第一章 第一話





第一章

海洋帝国ナナカの24日間


第一話

その名はシェトラル




ーーー



再び目を覚ました時、俺はふわふわなベッドの中にいた。


見渡す限り豪奢な調度品、このベッドの布も絹かもしれない。随分と肌触りが良い。


服も変わっていた。

制服のブレザーではなく、てラフなシャツにズボン。思考は困惑する。一体ここはどこだ、と。


「おはようございますシェトラル様。」


いきなり背後から声をかけられ肩を揺らす。

誰だ、と後ろを向けば、可愛らしい耳を付けた金髪の美少女。

裾の長いメイド服を纏い、水らしきものが入ったグラスを持ってこちらに笑いかけていた。


「シェトラル様のお世話係に任ぜられました、ロッティと申します。」


ロッティと名乗った少女は嬉しそうに耳を動かすと、俺に水を差し出し、

(無論、平和な日本で生きてきた彼には毒を疑うなどという考えは無く、ーーまぁ毒など入っていないのだが)1口飲んだ後に、グラス一杯を飲み干した。


「‥‥俺、シェトラルって名前じゃないんだけど。」


潤った喉でようやく口に出した言葉を聞いたロッティは、動揺するでもなく、新しい水を注ぎながら微笑む。


「まだ記憶の覚醒をされていないのですわ。1000年も眠ってらしたんですもの。」


「いや、だから、眠ってなんかいないし、俺はただの高校生で、学校帰りだったんですけど。」


制服着てただろ、と言ってみるも、よく考えればこんな犬耳だか猫耳だかをつけている世間様で言う萌え要素満載の美少女がいる時点、そもそも日本名でないあたりから、自身の常識など通用していないのだ。


ーーだとすればここは一体どこなのか、頭はそれでいっぱいになった。

この待遇からして、すぐに殺される事は無いだろう。ロッティの態度も嫌悪等負の感情は感じられず、俺が意識を無くす前ーーあのドラゴンのような飛行生物から助け出された時も、名もわからない2人の少女は彼に対して危害を加えたりはしなかった。


俺の疑問を感じ取ったのか、ロッティは本棚から4つ折りの大きな紙を取り出し、目の前に広げる。

5つの大陸と、海が描かれたーー世界地図だ。


「1000年前と殆ど変わらないとは思うのですが、ご説明させていただきますね。」


知らない文字で書かれているのは国の名前だろうか、中央の大陸をロッティが指さす。


「この大陸全てが海洋帝国ナナカ。ここが今貴方様がいる国です。女王パシフィカが治める魚人と獣人の国ですわ。」


地図の上を滑るように、指は右にスライドする。


「こちらが人間の国、軍国家シェトラル。貴方様の国です。」


「シェトラルって、国の名前?」


おそらく〝シェトラル〟と書かれているであろう場所をなぞりながら、そう問うた。

それもそうだ、もし国の名前で呼ばれているのなら、俺は国扱いされているということになるのだから。

とりあえず自身の肉体は哺乳類という生命体だったという記憶はある。多分、間違いない。


「お可哀想にシェトラル様。本当に何も憶えてはおられないのですね。ーー王シェトラル、軍国家シェトラルの初代騎士王の名前です。」


✱✱✱


【シグラ教典〝アララドの祝福〟および〝聖戦による世界解放〟より一部抜粋】


大陸暦2507年

この世が霧に覆われ

魔物蔓延る時代

悪の祖たる怪物・エンドラルドが現れた

怪物に人間と獣人は争う術を持たず

東大陸の末端に追い込まれる事となる

その後160年に渡り暗黒時代が続いた


大陸暦2667年

民の暴動が起きる

率いたのは女神アララドの御子・騎士王シェトラル

大陸の半分を奪い返すとそこに国を興した

ここから二国間で最大の戦争が開始した


大陸暦2670年

エンドラルド退位

国は息子に継がれ、二国間に停戦協定が結ばれる

中立国ナナカの成立

ユートニア暦が誕生


大陸暦2675年

シェトラルが地上を離れると、腹心メークが王位に着く

シェトラルの親友アルヴァナがナナカの一部を切り離し、シグラ教の宗教国家を興す

旧国家含む六ヵ国が台頭し、この世界に平穏が訪れた


✱✱✱


「ーー疑問が増えた。」


なんとなく、最初の王様の名前がそのまま国の名前になる、というのは察した。

そうしたら、知らないことが増えた。


「えぇっと、エンドラルドって怪物さんと、シェトラルさんが戦争したと。」


頭の回転は悪くないはずだ。ちょっとばかり展開に着いて行けていないとはいえ、こんな長ったらしい話を聞いているうちに冷静にはなってきた。

大丈夫、落ち着け。まじで。


「この国はナナカで、所謂この時に出来た中立国って事だと。てか1000年も経ってればシェトラルさん死んでるんじゃ?」


遺体なら氷漬けにして‥‥なんてことで余程上手くやれば保管は可能だろうが、生きた生物のコールドスリープはあの科学社会ですら不可能とされた技術だ、そんなことが出来るなら俺がその技術を日本に持ち帰りたい程に。


「戦争終結という大役を果たされたシェトラル様は、アララドの御許へ還るために汚れた肉体を燃やし、天でお休みになられていたのです。」


ーーいや、それ火炙りじゃん。


誇らしげに語るロッティに、火炙りなんて言えない。

ロッティだけなのか、はたまたこの世界の人間なのか、〝シェトラル〟を神格化しているのだ。

本当に神とかなら死なないかもしれないが、王が代わったという事は死んだという事なのだろう。獣人だろうが人間だろうが、火に炙られて無事な奴はいない。


「そして伝承通り、戦争が起こったこの世にシェトラル様は再び目覚められたのです。幸運にも我が国の姫様がゲラド種から貴方様をお助け申し上げました。」


ゲラド種とは自身を拉致したあのドラゴンのような生き物だろうか。そういえばあの少女達にもそう呼ばれていた気がする。


「ゲラド種は女神の眷属と言われる竜族ですわ。かつてシェトラル様顕現の際にも天から運んできてくれたとか。」


ーーいや、まさかそのシェトラルさんも拉致られただけじゃ。


「‥‥てか、今はなんで戦争始めたんですか?資源とか?」


少なくとも自分の生きていた時代には、戦争と言えば資源の奪い合いや民族紛争、宗教戦争といったものだ。

どんな世界でも戦争の理由に変わりはないと思うのだが、万が一宗教戦争だったりしたら、シェトラルさんだと思われている俺の命、危ないかもしれない。


「二年前、魔都エンドラルドの王エルランドリヨンが失踪したことで、先代のエンドラルドが再び王位に就きました。エンドラルドは軍国家シェトラルの騎士王シャハルとの決別と開戦を公表したのですわ。」


「待った!エンドラルドさん、1000年生きてたんですか!」


「エルフは元々長命ですが、エンドラルドは不死ですわ。シェトラル様の持つ女神の浄化の力が無ければ殺せないのです。」


比喩じゃなく本気な方の化物のやつだこれ。


悪役を倒して、世界を救う。面白いくらいテンプレな三流アニメのよう。

少しだけ胸が高揚した。勘違いでもなんでも、用意されていた〝シェトラル〟という椅子に座れば俺はヒーローになれる。世界を救うヒーロー。

俺はシェトラルじゃないからエンドラルドさんは倒せないかもしれない。でもフリさえしていればいい。内申書と一緒だ。頑張っているフリさえしていれば人々は勝手に俺を評価する。


ーーそうだ、夢を見て頑張る事はあの日やめたのだから。


ーーあの男の様になるまいと、母の墓前に誓ったのだから


「ロッティさん、俺、戦えばいいんですか?」


剣を持つ自分を想像してみーーーうん、ちょっと剣とか振れないかもしれない。

五段階評価で体育〝3〟を舐めない方がいい。クラスのマッチョ女子には腕相撲で負ける。体育祭では翌日の筋肉痛で苦しむ。きちんと出席して真面目に取り組めばしっかり取れる評点、つまり、平均だ。

魔法ぽいものがあれば筋肉関係ないだろうか、とか考えてみるが、使えなければ意味がない。


「いいえ、戦いと捕縛は軍隊がやりますわ。シェトラル様は最後にさくっと心臓を一刺ししてくださればいいのです」


ーーあれ?


「お、俺の知ってるヒーローと違う‥‥!」


魔法ですらなかった。

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