第4話

 後で予約の電話を入れる予定だったのだけれど。


 俺を視認した直後、彼は——片桐ルカさんは、そんなことを呟いて笑った。

 だから俺は、折角ですし直接受け付けますよと返し、後ろ手に扉を閉める。改めて彼を見れば、もうすでにその瞳の色は鮮やかな蒼から炎に似た橙色へと変わっていた。


「あれ、ハル君やないの。ついてへんなぁ、お互い」


 次に口を開いたのは、俺たちと同じく偶々乗り合わせていたのだろう"歓崎カグラさん"だった。彼は車両前方の座席の肘掛けに足を組んで座り、かちかちと通信機を弄っている。

 彼が自分の城とも言える第六工場——通称「技術開発室」から出てくるのは本当に珍しい。

 何ヶ月ぶりかの外出でトレインジャックに遭遇したのだとしたら、なるほど確かに"ついてない"といえる。

 他の乗客が怯えたように隅に固まっているのを一瞥して、俺は二人の元へ近付いた。


「お二人が居合わせてくれて俺としては有り難いですけどねー。おかげ様で早めになんとかなりそうです」

「そら重畳。ゆうて、俺はなーんもしてへんけどね」

「あはは」


 ちらりと見下ろせば、床に倒れていたのは4人の能力者であることがわかる。全員の体には殴られたような痕が一発ずつだけ合って、昏倒の要因がそれであることは明らかだった。

 相変わらず鮮やかなお手並みで、なんて考えながら顔を上げる。


 あ。


「そういえば……ルカさんルカさん。ここに爆弾隠してあるかもしれないんだけど心当たりある?」

「爆弾?」


 腕まくりをしたままだった袖を直していたルカさんは俺の問いに首を傾げて、それから小さな声でコードの入力を告げた。そして能力名の"ラプラス"を呟いた瞬間、彼の両目は先ほどと同じ蒼色に変わりすぐにある一点で視線が止まる。


「ああ、あれか」


 そう呟いて、ルカさんはつかつかと躊躇いなく一つの座席に向かい歩き出した。しゃがみこみ、その座席の下に手を伸ばして、そこから例のドラムバックを引きずり出す。彼は一度目を伏せて、こちらを振り返った。やはりあの蒼色は、両の瞳から消えている。

 すると俺のすぐ隣で、カグラさんが面倒臭さを前面に押し出した声を上げた。


「うわぁ。ほんまろくなことせぇへんなこいつら」

「最悪このまま研究島につっこむ予定だったんでしょーね。さっきも一つ見つけましたし」

「あーあー。神風特攻隊でも気取ったつもりなんやろうけど、ええ迷惑やっちゅーねん」


 彼は背もたれの上に肘を乗せて頬杖をつき、ひどく不機嫌そうに端末の電源を落として白衣のポケットにしまった。何か用事でもあったんですか?と問うと、昨晩メンテに呼び出された帰りやねんと返して欠伸を漏らす。

 その様子に苦笑を浮かべたルカさんが、爆弾入りのバッグをカグラさんの足元の床へ置く。


「先輩なら解体できるでしょう、これ」

「出来るけどやりたないなぁ。眠ぅて頭働かへん。適当に海にでもぶち込んどいたらええんちゃう?」

「3両目にあったやつはそうしましたね」

「ん。じゃあまぁ、それで。……————コード、承認。『瞬間移動』」


 刹那、"ひゅん"と風を切るような音が鼓膜を震わせた。と同時に床に置かれていたドラムバックが跡形もなく消失する。今頃は水底にでも転がっているのだろうか、なんて考えたところで。


 あまりにも乱暴に、一両目へと続くドアが開かれた。


 反射的に振り返れば、その隙間からは銃口が覗いていて。次の瞬間、武骨な指がかちりと撃鉄を下す。


 不健康そうな唇が、小窓越しに歪むのが見えた。


「死ね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る