第6話 どこかで

 地下の保管庫は霊安室のようなありさまだった。

運び込まれた死体袋は四つ。親企業が運営する病院に三人が搬送されて治療を受けているが、相当な重傷だ。それほどの被害をこうむって尚、実利は何一つ得られていなかった。

「四分で現着しているのにこの体たらくか」

「申し訳ありません。敵性勢力の総数その他不明です」

報告員が身を縮めている。

 あの男の逃走を許した時点ですぐに捜索をかけたが、付近にそれらしき車は見当たらなかった。電気自動車全盛の今時、ディーゼルエンジンだったというからすぐに見つかるかと思ったのだが。

しかもVINシステムに探りを入れてみたが、あの辺りを走っていた車のデータが見つからない。データを先に誰かに改竄されたと見るべきか。

しかしそうなると、改竄した者はシステム管理者にもこちらの諜報技術者オペレータにも悟らせない腕があるということになる。

考えてみれば、万一を考えて位置が把握できるようコアにウイルスを仕込んでおいたが無効化されているのだ。手練れのオペレータかエンジニアがいるのだろう。

逃走した男にはかなり手荒な真似をしたから、すぐに使いものになるはずはない。だからのこのこと皮下装甲の記録にアクセスしてきたはずだ。実際そうするだろうと思って、ログインしている場所を突きとめたらすぐ襲撃できるよう、四班もの人手を割いて市内を巡回させていた。

今回急行できたのが一班とはいえ返り討ちに遭ったのは、相手に腕利きのオペレータばかりでなく、それ相応の戦力があるということになる。

「ネットカフェのログや画像ファイルは見たのか」

「はい、担当者が警察のシステムからデータを写してきました。しかし全部消されていますね。我々のチームの映像だけでも残していくかと思ったのですが、それもありません」

「やはりメイヒンの奴らか……くそっ、やっと那智なちを処理できたと思えば」

苛立ちに歯噛みして、男は白衣を着た報告員に背を向けた。


これはとんでもない失点だ。

もしかして事前に、チームが壊滅した事態を想定して回収班をあの地点に用意していたのか? だがいくら切れ者でもそんな予測ができるだろうか。

なによりも逃げたあの男が切っ掛けであの事が、会社に秘密裏に行っていることが明らかになれば、自分は主任の地位どころか会社から追放されかねない。

何としてもあの男の口を塞がなくてはならない。


一人考えを巡らせる男に、報告員がおずおずと声をかけてきた。

矢間やざま主任。本当にメイヒンなのでしょうか」

苛立ちを呑み下して振り返った。

そう、自分は主任なのだ。不測の事態を切り抜けなくては、地位以前に部下たちの信頼も失ってしまう。ここで弱みを見せるわけにはいかない。

「どういうことだ」

「私見で恐れ入りますが、確認した範囲ながら、敵が小規模すぎる気がします。女のバレットはまだしも、工作員が二人に子供が一人というのも。いえ、もちろん他にも仲間が居て、あの場には現れなかっただけかもしれませんが」

報告員からすれば恐る恐るの進言だったが、男は目が覚めたような感覚だった。

互いの企業同士の範囲のことだと思い込んでいた。しかし、確かに。

「……なるほどな。あいつは頭がやられているはずだ。簡単に会社を思い出せるはずがない」

搬送車を任せていた部下も言っていた。あの男を連れ去った男女は企業の工作員には見えなかった。車も古いセドリックで企業が足に使うには珍しいと。

つまり、あの男はまだ会社に回収されたわけではない。恐らくは記憶も戻っていない。あの時あの場をたまたま通りかかった誰か……それこそ非合法活動者アウトソーサーか何かに拾われたのだ。

 企業間の抗争が激化して以来、企業は工作員の育成にも力を注いできた。しかしそれだけの資金をつぎ込めない企業もある。そうした中小企業が防衛や情報奪取などの荒事の際、外部発注として利用するのが非合法活動者たちだった。

彼らは合法・非合法を問わぬ業務を自らの倫理の範囲内で請け負うフリーランスの代行者であり、元は企業工作員やオペレータ、在野の魔法使いなどから構成されていることが多い。

企業が彼らを使いやすい最大の要因は、彼らが仮に警察に捕まったとしても企業との繋がりを立証しようがない――そもそも『社会的にいない』者達である点だ。

彼らへの報酬は大抵が前払い式のプリペイドカードで行われ、購入する際に身分証が必要ない点も足がつかず好都合となっている。

「それなら手はある」

非合法活動者の弱点はすなわち、企業とは規模が違うという点だ。

企業を相手にするということがどういうことか思い知らせてやる。

男は唇を吊り上げて笑うと、報告員を連れて保管室を足早に出て行った。

 あとにはもの言わぬ死者だけが取り残され、明かりは落とされたのだった。

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