第11話 眠れぬ夜
ナナシとの電話が終わったあとの名浜警備保障は誰もがかけずり回っていた。
遺伝子検査ができる施設への連絡と技師の手配。以前から所属するメンバーを中心として部隊の再編成をし、昼に別にある護衛任務との振り分けをする。
代表室では残っていた社員の中で責任者として数週間を支えた男が、電話を終えた高上の前で言いにくそうに進言をしていた。
「代表。前代表である可能性はあると思います、あの方ならと私も思いますが」
「言いたいことは分かっている。油断はしていない」
高上は答えて机の引き出しを開けた。会社で用意しているグロックをとって弾倉を二つ拾いあげる。
記憶がないという男に指定した場所は名浜グループが所有しているビルだ。一般のテナントも多く入っていて、何かあれば警察が即座に駆けつけてくる。
「記憶のことは立証しようがない。まずは遺伝子検査、その間は拘束する」
相手が誰かもわからない状況では当然の対応だ。
「安心しました」
ほっとした様子になった男が辞去を告げる。それを高上が遮った。
「待て。……那智は行方不明になる前、何か言っていたか」
彼が複数の企業から暗殺対象として狙われていたことは、既に報告として受け取っていた。自身も注意するようにと上からのお達しでだ。
伊東と名乗った課長補佐はなんとも沈痛な表情でうつむく。
「……前代表は手を打つとは仰っていました。一班……ああ、危険が予想される業務の際に召集される優先班です、一班内で情報共有や対策を練っておられたと思います」
一班と言えば今回、那智と共に全員が消息不明となった六人だ。彼らの職務経歴書は手元にあったので、高上はそれらにざっと目を走らせた。
警備会社としては人数が少なく、世間に公開できるような任務ばかりでもないことから、必然的に代表である那智も現場に出ざるを得なかったのだろう。実際一班での警護任務は常に完璧で、一班が丸ごと失踪するとは誰も思っていなかった。
赴任を命じられた高上も驚いていたが、残された社員たちの動揺はかなり深いもので、取りまとめに時間を要したのも事実である。
「私は二班長として他業務や後方支援に徹しておりましたので、お役に立てなかったのが心残りでなりません」
「君のせいではない。那智らしくもないことだった」
「……代表は前代表とは子供の頃からのお知り合いとか。お察し致します」
高上はそれには答えなかった。こうした仕事をしていれば起こり得ることだ。
首を振って立ち上がり、伊東の肩を叩く。
「気遣いは嬉しい。もう行ってくれ、二十三時からの輸送護衛を頼んだぞ」
「はい。失礼致します」
敬礼をした伊東は折り目正しい礼をして代表室を出て行った。
扉が閉まってから椅子に腰をおろし、那智を筆頭とする一班の書類に目をやる。
対策とはなんだ、那智。呟きがもれる。
何をしようとしていたのか、それとも間にあわなかったのか。
全員が定期的なセンサーリンクの更新でシステムを同期し、息の合った作戦行動を展開していた記録はある。
医療記録を確認してみたがめぼしいものはなかった。
那智が失踪前日まで警備システムの対応方法についてのアルゴリズム構成作業を進めていて、二週間前には偵察員二人が被弾した怪我の定期検診、一週間前には狙撃手が衛星と連動する新式センサーリンクの埋め込み手術とそれに伴う形成手術。
一班は全員が業務に追われて、優先度の低いバイオウェアのメンテナンスは受けていられないほど多忙を極めていたようだ。
部屋の照明を落とし背もたれに身体を預けて、高上は息をついた。
どうあれ明日だ。あれが那智かどうかは、明日わかる。
代表室の灯りが落ちたのを確認し、潜んでいた影はそっと動き始めた。
階を離れ、外へ出てポケットから端末を取り出すと通信を始める。
「Nより入電。添付参照。Eより」
端的に告げて資料を送り出し、彼は通信を終えた。
明日だ。明日ですべてが終わる。
そうしたら、ここの代表になるのは自分だ。
名浜警備保障、二班長の伊東はうっそりと笑って、己の持ち場へ戻っていった。
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