闘用の能力を高ランクで入れていること自体が少数派なのだけれど、なかでも武装スキルは別格だ。

 専用の武装端末と接続する以外に使い道はなく、応用は全く効かない。その割にBAGの処理容量の大半をそれに消費しなければ起動することもままならず、長期間の使用には端末の定期的なメンテナンスが必須となる。

 しかし代わりに、その性能は計り知れない。

 最先端技術の塊みたいな兵器を常識外の演算機能を持つBAGを使って運用しようというのだ。

 普通の拳銃だのナイフだのが子供の玩具と成り果てるほどの、圧倒的な暴力性がそこにはある。

 現にルカさんは大きく溜息を吐いて、それから『ラプラス』を起動した。


「……出来れば奇襲しかけたいですね」

「お前も持っとるやろ、武装スキル。端末持ち歩いてへんの?」

「生憎と今は定期メンテに出してて」

「……いちおードライバーと鋏くらいは持っとるけど要る?」

「じゃあ鋏借ります」

「あ、なら俺囮になりますよ。そのあいだに制圧してくださーい」

「了解」


 無茶はするなよ、と斧上さんと同じことを言って、ルカさんは『瞬間移動』を起動しふわりと消えた。車体の上にでも飛んだのだろう。『ラプラス』――いわゆる千里眼の使用中なら、"内から外へ"のテレポートも大したリスクにはならない。何しろ文字通り千里に等しい範囲を見通し、物体の向こう側まで透視できているのだから、座標の計算は容易にして正確だ。


「さぁて、と」

「俺も手伝おか?」

「んー……ありがたいんですけど、こっち放っておくわけにもいきませんしね。あそこの人たちのお守りお願いしまーす」

「はいはい」


 俺の方は『遠隔感応』を起動させたまま、後のことをカグラさんに頼んで通路を進む。

 足取りは軽い。

 勿論相手は充分な戦力を所持していて、機嫌を損なえば俺みたいなのはあっさり殺されてしまうだろうけれども。

 そんなものは、誤差の範囲だ。

 善とか、悪とか、やっていいことと悪いこととか。凶悪犯とか、人格者とか。

 俺には全部、同じにしか見えないのだ。

 きっとそういう大事な判断基準が、もしくは価値観のようなものが、欠けてしまっているのだろう。

 だから俺は知人に会いに行くように、あるいは偉い先生の講義でも受けに行くかのように、大した気負いもなく最後のドアに手をかけた。

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