第3話
「コード、————承認。『接触感応』」
三両目には、2人の乗客がいた。
1人は、筋骨隆々な色黒の男性。その背に隠れるように、小学生くらいの女の子が引っ付いている。男性がサングラス越しに俺を見たのがわかったけれど、構わず能力を起動して壁に触れた。
脳に直接流れ込んでくる車両内の情報を処理しているうちに、左側の荷台に得体の知れないドラムバッグが乗っていることに気付く。他に怪しげなものがないのを確認して、壁から手を離した。
空気を読んでくれていたのか黙ったままだった男性が、ここで初めて口を開く。
いや、まぁ知り合いなのだけれど。
「お前もいたのか、柊木」
「実は隣の車両に乗ってまして。なんかこの列車占拠されてるみたいですけれど、情報届いてます?」
「……いや、初耳だな。そうか、それで緊急停止か。つまりそいつらを制圧しなければ運行の再開は無いと」
「そうですね。ああでも、あいが言うには二両目にルカさんとカグラさんがいるそうですし、他にも色々と物騒なメンバーが揃ってるみたいなのでそっちは任せていいと思いますよ」
そうか、とうなづいて、男性こと斧上さんは自身の服の裾を握っている女の子の頭を、安心させるように優しく撫でた。すると彼女は強張らせていた表情を少しだけ緩めて、斧上さんを見上げている。この子はなんて名前だっけ。サキちゃん、と呼ばれていたような気がする。
そんなことを考えながら、俺は先ほど見つけたドラムバッグに手を伸ばした。刺激しないよう慎重に床へ下ろし、ジッパーに手をかけて——あれ、そういえばこれ見つけた後どうすればいいんだ?
内部構造は視えても、解体できるだけの知識はないぞ。
俺は思わず手を止めて、斧上さんを振り返った。彼は俺の体越しにバッグを覗き込み、それから心底嫌そうな表情を浮かべる。
「……おい、お前まさかそれ」
「一応聞きますけど斧上さん爆弾の解体とか経験あったりしませんか?」
「あるわけないだろうそんなもの」
「サキちゃんの方は?」
「お前は何を言っているんだ」
そりゃあそうか。
いくらこの街の住人でも、普通に生活してて爆弾に相対する機会なんてほとんどない。
それはさておき、いやはや、どうしたものか。
俺は床に胡座をかいて、とりあえずバッグのジッパーを下ろした。すると案の定複雑な配線とまだ"00:00"を表示している液晶が顔をのぞかせて、おそるおそるこちらを伺っていたサキちゃんが小さく悲鳴を上げる。
「……ここから先のことは考えてなかったなぁ。適当にコードを切ってみましょうか?」
「何故オレに訊く。そもそも、爆弾というと間違った線を切ったら爆発するイメージなんだが」
「確かにそうですよねー。というか今思い出したんですけどこれ自決用だそうなのでそう簡単に解除できない気がします」
「それを早く言え」
ふう、とため息を吐いて、斧上さんはバッグを持ち上げた。体格に似合わない丁寧な動作でそれを窓際まで運ぶと、視線だけでこちらを振り返り「窓を開けてくれ」と告げる。なんとなく意図を察した俺は彼の横を過ぎて言われた通りに窓を開け、落ち着かない様子のサキちゃんを連れて斧上さんから距離をとった。
それを見た彼は一つうなづいて、窓から身を乗り出しバッグを振り上げる。
鍛えあげられた筋肉にぐっと力が入り、勢いよく空中へ放たれたバッグは真っ逆さまに水面へ跳ぶ。
一瞬の間を置いて、どぼんと高く水飛沫が上がった。
爆発音は聞こえない。
「……壊れたと思うか?」
眼下に広がる大海原の、落下点を見下ろしながら斧上さんは小さく呟いた。
それに俺は「多分」と返し、もう一度『接触感応』を起動する。コードを入力して傍の壁に触れ、他にそれらしいものがないことを確認してから能力を閉じた。
「ありがとうございます。……万が一爆発しても水中なら上手く威力とか殺せそうな気がしません?」
「材料の種類や質によるだろう、おそらく。まぁあまり威力のありそうなものには見えなかったが」
「ですねぇ」
かたりと窓を閉めた斧上さんの元へ、サキちゃんが駆け寄っていく。それを横目に俺は前の車両へと歩き出した。手伝うか?と問う斧上さんに大丈夫ですと返し、その横を通り過ぎる。
「無茶はするなよ」
「はーい」
相変わらずというかなんというか、見かけによらず心配性な人だ。世話好きな、という方が正しいのかもしれないが。
この人に憧れた時期もあったんだよな、なんて思い返しながら、扉に手をかける。結局、すぐに諦めてしまったけれど。身の程を知ったと言ってもいい。
どれだけ鍛えたってあんな風に強い体を得られるとは思えないし。
この人のように、誰かを心配することなどできはしないのだ。
「じゃあ、また今度」
「おう」
そう言って振り返れば、軽く手を挙げて応えた斧上さんに倣うように、サキちゃんが控えめに手を振っていた。それに手を振り返し、扉を潜る。
連結部を越え、そうして次の扉に開けた。
その時。
床に倒れ伏す数人の男達の中心に立つ青年の、蒼い瞳と視線が合った気がした。
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