第3話 冴えてるコスプレイヤーとの接しかた

「"シンカンニブズツ"で」

「はい、2000円です」

 恵は計4冊の本を手に入れた。

 20秒足らずで会計終了。あっさりと最初のミッションクリアだ。


(本のタイトルも著者名も知らないのに買えてしまった)


 一瞬あぜんとしたが、後続に迷惑がかからぬうちにその場を退散する。倫也から預かった布製のバッグに本を仕舞う。近くのベンチに腰を掛け、深呼吸。さて、次は再び会場内だ。配置図の緑のラインは島の中央付近、いわゆる島中に向けて延びている。今並んだシャッター前サークルの机の横を抜ければ会場内に入れる、はずだった。しかしそこにはパイプ椅子がとうせんぼしていた。ここからの入場は不可ということか。地図上では空欄だったから油断していた。机と机の間の狭い通路に人が殺到すると危ない。そんな判断だろうか。


(んー……。とりあえず)


 壁サークルの机と机の間の一マスにペケマークを入れる。先ほどくぐったシャッターまで戻ってルート変更しなければ。新しいグリーンルートを作成。旧ルートをそのまままにしておくと紛らわしいのでそこもペケで打ち消す。

 面倒な作業だが、意外に苦痛は感じていない。


(安芸くんなら「攻略してやる 」とか言ったかな)


 なんだか胸が軽くなる。


 次は"ま-24b"。今来た道を戻り、直進して壁から5つ目の島。西側の壁にもっとも近い、通称「お誕生日席」だ。主に壁サークルに次ぐ頒布数が見込まれるサークルが配置される場所だ。10人ほどが小さい列を形成している。その最後尾に並び、手早くメッセージを打つ。


恵『"ま-24b"並んだなう。数分で買えそう』

倫『順調だ。予定に変更なし、メモ通りによろしく』


 スマホをしまい、周りの邪魔にならないように配置図を控えめに開く。また指示通りに呪文を唱えればいいらしい。恵の番が来る。


「新刊セットを2、既刊を2部ずつお願いします」

「はい、7000円です」


 結構な額を請求された。倫也と英梨々のお金なのだから自身の懐は痛まないが、それでも一瞬怯んでしまう額ではあった。

 奥から出てきた紙袋にはあらかじめ新刊セット(オフセットとコピー誌がそれぞれ一冊ずつ、グッズとしてオリジナルキャラの印刷された大皿)が収められていた。そこに既刊一冊を加えたものを渡される。紙袋は美少女の顔がどでかくプリントされた派手なものだ。耐性がついてきたのか、もとより抵抗がないのか、フラットに受け取る恵である。

 トートバッグには入りそうにないので左肩にまとめて引っかける。なかなかの重さだ。本格的な陶磁皿が重りになっているようだ。

 第二関門突破。近くの柱まで避難して一息つこう。恵は会場前に買って冷めてしまったホットレモンを口につける。馴れない環境でのおつかいで体が火照る。体調を崩さぬよう、こうしてクールダウンをする。冷静さを取り戻すと異常な人だかりが目に飛び込んできた。目の前の壁サークル、"れ-45a"の列が、脇のシャッター前で折れて外に向かって伸びている。


(あれ、ここって……)


 マップを開く。記憶していた通り、ピンクのマーカーで塗られたサークルだ。だが何かがおかしい。グリーンラインがそちらに向かっていない。マーカー上には4の番号が振られている。つまり、次に行くべきサークルではないのだ。……こんなに近いのに? 恵は逡巡する。巡回順の指定ミスか? 目の前とはいえ外に延びてるとなるとどこまで列が続いているかここからでは確認できない。さらに、右隣のサークルの列も左に向かって伸びており人の密集地帯が出来上がっている。あれを突破して外に向かうのは、正直、しんどい。


(……見なかったことにしよう)


 恵は3が振られた"ふ-12b"に向かうことにした。列はなく、あっさりゲット。近くの大きな柱まで避難し、事後報告。


恵『"ふ-13b"、列がなかったのですぐ買えましたなう。"れ-45a"が混んでて近づけない。隣のサークルの列で出口が塞がれてる』

え『恵、無理しなくてもいいよ。ひとつくらい買えなくてもわたしへき宝』

恵『変なタイプミスするほど動揺してるんだね』

え『いや、その』

倫『ふたりとも安心しろ、策は講じた』

恵『?』

倫『加藤、"れ-51a"まで進んでくれ。左脇から外に通り抜け可能だ』

え『結構な迂回ね。出られたにしてもあそこ最近人気よ、平気かしら。恵、体調は?』

恵『おおむね元気なう』

倫『よし、それならオッケー。外に出ればこちらのものだ』


 指示通り大きな迂回をして外に出る。するとそこには意外な光景が。


(人、ほとんどいない……?)


 列は外には伸びていたものの、壁沿いに曲がってわずかに残っている程度のものだ。中の混雑など何のその、実に牧歌的な光景が広がっていた。安芸倫也、彼は千里眼の持ち主か。おそらくは経験の成せる業なのだろう。

 恵は列の最後尾で最後尾札らしきものを掲げるメイドコスプレに近寄る。ロングスカートから立派な爬虫類か何かのしっぽが顔を覗かせている。何のコスプレだろう。この列で間違いないと思うのだが、メイドは札を列方向に向けていて、この列が何のサークルの列で、最後尾なのか列の途中なのか判別できない。両面に板をはって欲しいものだ。これはらちが明かない。


「あの、こちら"れ-45a"ですか」

「ああ……殲滅したい……。愚かな人間が多すぎる……」


 アレなひとなのかな。気後れしつつ話しかける。


「あのお、ここって」

「……あ! はいはい。ここは"れ-45a"、竜水堂ですよ」


 しっぽメイドが最後尾札をこちらに向ける。間違いなさそうだ。


「並びます」

「どうぞ……。はあ~」


 どうも相当消耗しているようだ。恵はバッグから未開封のペットボトルを取り出す。倫也からずいぶんと水分補給の重要性を叩き込まれ、複数本の飲料を持たされたのだ。


「……飲みます?」

「えっ、わたしに」

「はい。疲れてるようでしたので」

「ううっ、軟弱な人間に施しを受けるとは……!」


 頭を抱え、なにやら悶絶している。


(コスプレって口調もなりきりするのかな。たいへんだなあ)


「まあそう言わず」

「うう……。で、では遠慮なく!」


 ごっごっごっ。ジョッキを浴びるおじさんのような豪快さ。


「助かりましたー。あなたはなかなか見所のある人間です!」


 一転、評価がうなぎのぼり。

 そうこうしているうちに列に並ぼうとする人々がぞろぞろとやって来た。


「では、これで」

「楽しいお買い物をー!」


 体一杯に腕を振るメイドと別れる。しっぽも勢いよく左右に揺れている。


(どういう仕組みなんだろう、あれ)

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