第四話






第四話

白獅子



ーーー



ナナカ城生活、2日目、夕方ーーー。



言うべきか言わざるべきか、悩んだ。とても悩んだ。

だが敢えて言わせてもらおう。


「暇だ。」


そうだねーと言いたげなライオンくん、もとい、リオンは俺の横でひたすらごろごろしている。

図体は俺の3倍はありそうなのに、なんと可愛いことだろう。この犬と猫を足して割ったような感じ、たまらん。


文字の文化が違うために読書はできない上に、唯一読める読み物ーー所謂教科書は、授業中に散々読まされているため、読む気が起きない。

先程までリオンとボール遊びをしていたのだが、インドアガリ勉だった俺にそんな体力が続くはずもなく、10分でギブアップした。なんとも情けない話である。


しかし、それも城の庭でのことだ。勿論広大で綺麗な庭に不満はない、が、


『素晴らしい投球でございますシェトラル様。』


『なんて綺麗な放物線でございましょう!』


兵士さんの護衛という名の見張り、ロッティさんとレガルタさん付きである。

誰かロッティさんに、大体誰が投げても放物線上にボールは飛ぶんだということを教えてあげて欲しい。例外は魔球を投げる野球選手くらいだ。生憎その例外に俺は該当しない。


外に出てみたいと申し出てみたものの、「外は危のうございますし、お庭のが綺麗でございます」と、ロッティさんに笑顔で却下された。


「ゴルフ接待かよ‥‥。」


一球投げる度に外野から拍手が起こる状況に、体力が無駄に削られたのだと思いたい。



それにしても、


本格的に城に監禁状態だ。

四六時中ロッティさんという美少女が近くにいるのはいい。健全な男子高校生としては多少もっこ‥‥いや、もやっとするが、大変目の保養になる。

しかし言い換えれば見張りだ。


パシフィカさんは俺に何をさせたいのだろう。

単純に考えれば、エンドラルドを殺すことだ。しかしそれならばさっさとシャハルさんに俺を引き渡して仕舞えばいい。


ーー俺を引き渡さない理由はなんだ?


戦争を終わらせるには〝シェトラル〟の力が必要だと言った。なぜならエンドラルドにはシェトラルしか止めをさせないから。

彼女はこれを聖戦と言った。つまり悪を打ち倒す為の戦いだと思っている。


リュックからノートを取り出し、書きなぐる。


ーーそうだ、俺には頭コレしかない。


そうか、引き渡さない理由じゃない、手元に置いておきたい理由だ。


シェトラルとはなんだ?


一種の権威の象徴。この世界をエンドラルドから救った英雄だ。

民は英雄を祀り上げ、世界の覇権は英雄シェトラルのものになる

その英雄がシャハル王に着けば終戦後の世界の覇権はシャハル王のものなのだろう。

そう、英雄はまた天に帰るーー火炙りになるのだから。


つまり彼女の狙いは、


「何が中立だ‥‥!棚ぼた狙ってるだけじゃねぇか‥‥!!」


終戦後の世界の覇権ーーー!



✱✱✱



「ロッティ、報告を。」


中野翼が答えを出した同じ頃、

謁見の間で、2人は向かいあっていた。


「はい、シェトラル様におかれましては全く気付く様子もなく、マゲン種と玉遊びに興じておいででした。ミシュディカ様、ローザニカ様との接触もありません。」


「レガルタ卿は?」


「サー・レガルタは何かに気付いているようでしたが、核心に迫る事は何も。始末致しましょうか?」


彼女には大きな野望があった。

いつしか彼女は賢女と呼ばれるようになった。

魚人族で一番の美貌、一番の才女、一番の戦闘能力

そして彼女は国を手に入れた。


彼女の野望は留まることを知らなかった。


やがて来るべき時、真実に嘆く事になろうとも、

今はまだ彼女は勝利を確信している。


「よい、まだ捨て置け。あの男はまだ使える。」



ーー彼女の誤算はここにあった。

男の〝神〟への執着と敬愛は彼女の野望に使えるはずだった。


しかし男、否、男の一族は〝全てを知らされていた〟のである。



✱✱✱



同時刻、水晶館


「まだシェトラル様へのご面会は叶わんのか!」


双子姫の姉の方ーーミシュディカは憤慨していた。


「シェトラル様をお救い申し上げたのは僕達だぞ!?あの女なにを企んでおる!」


「落ち着けミシュディカ。」


「ローザは悔しくないのか!我らは語り手だというのに!なぜこんなにも行動を制限されねばならぬ!」


ナナカでは、生まれに関わらず常に2人の語り手が選ばれた。

水晶館に住まい、いつ現れるかもわからないシェトラルに歴史を語り継ぐだけの役目。


〝太陽の語り手〟ミシュディカ


〝月の語り手〟ローザニカ


婚姻や外遊の自由と引き換えに、女王にも劣らぬ地位を約束されるーーー筈だった。


『幼きお二人には正常な判断は難しい。女王が後見人になるべきである。』


先代女王との取り決めにより、二人の行動は常にパシフィカに管理されることとなったのである。


「兄上だって耐えているのだ。我らだけが苦しいのではない。」


彼女達の一族は、絵本を読むようにシェトラルの建国神話を読み、なによりもシェトラルに憧れた。

強く、気高く、美しい、彼女達のヒーローだったのである。


「兄上、今日も遅くなるらしいぞ。」


「土産話を楽しみにしておるというのに!全く!眠くなってしまうではないか!」


「国の防衛の要、〝白獅子〟レガルタは忙しいのだ。仕方あるまい。」


彼女達の兄、レガルタもまた、シェトラルに憧れた1人だった。



✱✱✱



「天界の文字でございますか、シェトラル様?」


ノートに釘付けになっていた俺の背後から、涼やかな青年の声。


「レガルタさん」


「レガルタで結構ですよ。先程から随分とその本に執心でいらっしゃる。」


いつの間にか見張りのロッティさんはいなくなっていて、代わりにレガルタさーーレガルタが来ていたようだ。


「ちょっと分かったことがあるから書き留めておいたんです。俺は外に行かなくちゃ。」


このままじゃどう頑張っても火炙りエンドしか見えない。しかも魔女狩りとかそんなもんじゃない。いっそ憎まれて死にたい程に、民衆に見送られて、臨まれて、喜ばれて逝く。

そんなのは御免だ。


悪者エンドラルドを倒すとか、世界を救うとか、そんなことをして自分の命が無くなるなんて、自分が生まれて生きてきた地球じゃあるまいし、一介の高校生にできるわけがない。


自慢じゃないが人並みにビビリの自覚はある。

死ぬのは怖い。聖人じゃあるまいし、人のためになんて死ねない。


「左様でございますか。ではお支度を。」


ーーーえ。


「急ぎましょう。ここより南へ徒歩ならばーー三刻ほど。水晶館という場所を目指してください。本当は準備期間が欲しいところですが、私は明日より長期任務があり、今日を逃せば外へお出しすること叶いません故。」


「待ってください!女王は俺がここを出ることを良く思わないんじゃ!」


そんなことをすればレガルタでもただで済むはずはない。

名目上この城に保護されている俺を、名目上危険に晒してしまうのだから。


「お忘れなさいますな。我々シグラ教信者にとって最優先は貴方シェトラル様なのですから。」



ーー違う、俺はシェトラルなんかじゃない。



この人はこんな英雄でもないただの高校生の為に罰を受けてしまうかもしれない。役職を追われることも、下手したら殺されてしまうこともあるかもしれないのに。



「だからシェトラル様、貴方の本当の名前を教えて頂けますか?」




背中を冷たいものが通り抜けた気がした。


「我らはナナカの子孫。真実ほんとうの歴史を紡ぐ一族。」


レガルタが右腕の袖をまくれば、刺青のようにすら見える赤紫色の痣が、指先から肘のあたりまで、



まるでそれは葉脈のように、広がっていたのだ。

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異世界勇者〜俺の知ってるヒーローと違う〜 志摩源一 @simagen

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