5
交際を始めると、僕が今まで知らなかった優希の新しい一面が幾つも見えてきた。
彼女は存外、子どもっぽい人だったのだ。
デートでは、必ず喫茶店に立ち寄ることになっていた。
そうしないと、彼女は拗ねてしまうのだ。
ほっぺたを子どもみたいに膨らませて、拗ねてしまうのだ。
その度に、僕は彼女のその柔らかそうな頬に手を伸ばしそうになるも、我慢する羽目になるのだ。
彼女は喫茶店で、甘味を注文する。
大学の食堂でも日替わりデザートセットを頼んでいるようだし、彼女はいつも何かしら甘いものを食べているような気がする。
どうやら優希は相当な甘党であるらしかった。
また、優希は泣き虫な女の子でもあった。
映画を見れば、クライマックス前に号泣するものだから、肝心の泣かせに来るシーンをあまり見ることが出来ないという、本末転倒な事態によく陥っている。
一度、僕は彼女に甘いもの断ちをさせようとしたことがある。
彼女の身体を思ってのことだ。
しかし、そのときの彼女の怒りようと言ったら。
彼女は怒って、約一週間も僕と口を聞いてくれなくなった。
というか、口を開こうとすれば泣いてしまうらしいのだ。
怒りと寂しさ故に。
最後は、泣きながらクッションを投げつけられた。
「悟の馬鹿!」
なんて言われて。
だから、僕はお詫びのプリンをプレゼントすることにした。
すると彼女は、うさぎみたいに真っ赤になった瞳を細めて、心底幸せそうに僕のあげたプリンを頬張ってくれた。
うん、可愛い。
それから、優希は写真や動画を撮られるのが嫌いなようだった。
カメラを向けられるとどうにも緊張してしまうのだとか。
「私、苦手なんだよね」
そう言って、苦笑いした彼女も僕は好きだった。
彼女の姿をどこにも記録することが出来ないのは、少し残念ではあったが。
けれど、その分僕たちの思い出は二人の記憶の中に、深く、そして鮮やかに、刻まれていったのだと思う。
交際してから一年が経った頃、僕たちは同棲を始めた。
すべてが順調だった。
すべてが幸福だった。
毎晩、僕の隣には優希が眠っていて。
毎朝、僕は優希の声で目が覚める。
ワンルームのアパートの。
狭っ苦しい部屋の中で。
僕たちは、二人っきり。
たったの二人っきり、だったんだ。
どれだけ部屋がボロくても、どれだけお金が無くても。
ただ、二人でいられることだけが全部だった。
この世の幸せをありったけ詰めたみたいな部屋で、僕たちはお互いを愛した。
そんな生活が一年も続くと、優希の卒業が目の前に迫ってきていた。
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