異世界勇者〜俺の知ってるヒーローと違う〜

志摩源一

プロローグ



プロローグ

ある少年の話



ーーー


幼い頃、俺はヒーローになりたかった。


母を守れる強くて優しいヒーローになりたかった。


特に好きだったのが戦隊もののレッド。赤と言えばリーダーなんて気がして、好んで赤を着た。

今思えば痛いことこの上ないのだが、当時はヒーローになれると信じていたのだ。ちょっと早い中二病だったのかもしれない。


中学に入った頃には、そんな自分が恥ずかしくなって、ひたすら勉強した。

勉強しろと言われ、少しでもいい高校に入るために塾に通い、当たり障りのない文芸部に出席だけし、内申の為に教師の御機嫌をとり、そんな代わり映えのない日々。


教師に勧められた私立の進学校は特に難も無く合格した。

勉強さえ出来ればいいだけの、校則が緩くて、沢山の事を求められない、ただ流れるだけの時間。


そんな時、ふと思い出すのだ。

優しい母の腕に包まれながら、穏やかな日々を過ごした事を。父の暴力に怯える俺を守って、殴られ続ける母の姿を。暴力に耐えかねた母が、ベランダから身を踊り出す光景を。


ーーー俺は、母を守れるヒーローになりたかったんだ。



✱✱✱



そこは雲の上でした。


いや冗談ではなくて。


巨大なドラゴン?に壊れ物を扱うように優しくーーなわけがなく、爪が軽く食い込む程度に抱えられて、俺は空を飛んでいた。

どこから突っ込んでいいものか悩みどころではあるのだが、何故駅の目の前でドラゴンに拉致されねばならないのか。気が付けば大きく聳え立つランドマークタワーがとても小さく見えていた。


夢と言ってしまうには意識と痛みがハッキリしているし、とは言ってもこの高度なのに酸素が足りていないような身体の変化は無い。


ドラゴンのようなファンタジー的要素を信じるには歳を重ねすぎた。でもこの状況は明らかにファンタジーだ。幼い子供ならこの状況を楽しめたかもしれない。だがしかし、俺はもうすぐ高2になる男だ。全国模試を控えているし、その後には大学受験もある。

おかしなことに、俺の現在の関心はドラゴンよりもこの後の我が身にあった。


ーーーこのまま落とされたら、確実に死ぬ。


いや、100歩譲って死ぬところまではいいとしよう。良くはないが。

このまま落ちて死んでみろ、明日のニュースには「進学校に通う高2の少年が空から転落。受験を苦にした自殺か?」とか言われるのだ。学校への迷惑はどうでもいいが、ここまで立派に育ててくれた祖父母に申し訳が立たない。

それに、〝転落死だけは〟嫌だ。


かくん、と少し衝撃があり、急降下を始めた。

もしやこのドラゴンは巣へ持ち帰って俺を食べるつもりなのか、そもそも肉食なのか、人間の肉は脂ぎってて不味いらしいぞ、筋肉の無い俺を食べても絶対美味しくないぞ、と、思考が段々とおかしな方向へ向かっている。


人間とは不思議なもので、新たな恐怖を感じると前の恐怖など忘れてしまうらしい。

無論俺も人間に属するわけで、例外なくそれに該当したらしく、ここが空だということも忘れて身を捩り、爪から逃れようともがいた。


ーーーその時である。


「「チェ・ベルバハーラ!!」」


女性ーー否、少女の声が聞こえたと思ったら、背後からの爆音、爆風で全身が痺れた。

いきなりの事に身体が硬直する。それもそうだろう、普通に生きていて、爆音はさておき爆風に晒される事はないのだから。


「ローザ!コイツ、ゲラド種だ‥‥!」


煙で良く見えてはいないが、複数いる人物のうち2つ、少女の影がこちらへ向かっている。


「いた!おい、生きてるのか!」


ポニーテールの、なにやら頭に猫耳なものが乗っているが、可愛らしい女の子が覗き込んできた。後ろには似た顔をしたツインテールの女の子がまたこちらを見つめている。


「い、生きてるよ‥‥」


喉から絞り出すように音を発せば、少女達は急いで爪から俺を助け出してくれた。

やがて霧のように視界を阻んでいた煙が晴れ、視界がクリアになると、自分の周りがよく見えるようになった。


「‥‥な、」


鎧を纏い、鳥のような羽を持つ無数の軍団。自分を抱え上げる、獣の耳を持つ少女が2人。

異様、としか言いようがない。少なくとも地球にはこんなの伝説上の話であって、こんなものは〝ありえない〟。

桃色の髪をしながらも、さも当たり前のように日本語を話す。思考は全く追い付こうとはせず、ますます混乱させた。


「おかえりなさいシェトラル王!」


ーーそれは誰だ、と問い掛けたかったのだが、俺にそんな力など残っておらず、

現実逃避か、意識は遠退いていった。

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