女子高生に座られたい

@dydx00

第1話

 男は普通のサラリーマンである。

 毎朝毎晩、通勤と帰宅のために電車を使う。

 そして、男には野望があった。

 

 女子高生が使う椅子になりたい。

 学校の椅子ではダメだ。

 何かこう、もっと精神的にも肉体的にも彼女たちが腰を下ろせる場所になりたい。


 ああ、電車のシートなんかいいかもしれない。

 通学時、満員電車で疲れる彼女たちを癒せるような、そんな椅子に私はなりたいのだ。


 男はいつもそんなことを考えていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ある朝、目が覚めると、男は電車のシートになっていた。

 7両目の座席、端から3番目であった。

 

 男はもちろん当惑した。

 それも当然である。

 確かに常日頃、椅子になりたいとは考えていたが本当に本物の椅子になることなど誰が想像しようか。 

 男が戸惑っていると、横の座席から話しかけられた。

「よう、新入りだな?」

「新入り?ということはあなたも人間なのですか?」

「ああ、そうだよ。まあ俺はシートになってからもう10年くらい経ってるけどな。」

 それから、男は彼?と他愛のない雑談をした。

 最近の女子高生のスカート丈の話や、OLが履くべきはパンツスーツなのかスカートなのかについてなどだ。いやらしい意味はない。

 男と彼が話をしていると、電車に明かりがつき、ドアが開く。

「お、もうそんな時間か。今日も長い一日が始まるな、っと!」

 すぐに彼の上にやつれたサラリーマンが座った。

「よく聞け、新入り。俺たちの仕事はこうやって座ってきた人を支えることだ。この人は軽めだが、世の中にはとんでもないデブもいる。気を抜いたら潰されるぞ。」

 男は、元々ある程度の覚悟はしていた。

 女子高生の中にはもちろん体重が重めの子もいるだろう。

 その彼女に座られた時に辛そうな様子を見せてしまったら、もしかしたら彼女を傷つけてしまうかもしれない。敏感なお年頃なのだ。

 そんな失態を犯さないために、男は筋トレを日課にしていた。

 そんな男も所詮プロの彼に比べたら、まだまだアマチュアなのだ。

 男は改めて、気を引き締めた。



 男に初めに座ったのは、40代くらいの恰幅のいいサラリーマンであった。

「っっ!」

 男は思わず力んだ声が出てしまった。

「はっは!椅子童貞卒業だな!どうだ、初めての感覚は?」

「・・・人にっ!座られるのはっ!初めてじゃないんでっ!」

「お、なんだ兄ちゃんはいわゆる素人童貞ってやつだったのか。」

 彼も座られているというのに、随分と余裕そうに男に話しかけてくる。

 いっぱいいっぱいになっている男はまた、自分の甘さのようなものをそこで思い知らされた。しかし、男は椅子になりたかった男だ。

「いやぁ、男に座られたのは初めてですよっ!」

 勢いよく答えて、男は自分に虚勢を張った。



 それから通勤ラッシュが始まり、ひっきりなしに男は座られ続ける。

 おっさん、おっさん、おばさん、おっさん、じいさん、おっさん・・・。


 キツイ、かなりキツイ。

 昔、容赦無く顔面に乗ってきた女王さまが可愛く思えてきやがった・・・!


 男は疲弊してきていた。

 本物の椅子になるというのは生半可な覚悟でできるものではなかったらしい。

 男の心が折れそうになってきた、その時である。

「ヒェエェェェエイ!!!」

 突然、男の隣から奇声が上がる。

 男が見ると、なんと、彼の上に、女子大生と思しき可憐な女性が座っていたのだ。

「あぁ・・・やっぱこれいいわぁ・・・。あぁすごい。これはすごい。なんかいい匂いする。クセになるわぁ・・・。」

 彼はエクスタシーに浸っていた。

 

 うらやましい。

 とてもうらやましい。

 そうだ、忘れていた。俺は女子高生に座られたかったんだ。

 こんなところでへばっているわけにはいかない!

 俺も女子高生に座られたい!!女子高生に座られたい!!

 

 男は奮起した。

 そこからの男の頑張りは目を見張るものがあった。

 一人で二人分ほどの面積を持つデブのおっさんも、やたらケツ汗がすごくてビチャビチャにしてくるおっさんも全て耐えた。耐えに耐え抜いたのだ。

 しかし、通勤ラッシュの時間が終わり、ついに男が女子高生に座られることはなかった。

 男があからさまに落ち込んでいると、彼が話しかけてきた。

「兄ちゃん、どうやったら好みのお客さんに座ってもらえると思う?」

「そんなの、自分じゃ選べないじゃないですか。」

「はっはっは。それじゃあダメだな。いいかい、兄ちゃん。お客さんはさ、ただ空いた席に座ってるだけじゃねえんだ。ちゃんと無意識に選んでるんだよ。なんとなくあそこに座りたいなあって思ったところに近づくのが人間心理ってもんだ。」

「つまり・・・どうすればいいんですか・・・?」

「その答えは自分で考えな。」

 彼は意味ありげに笑みを見せた。

 男は何言ってんだコイツと思ったが口にはしなかった。



 それから昼過ぎまでは穏やかな時間が続いた。

 だがそれとは対称に男の心はまた少しずつ高ぶっていった。

 

 もうすぐ女子高生たちの帰宅時間がやってくる。

 このチャンスを逃せば、次はまた明日になってしまう。

 

 男は今できることを後回しにしないタチだった。

 焦りと緊張でシートが硬くなっていくのが男には分かった。

 

 そして、そのチャンスはすぐに来た。

 電車に女子高生三人が乗り込んでくる。

 その時、男の上にはまだ誰も座っていなかった。

 男は息を飲んで、さらにシートを硬くした。

 楽しそうに話をしながら女子高生たちが近づいてくる。

 そして、二つ隣の座席から順に男から離れるように座っていった。

 隣から落胆のようなため息が聞こえる。

 男はちょっとイラっとしたが、そんなことに構っている心の余裕はなかった。

 

 まだチャンスはある。

 落ち着け。俺は選ばれる座席だ。

 自信を持て。ゆったり構えることがきっと大事さ。


 男は自分を励まし、硬くなったシートをほぐす努力をする。

 そして次のチャンスがまた来た。

 高校生の集団がぞろぞろと乗り込んでくる。

 女子高生は男の方には来なかった。

 が、一人の男子高校生がトボトボと男に近づいてくる。

 

 おい!やめろ!こっち来んな!

 俺は女子高生専用座席だぞ!言うなれば電車界のファーストクラス席だぞ!

 お前はその辺のエコノミーにでも座ってろ!


 男の念が通じたのかどうかは分からないが、男子高校生は男の隣の、彼の上に座った。

「ぐあああああああ!!!!やめろおおおおおおお!!!!俺の上から降りろおおおおおおお!!!!」

 男の隣から悲鳴が上がる。

 男はさっきドヤ顔で語っていた話はなんだったのかと聴きたくなったが、とりあえず黙っておいた。

 先ほどの駅で乗った乗客たちによって、ほとんどの座席には人が座っていた。


 次が勝負、だな。


 男は決意を固め、集中し始める。

 この時、男はこれまでの人生で最も真剣になっていた。

 

 椅子になるのだ。

 全てを受け入れる椅子に。

 

 アマチュア椅子がプロ椅子に変わった瞬間であった。

 もうすぐ次の駅に到着することを伝えるアナウンスが流れる。

 男はひたすら祈った。


 来い、女子高生。

 ビバ、女子高生。

 俺が、君の全てを受け入れる。


 ドアが開き、人が流れ込んでくる。

 そして、一人の女子高生と目があった。ように感じた。

 女子高生がこちらを見ながら、早足に近づいてくる。

 その瞬間、男には世界がグレーに染まり、その中で女子高生だけに色がついて見えた。


 さあ、おいで。

 君を待っていた。


 女子高生が男の前に立ち、身を翻す。

 スカートの裾を抑えながら、その控えめなお尻を男に接近させて行く。

 

 椅子に生まれて来てよかったああああああ!!!!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「次は、終点。終点○○駅です。お荷物のお取り忘れにご注意ください。」


 男はアナウンスで目が覚めた。

「しんどいなぁ・・・。」

 男はボソリと独り言を言った。

 

 


 

 


 

 

 

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