トーマス

トーマスは優しかったが、いささか逆さにされるとそれがひっくり返されるようだったのだ。「コップはひっくり返されるとどうなりますか?」

「ひっくり返されますよ。」

「コップに水が入った状態でコップがひっくり返されたらどうなりますか?」

「あたりは水浸しになるでしょうね。それは。」

「トーマスくん!!君は!」

「君は!」

先生が二人、机を叩いて立ち上がりましたがトーマスは知らん顔で窓の外の蜂でも眺めているようであったのです。

いつの間にか、トーマスのお母さんも呼び出されていたようです。

「お母さん!!トーマス君のお母さん!!」

「お母さん!!」

トーマスのお母さんは生徒用の素朴な椅子に座りながら色っぽい物憂げな表情で二人の教師を眺め、しばしの沈黙の後突然口を開きました。

「いい、二人とも、あなたたち、すずめ蜂に刺されたら死ぬのよ?雀蜂に刺されたら死ぬの。」

ああ、二人は何も言い返せませんでした。それはもう、仏像のように押し黙ってしまったのです。なぜならそれは事実だからで、トーマスのお母さんは雀蜂に刺された時用に既にワクチンを打っているのでした。二人は敵うはずもありませんでした。彼女を呼び出すべきではなかったと、2人は未来永劫後悔することだろうとその時思ったのです。そしてその思いは概ね正しかったのです。

「さあ、トーマス帰りましょう。」

「ああ、わかったよ。」

トーマスは机から荷物を取り出し、ごそごそと教科書とかノートとかその辺で買った娯楽雑誌なんかをリュックの中に詰め込みました。机の中はごちゃごちゃしていてまるでみんなの部屋の中みたいだったから時間がかかってしました。なのに、先生たちはじっとその様子を見ていることしかできなかったのです。ちっちっちっと時間が進んでも先生たちはただその様子を、ただ眺めていたのです。

「先生さようなら。」

トーマスは教室を出る時振り向いて先生たちに挨拶をしました。しかしそれでも先生は固まったままでした。それはまるで、木でできた雪だるまのようだったのでした。


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