手術

 帽子とマスク、白衣を着た医師と看護師の前に横たわっているおじさん。手術が始まる。


「メス。」


 医師が看護師に手のひらを向け言う。


「はい。」


 看護師が茶色い丸っぽいものを医師の手のひらに置く。足がうねうねしている。医師はいつもと違う感触に違和感を覚え、視線を向ける。


「ん、君、これはカブトムシのメスじゃないか。せめてカブトムシを渡すならね、オスを渡すべきじゃないかね。」


「あらまあ、どうしてですか。男女差別ですか。先生、ミソジニストだったんですか。」


「いや違うよ。カブトムシのオスにはね、ツノが生えているでしょう。だからメスのカブトムシよりメスとして使うのに優れているの。これは実利に基づいているからね、男女差別じゃないんだよ。」


「あらまあ確かにそうかもしれませんね。では、オスです。」


「ありがとう。では、お腹を切っていくね。」


 医師はカブトムシのツノを患者の腹に押し付ける。しかし、腹は凹むだけ。切れません。


「これはね、いつも使ってるメスよりも腹と接している面積が広いからなんだ。力が分散してしまっている。だからね、もっと大きな力を加えればいいんだよ。ほら、ぐいっ。」


 ぐにょ


 カブトムシの頭がもげてしまった。ああ、死んでしまった。カブトムシさん。


「困ったね。お墓を作ってあげなきゃいけない。どこかに埋めてあげなければ。困ったね。手術室には埋めれる場所がないね、困ったね。うーん、どうしましょう。」


「うーん。患者様のお腹の中はどうですか?」


「ああ、その手があったか。君はなかなかいいことを言うね。じゃあメスをくれたまえ。」


「はい、メスですわ。」


「はは、やればできるじゃないか。これで腹が切れるぞ。」


 シューーッ、シューーッ


 嫌いお腹を裂き、胃袋を裂き、中にカブトムシを入れた。


「今までありがとうな、カブトムシよ。」


 そういって手を合わせ、縫い合わせる。お腹の上に小さな石を乗っける。お墓の印だ。


「うむ、もう手術室を利用できる時間がない。また後で手術するとしよう。」


 ガラガラー


 外に出ると親戚の方々が寄ってきた。


「先生、手術は上手くいったんですか?」


「手術は成功です。見事にカブトムシの供養をすることが出来ました。」


 親戚の方々はよくわかっていない様子だったが、とりあえず成功という言葉に安堵していたようだった。しかし、また手術を行わなければいけないな。医者は思った。次手術室が空いているのは一週間後だ。その日の3時くらいから行うとしよう。


 次の日の晩、例の患者は急速に体調が悪化し死んだ。看護師は泣いた。あのとき最初から私が刃物のメスを渡していたら、こんなことにはならなかったのに。えーん、えーん、えーん。


 生きることは、悔いること。


 完







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