第三話



第四話

予想外の召喚の笛



ーーー



すっかり忘れていた防犯ブザーのピンを嵌め直す。


まだ耳が痛い気がするが、そんなことより目の前の異様な光景が最優先事項だ。


「あの凶暴なマゲン種を手懐けるとは‥‥」


「さすがシェトラル様‥‥」


いや、現代日本でもライオンは猛獣です。

くぴゃー、とこちらに擦り寄るライオンはーーーちょっと可愛いかもしれない。

だが防犯ブザーがライオン召喚の笛的なものになるとは流石に思わなかったもので、祖父母に感謝である。


「まさか爺ちゃん達も、防犯ブザーがライオン呼ぶなんて思わなかっただろうなぁ‥‥」


考えないのが普通なのだが。

大人しくしているライオンはさておき、とんだ注目のされ方にはなったが、パシフィカさんもレガルタさんも上手くこっちに気を引くことができた。

二人とも呆然とした表情で俺ーーというよりライオンを見ている。


「あの、とりあえず玉座とかどうでもいいんで、用件進めてもらっていいですか。」


このままじゃ終わりそうにないんで、と付け加えれば、レガルタさんは「大変な失礼を」と言い、俺の前まで移動してきた。立ち振る舞い等という作法はわからないが、伸びた背筋も、雰囲気も、騎士だからこそ身についたものなのだろう。

恐らく悪い人では無いのだと思う。


「初代女王ナナカが子孫、レガルタと申します。我が代でシェトラル様にお会い出来たこと、大変嬉しく思います。」


目の前に跪き、手に口付けをされる。こんなことをするのは映画の中だけだと思っていた。

よく祖母とローマの休日を見たものだ。あれは面白かった。

ーーしかしこの状況、傍目から見ると、


「ホモかよ‥‥。」


獣人の美しい青年がド平凡な高校生の、手にとはいえ、口付けをしているという光景、池袋なんかにいるお嬢さんたちが喜びそうなシュチエーションだ。

まさか異世界に来て初めてのラブコメっぽいことがこんなことになろうとは。


「ほも、とは?」


同性愛の事です。と言えば、ロッティさんがあからさまに反応した。ロッティ貴様、まさか。


「ご安心なさいませ、サー・レガルタならば見目も麗しく血統も良い。必ずやシェトラル様を幸せに出来ましょう」


ざわざわと、周りの兵士から、シェトラル様は男色らしいぞ、とか、俺にも可能性あるかな、とか聞こえるが、誤解ですやめてください。


「シェトラル様のお望みとあらば喜んで人生のお供をいたしましょう。」


「問題発言です!俺は女の子が好きです!ホモじゃないです!」


それは残念です、というレガルタさんの顔が明らかに笑いをこらえている。こいつ、わかっててやったな?


「ふふ、」


上から、笑い声が聞こえた。


玉座からゆっくりと降りてきながらパシフィカさんがこちらへ歩いてくる。服を着てください。歩く度に靡く布がそろそろギリギリである。


「先程は大変な失礼を。先代から聞いたの口伝の通りの方ですのね、シェトラル様。」


先程の雰囲気とは打って変わり、親しみやすいような、優しい笑顔だ。


「ゲラド種に乗って現れ、不思議な道具でマゲン種を呼び、従え、おまけに男色。」


「最後のは誤解です。」


あと乗ってじゃなくて、拉致されてきました。


シェトラルさんが男色だったのかはさておき、ライオンーーマゲン種を呼んで従えたって事は、シェトラルさんは防犯ブザーを持っていたということだろうか、この一番旧式のうるさいやつを。

やっぱりシェトラルさんも日本人な気がしてきた。しかも2丁目系の。


「あなたがシェトラル様だと確信できましたわ。」


なるほど、疑われていたということか。

そりゃそうだろう。ぽっと出のよくわからん小僧を信じろと言われても無理な話だ。

パシフィカさんは正しいのだが、やはりこの国はシェトラルを神格化しているのか、兵士の皆さんのパシフィカさんを見る目が少し厳しくなったような気がする。


後ろを見ればーーやはりレガルタさんも今にも斬り殺さんばかりの眼光だ。この人本当に冷静な時との落差が激しい。


「疑ってくれてありがとうございます。このまま誰にも疑われずに無条件に信じられたらどうしようかと思った。」


お優しいんですのね、と笑うパシフィカさん。


ーー次の瞬間、雰囲気が厳しいものへと変わった。


「さて、侍女のロッティから聞いたかと存じますが、今またこの世界は戦争をしております。」



✱✱✱


ーー始まりは〝魔王〟エンドラルドの再即位。


それを聞きつけ、シェトラルの現王シャハルは軍事同盟を結ぼうとエンドラルドに使者を送ったが、エンドラルドはこれを拒否。


怒ったシャハルがエンドラルドに対し奇襲を仕掛けると、エンドラルドが世界に戦線布告。


『これより十日の後、全世界に攻撃を仕掛ける。その間に降伏した国については攻撃しない。』


事実上、1000年前と同じ支配宣言だった。


西の大陸の二国、山の民トエシュと魔法国家マランは即時降伏を宣言、マランの王エルエッケルはエンドラルドと軍事同盟を結んだ。


宗教国家アルヴァナは態度を明らかにはしなかったが、何らかの魔術を使い、国の防衛に成功。


海洋大国ナナカは中立を宣言。

エンドラルドは認めなかったが、名誉アルヴァナ人の多いナナカを攻撃するに至らず。


エンドラルド人はこれを正義と呼び、シェトラル人はこれを聖戦と呼んだ。


ここに、1000年前を彷彿とさせるエンドラルド対シェトラルの争いが幕を開けたのである。


✱✱✱



「ん、ん、ん‥‥?」


何かわからないが、違和感。

間違っていないと自信がある数式を見直して、何かがおかしい事に気づいた時のような。


何かがおかしい。なにか初歩的な、一番最初から考え直さなければならないレベルの。


そう、ーー〝こうはならないはずなのだ〟


「戦火に巻き込まれませんよう、来るべき時までシェトラル様にはこのナナカに滞在して頂きますわ。」


え、と顔を上げると、パシフィカさんは変わらず笑っている。だがそれは明らかに「否」を許さないもの。


ーー戦火に巻き込まれないようにじゃなく、戦火を止めるべきなのではないか。


その言葉は腹の奥に押し留めた。


「側にはロッティを着けます。どうぞ好きにお使いくださいませ。」


ーーさぁお部屋にお戻りくださいませ、我らが聖シェト王ラルよ。



兵士に抱えられ、輿に乗せられ、来た道の方向を向く。

ライオンがこちらを見た。どうやらついてくるようだ。


「一つだけ教えてください、パシフィカさん。」


あなたは、


「この戦争をどう思ってますか。」


輿が滝を潜り、閉じるほんの一瞬、

パシフィカさんの口は弧を描き、言葉を象った。




ーーー聖戦ですわ。




その瞬間、俺はこの城という檻に閉じ込められたのだと、本能的に悟ったのだ。


「なぁライオンくん。」


ぴったりと閉じ、また頭上に扉が見える滝を振り返りながら、俺は自分についてくるライオンの鬣を撫でた。


「何があっても俺についてきてくれるか?」


その問いに、ライオンは「ぴゃー」と答えてくれたが、とりあえずわからないので、「ええで」と勝手に解釈しておくことにする。

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