パイナップル、悲劇

「あらあ、いらっしゃい。」


 紫色の店内。のれんを潜ると女将の生温いエロティックボイスが私を迎える。パイナップルバー、たかし。ここに来ると、パイナップルが貰える。


「いつもの。」


 私はカウンター席につき、注文した。わたし以外客はいない。


「はい、どうぞ。」


 間も無く、丸々太ったパイナップルが目の前に運ばれてきた。てっぺんの草が、ちょんまげみたい。爆発したちょんまげみたいでかっこいい。とっても、立派だ。なんだか輪郭もまるまるとしていて力強い。はさみでちょちょちょ。ちょちょちょちょちょ。目、鼻、口を描く。こいつに生活保護を受給させよう。私は市役所へ急いだ。


「ありがとうございました。」


「また来てねえ」


 ガラガラガラ〜


 怪しい店内を後にし、市役所へ急ぐ。


 タタタタターッ!!タタタタターッ!!


 自動ドアが開く。市役所に入る。なんだかいい。市役所はいい。公務員の職場は資本主義とは離れている感じがして、落ち着くのだ。まず、整理番号を入手しなければ。ええと、各種手続き。


 ピピピーッ!!


 36番。


 整理番号を入手する。レシートみたいな紙に、『36』と書かれている。


 ピコーン


 36


 掲示板に赤く表示されている。順番が来たのだ。私はパイナップルを連れ、窓口に。


「あの、こいつに生活保護をつけて欲しいのですが。」


「ガオガオガオ、ガオガオガオ。」


 熊だ。熊が窓口で働いている。会話は通じるのだろうか。


「あの、こいつに生活保護を。」


「ガオガオガオガオガオガオ。」


 何言っているのかわからん。


 バキューーンッ!!


 わたしは猟師、熊は撃ってもよいのだ。 


 ガアアッ


 熊は倒れた。紅の血を流しながら。


 しーーーん


 静まり返る市役所。誰もいない。熊しか、いなかったのか?沈黙、沈黙。でも、いい沈黙。市役所での沈黙は、いい沈黙。しかしなにか、やってはいけないことをやってしまったような気がする。嫌な予感がする。


 ガサゴソ、ガサゴソ、ガサゴソ、ガサゴソ


 何か物陰から音が。机の下。窓口奥の机の下から。


 ガサゴソ、ガサゴソ、ガサゴソ、ガサッ


 人だ。人が出てきた。眼鏡をかけネクタイを締めた真面目そうな中年男性。顔は疲れ切っており、やつれているのがわかる。


「た、助かりましたー!!」


 大声で叫んだ。どうやら喜んでいるようだ。


 ガサゴソガサゴソ、ガサゴソガサゴソ


 途端にあちこちから物音が、ちょこちょこ人間が顔を出す。みんな真面目そうだ。男も女もいる。市役所の職員だろう。


「あの、実はね...。」


 話によると、市役所は昨日から熊にジャックされていたらしい。みんな怖くて隠れていたようだ。


「本当にありがとうございました!!お礼金を差し上げます。100万円です!!」


 おお、100万円。ありがたき幸せ。しかし私は生活保護受給のために来たのだ。


「あと、こいつに生活保護を受給させたいのですが。」


 図々しいかも知れないが、頼んでみた。


「申し訳ございません。植物に生活保護は与えられません。」


「そーだそーだー!!」


「その通りだー!!だめだー!!」


 後ろで見ていた人々も怒っている。さすがに無理があったか。


「はっはいー。すみませんでしたーっ!!」


 わたしは大人しく100万円を持って引き下がる。自宅に帰る。ドアを開けてリビングへ。紙が一枚、テーブルの上に置いてある。ああ、嫌な予感がする。ドキドキ、ドキドキ。


 ピラリッ


 ひっくり返す、


「ちょっと、熊になってきます。 妻」


 ああ、ああああああ。なんてこった。目の前が真っ暗になる。私は妻を、妻を撃ち殺してしまったのだ。愛する、愛する妻を撃ち殺してしまったのだ。よって、私は独身になったのだ。このパイナップルと結婚しよう。わたしは婚約届を出しに、再び市役所へ向かった。

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