硬くて熱くて太い15cmくらいの棒

和田駄々

2536年7月12日

 日本人平均、13.2cm。


「次の方どうぞ」


 保健室の扉が開き、俺の前の生徒が出てきた。うなだれて、落ち込んでいるように見える。きっと規定のサイズに届かなかったのだろう。

 俺はそいつの肩を軽く叩き、保健室に入る。


「はい! 出席番号10番、杉本圭一です。よろしくお願いします!」

 中に入り、扉を閉め、元気に挨拶。深々とお辞儀。教わった通りにきちんとやる。

「あらあら、そんなに緊張しなくていいのよ。リラックスして」


 妖艶な笑顔で俺を迎えてくれたのは、保険の冴島先生。男にはない胸の膨らみと、むちむちとしたお尻を包む短いスカート。この学校で唯一の女性であり、全男子生徒にとってのアイドル。黒縁メガネの奥に光る目は鋭くも優しげだ。


「あなたが協力してくれればすぐに終わるわ。何も怖い事なんて無いから」


 そう言うと冴島先生は目を細めて俺の身体を舐め回すように見た。これでは緊張するなという方が無理だ。思わず目を逸らし、俺は辺りを見回す。完全な密室、薬の匂い、保険体育の授業で使う教科書、シーツのくしゃくしゃになったベッド、それと自動応急処置装置、ナノマシンデコーダー。保健室の風景は怪我で来る時と何ら変わらないが、今日、身体測定の日だけは妖しい緊張感が漂っているように感じた。


「それじゃあ早速だけど、脱いでくれる?」


 そう促された俺の視線は、冴島先生へと強制的に引き戻される。そして不可抗力的に、白衣の胸元からちらりと見えるレースの布に釘付けになる。


「自分で脱げる? それとも、脱がしてあげようか?」


 冴島先生の優しくもいやらしい問いかけに、俺は慌てて「じ、自分で」と答える。そして右手で革製のベルトを外し始めた。ところが、情けない事に緊張で手が震えて上手くいかない。


「ほら、手伝ってあげる」

 冴島先生が俺のベルトに手をかける。

「せ、先生……!」

 戸惑う俺を他所に、先生は手慣れた様子でするするとベルトを引き抜き、素肌を暴いた。


「あら?」

 当然の事ながら、女性に見られるのは初めてだったので、縮こまって曲がっている。情けない気持ちになって、何とか良い所を見せようと力を込めてみるが、やはり緊張の方が勝って動かない。


「1番大きい状態にしてくれないと測れないのよ。出来る?」

「で、出来ます」


 そう答えたはいいものの、自力ではやはり無理そうだった。そんな様子を見かねてか、冴島先生の手が動いた。


「ほら、リラックスして。私に全て預けてくれればいいのよ」


 まずは根元から、つつつーっと細長い指が這う。女性の手をこんな近距離で見るのすら初めてだったので、男とは明らかに違うその柔らかく滑らかな曲線に驚く。そしてその指は的確に俺の緊張を解きほぐしながら、先端へと進んでいく。


「少しずつ元気になってきたみたいね?」

 指摘通り、俺の繊細な部分は徐々に自由になり始めていた。冴島先生の指が前後に何度か行き来し、根元から先端までを気持ちよく刺激してくれたおかげもあり、俺はようやくピンと張る事が出来た。普段は簡単な事でも状況が状況だ。いつもより熱くなっているのを感じる。


「あら、大きいわね。太くて硬くてゴツゴツしてて、『男の子』ってカンジね」


 そう言いながら、悪戯っぽく笑う冴島先生に、俺の心臓はドキドキしっ放しだ。


「それじゃあ測るわね」


 冴島先生が定規を取り出し、俺にあてがった。さっきまで萎縮していたのが嘘のようにカチコチに固まって、赤く腫れ上がっているようでもある。これなら何とか届くはずだ。規定のサイズ、15cmに。


「えーとぉ……」

 冴島先生のもったいぶるような態度がもどかしくて焦れったい。まじまじと見る焼け付く視線が、俺をたまらなく恥ずかしくさせる。学校なのに、こんな密室で、女性と2人きりになって、普段は隠している部分を晒し、そして測られている。

 そんな状況が俺の頭の中でこんがらがって、今までに感じた事もない程に興奮しているのが俺自身でも分かった。


「15.6cmね。おめでとう。サイズは合格よ」

 冴島先生にそう言ってもらって、一気に肩の荷が降りた気がした。力が抜けて、同時にへこたれる。


「うふふ、可愛い」


 そう言うと、冴島先生は俺の先端に軽くキスをした。あまり人に触れられない敏感な部分だからか、ちくっとした痛みにも似た快感がして、背筋がぞくっとなった。


 教室に戻ると、同じクラスの男子は2つのグループに分かれていた。15cmに達した組と、達しなかった組だ。前者は明るく、自分は何cmだったと自慢しあい、後者はうなだれて頭を抱えている。


「杉本! お前何cmだった?」

 そう話しかけてきた級友に「15.6」と答えると小さな歓声があがった。

「やっぱり見た通りでかいな! 俺なんかギリギリ15cmだったぜ」

「頼むから俺に0.6分けてくれよ。それで届くんだ」

「でも良かったな、これで兵士になる最低条件はクリアだ」


 口々にそう言う中で1人の友達が呟いた。

「それにしても冴島先生ってエロいよな」

 少しの沈黙。それぞれが脳裏に保健室を描いているに違いない。


「ああ、本当だな。不合格でも来年また冴島先生に測ってもらえるならそれもありだろ」

「そうか? 俺はさっさと兵士になって、『西側』に行きたい。冴島先生がいくらエロくてもな」

「いやいや、『西側』に行ったってあんな美人めったにいないだろ」

「行った事もないのにそんな事が言えるのか?」

 そして笑いあってる間に担任が教室に入ってきた。


「みんな静かにしろ。席につけ。帰りの会を始めるぞ」

 興奮を引きずる生徒達とは対照的に、気だるそうに担任は話し始める。

「えー、みんなも知っての通り、今日は身体測定があった。身長、体重、視力、聴力、それから『人差し指の先端から手首までの長さ』。全員ちゃんと測ってもらったな?」

「はーい! 冴島先生が指にちゅーしてくれました!」

 クラスのお調子者がそう言った。なんだ、俺だけじゃなかったのかと少し落胆する。


「ご、ごほん。冴島先生も困った物だな。この学校唯一の女性捕虜という立ち場を分かっておられないようだ」


「そんな事言って先生も冴島先生の事狙ってるんじゃないですかー?」

 またお調子者がそう言って、笑いが起きた。


「やかましい! そんな軽口を叩いているようじゃ兵士への推薦なんて取れないぞ。それにお前、制服の革手袋はどうした? 保健室に忘れたのか?」

 そう言われ、お調子者がしょぼくれた。確かに、そいつの手には我が校の制服であるベルト付きの革手袋が無かった。


「紳士たるもの、身なりはきちんと整えなければ駄目だ。兵士になりたければなおさらな」

 先ほどまで色めき立っていた教室に厳粛な空気が流れた。


「お前らも知ってる通り、兵士志願するには条件を3つクリアしなければならない。1つは、今日保健室で冴島先生に測ってもらった人差し指の長さ。もう1つは、知力。つまり期末テストの結果。そして最後に兵士として必要な体力だ。兵士を目指す者は鍛錬を怠るなよ」


 遅かれ早かれ、男は兵士として『西側』へ行く。

 今は西暦2536年。人にとっては勝利の無い時代だ。

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